図書委員のお姉さん
「……図書委員のお姉さん」
つい、ポロリと口から出た。小さな声だったけど、意外に響いたみたい。お姉さんの耳にも、王太子殿下の耳にも届いていた。クスッと笑われたからね、恥ずかしな。
「こんにちは、ユーリアさん、セシリア様」
お姉さんは私たちに挨拶をしてから、王太子殿下の隣に腰を下ろした。あまりにも自然な流れだったから、ちょっと吃驚したよ。
(もしかして、個人的な知り合いなのかな)
「二人を知っていたのか?」
王太子殿下の問い掛けに、お姉さんはニコッと笑い答えた。
「貴方と違って、図書室をよく利用してくれるもの」
(うん、これはかなり親しい間柄と見たね)
となると、お姉さんはそれなりの地位の令嬢になるよね。でも、公爵令嬢のような嫌な感じはしない。王女殿下は腹が立つことを言われてキレただけで、なんというか……王女殿下からはドス黒いものは感じなかった。
「寄る暇がなくて悪かった。彼女は、私の幼馴染でロベール侯爵令嬢だ」
(やっぱり。王女殿下に公爵令嬢、次は侯爵令嬢、高位貴族看破しちゃったね。入学して間もないのに)
「レイティア・ロベールと申します。宜しくね」
品がある笑顔って、こういうのを言うんだね。模範的というか……でも、高位貴族の必須アイテムは持ってないけど。
「ロベール侯爵家は、確か、宰相を代々務めている家系でしたね」
こういうやり取りは、セシリアに頼むのが正解。
私は貴族の会話を聞きながら、少し冷めたミルクティーを飲む。さすが王族御用達、冷めても香りが消えなくて美味しい。あっ、このクッキーも甘さ控えめで美味しい。ミルクティーと一緒に食べると、更に美味しくなったよ。
(図書委員のお姉さんって、宰相様の娘なんだ)
宰相って、教皇様や聖女様を省いて、この国で二番目に偉い人だよね。小さい頃から王宮に出入りしていたかも。だから幼馴染なんだ、納得。
「ええ、その関係で、王宮には何度も遊びに行ってましたから。歳も変わりませんし。よく遊んでいましたね、王太子殿下と王女殿下と一緒に」
(ん? なんか、王女殿下の所、声が低くなったような……気のせい)
「それで、ロベール侯爵令嬢様は――」
「レイティアとお呼び下さい、セシリア様。ユーリアさんも。侯爵令嬢もいりませんわ」
(笑顔の圧凄っ。途中で遮ってまで、セシリアに名前呼びして欲しかったの? 私はオマケだね)
遮られたセシリアは、嫌な顔をせず笑顔で対応。完全によそ行きの顔だ。少なくとも、不快には思ってるみたい。
「……レイティア様は、王女殿下と仲がよろしいのですか?」
(オリエンテーション、王女殿下とレイティア様と組むから、関係性は気にはなるよね)
「いいえ、仲はよくありませんよ」
とっても良い笑顔で仰ったよ。
(声が低くなった気がしたのは、間違ってなかった)
「……仲が悪いのですか?」
セシリアが珍しく戸惑ってる。
「はい、悪いです。出来れば、視界に入れたくはありませんね。話が通じませんから。それに、本を大事にしない方は好きになれませんの」
コロコロと微笑みながら、実の兄の隣に座り妹をディスってる。
(宰相様の娘って感じがするわ。まぁでも、なんとなく分かる)
本を貸したら、折り目が付いて、ボロボロになって返ってくる気がする。実際、近いことがあったかも。王太子殿下は苦笑しながらも注意しないし。防波堤の意味が分かったわ。
「つまり、レイティア様がいらっしゃると、王女殿下は大人しくなるということですか?」
ここから、私も会話に加わります。
「私を見れば、逃げて行きますからね」
逃げるって表現はどうかと思うけど、まぁ避けるよね。性格っていうか、性質が全く違うもの。レイティア様と王女殿下、絶対馬が合わなさそう。生理的に嫌なのかもしれない。
「……なんとなく、想像は出来ます。ただ、オリエンテーションの相手が代わったこと、当日まで内緒には出来ないと思いますが」
「さすがに、あの王女殿下も逃げはしないでしょう。必須ですから。もし逃げたとしても、こちら側は痛くも痒くもありません」
こうも王太子殿下を前にして、はっきりと宣言されたら、却って潔いいよね。でも、なんか嫌だ。
「確かにそうですね。オリエンテーション、無事に済む事を願います」
私の代わりに、セシリアが無難に纏めてくれた。
「その心配はいりませんわ。オリエンテーション、楽しみましょうね、セシリア様、ユーリアさん」
レイティア様は、変わらず笑顔を私たちに向ける。正直、その笑顔が怖い。
(そっか……レイティア様は貴族の中の貴族なのね)
「「はい、レイティア様」」
そう答えるしかなかった。
防波堤として手を回した王太子殿下が、何故か、複雑な表情をしているのが気になった。
明日から、オリエンテーション編が始まります。
ユーリアたちの活躍をお楽しみに。




