拉致られました
「甘めのミルクティーでよかったかな? それとも、ココアの方がいいかい?」
満面な笑みを浮かべながら訊いてきたのは、セシリアよりもキラキラ度が負けている王子様。王太子殿下だから、正真正銘の王子様だね。
私とセシリアがここにいる理由、それは拉致られたから。
放課後、図書室に行こうとしたら、上級生に呼び止められて、半ば強引に連れて来られた。「この前の食堂の件を謝罪したい」と言われたら、さすがの私も断れないよ。相手、王族だからね。
(実際は、言わせてもらえる雰囲気じゃなかったけどね)
「……どちらでもいいです」
「私も」
(早く解放して!!)
たぶん、セシリアも心の中で叫んでるよね。キラキラが少し霞んでる。笑顔も引きつってるよ。私もだけど。
「警戒しなくていい。二人に、ミルクティーを」
側近かな、私たちを案内した上級生にそう命じてから、王太子殿下は私たちに視線を戻す。そして、しっかりと私の目を見てから頭を下げた。
「先日は、愚妹が迷惑を掛けてすまなかった」
(王族が頭下げた――!!)
完全にテンパった私は、腰を上げ手を振る。
「えっ!? 頭を上げて下さい!! そんなに怒っていませんし、今はどうでもいいですから!!」
咄嗟に装う事が出来なくて、素の反応をしたら笑われた。でも、頭を上げてくれてよかったよ。
こっちは、今も激しく心臓バクついてる。王族が一平民に頭を下げるなんて、考えもしないことだよ。焦って、思わず大きな声が出ちゃった。
(あ……もしかして、私が聖女だって事を知ってるから? ハクアの事も知ってる? 可能性はあるよね)
確かめるとしても、もし知らなかった時の事を考えると安易に出来なかった。
そんな私をよそに、王太子殿下はぽつりぽつりと話し出した。
「実は……妹は、ジュリアス殿とライド殿のファンなんだ。二か月ぐらい前かな、王都に出掛けていた妹が、偶然、馬車から、ライド殿と手を繋いで歩いているユーリア嬢を見掛けたそうだ。それで調べて、ライド殿だけでなく、ジュリアス殿とも親交が深い事を知った。それで、羨ましくてあんな態度を……」
(何それ。馬鹿すぎない。王族がそれでいいの?)
呆れてしまう。さすがに、困り顔にもなるよね。慌てて回収されて当然だわ。お兄ちゃんも大変だね。
「そう言えば、会話の中にジュリアス様とライド様の名前が出てきましたね」
気持ちは分かるよ。とっても分かる。だって、二人ともとってもカッコいいもの。カッコよさの種類は違うけどね。それが、却っていいらしいし。
「個人に、複数のファンクラブが存在しているよ」
セシリアが会話に入って来た。
(複数? 過激派とそうじゃない所かな)
「一応、妹が入っているのは過激的な所ではないはずだ」
(確認したんですね、王太子殿下)
「……大変ですね」
ほんと、お兄ちゃんは妹が可愛くて、色々心配する生き物なんだね。その気持ち、私もよく分かる。
「何言ってるの?」
「大変なのは、ユーリア嬢の方だと思うが」
セシリアと王太子殿下が真顔で突っ込む。意味がよく分からなくて、首を傾げた。
「たぶん、ユーリアが考えている以上に、ファンクラブに入ってる人多いよ」
(それが、どうかしたのかな?)
「そうですか……二人を見た事がある人は、ほぼ入ってもおかしくはないと思いますが。王太子殿下が会員でも驚きませんよ。問題なのは、過激的かそうでないかだけですよね」
私が素直にそう答えると、セシリアは間の抜けた顔をした。王太子殿下は苦笑する。
「一概に、過激派が悪いとは言えないよ。人の心の内は分からないからね。許せないと思う人もいれば、幸運だと思う人もいる」
「つまり、公爵令嬢のように、私を排除したいと考える人と、私を監視し、情報を得たいと考える人がいるって事ですか?」
(ファン心理って複雑だね)
「……それ、どっちも過激的だと思うけど」
若干、顔を引き攣らせなから、セシリアが言った。
「そうなの?」
「因みに妹は、ユーリア嬢を排除して、成り代わりたい側かな」
王太子殿下が冗談を言う口調でぶっ込んできた。
「それはないですよ。王女殿下は、そのような事を考える方ではありません。羨ましいとは思ったかも知れませんが、他者を押し退けてどうこうしようなど考えないでしょう。たぶん、そういうの、一番嫌いだと思います」
冗談を笑い飛ばすように答えた。
もし、私を排除するって考えたなら、ハクアが拒否反応を示すはず。最初から最後まで、拒否反応はなかった。思い返せば、王女殿下の目濁ってなかったのよね。
思いもしかなかったか返答に、側近さんを含め、その場にいる全員が私を見た。
(王女殿下って、誤解されるタイプみたい)
「…………だが、面倒くさい一面はあるから。一応、オリエンテーションが円滑に行くように、 防波堤を用意した」
(防波堤? そんなのいらないけど)
思っても口には出せないけどね。
王太子殿下がそう告げた時、タイミングよくドアが三回ノックされた。側近がドアを開け、来客を通す。部屋に入って来たのは、私とセシリアが知っている女生徒だった。




