校則を破った事はありませんよ
「食事中失礼しますわ。貴女が、ユーリアさん? 向かいに座っている方が、セシリア様ですね?」
相変わらず、食堂の端っこでセシリアと食事しようとしていると、突然話し掛けられた。
顔を上げると、そこにいたのはとてもゴージャスな女生徒だった。公爵令嬢よりもゴージャス。セシリアとは違うキラキラさ。髪も綺麗な縦ロールでバッチリと決まっている。
(上級生だよね? それも、かなり高位貴族)
「王女殿下!?」
セシリアが慌てて立ち上がる。
(王女殿下!? あっ、この人がオリエンテーションの!? どうみても、好意的じゃないよね)
「はい。私がユーリアと申します、ポーラット王女殿下」
私も立ち上がり、習っていたカーテシーを披露する。相手は王族、最高位の挨拶をしなければならない。それくらい、私でも分かった。
「頭を上げなさい。ふ〜ん、貴女が……平民とは思えないほど、とても優秀だと聞きますわ」
顔を上げる許可を得て顔を上げると、王女殿下は私を頭から爪先までジロジロと見てくる。
(もしかして、見定められてる?)
平民が目立ち過ぎたからか……例の噂を確かめに来たのかもしれない。少なくとも、オリエンテーションの顔合わせではなさそう。めっちゃ、心臓がバクバクしてるよ〜
「それほどではありません」
表面上、慌てる事なく平然と答えているように見えている私に、王女殿下の目元と扇を持つ手がピクッと震えた。私はそれをビクビクしながら観察している。
(こんな場所でも、扇持って来るんだ。そう言えば、公爵令嬢も持ってたわ。王族と高位貴族にとって、扇は大事なアイテムなのかな?)
緊張し過ぎて、現実逃避していた。
「よほど、先生が良かったのですね」
「はい!! 私にはもったいない先生です!!」
王女殿下は嫌味のつもりで言ったかもしれないけど、私はジュリアス様とライド様を褒めてもらえたのが嬉しくて、満面な笑みを浮かべて答えたよ。本当にそうだからね。
すると、期待していた答えと違ったのか、悔しそうな表情をし、王女殿下は言い放った。
「せいぜい、ジュリアス様とライド様に嫌われないようにしなさいな!! あの方たちに相応しいか、貴女の事を近くで見させてもらいますわ!!」
(相応しい? もしかして、ファンなのかな?)
公爵令嬢の件で、ジュリアス様とライド様にファンクラブがあるのを知った。
「ジュリアス様とライド様の事を知っているのですか?」
さすがに、いきなり「ファンですか?」って訊けないからね。
「知っていて当然でしょ!! あの御二方は、いずれ大神官になられる御方ですよ!!」
(言われてみればそうだよね。ハクアと会話出来るし)
「そうなのですか? 知りませんでした」
知らないから、知らないって答えただけなんだけどね……王女殿下には、それが気に食わなかったみたい。怒り出したよ。
「貴女は、自分が恵まれていることを知りなさい!!」
手に持っている扇で殴られそうな勢いだ。
「勿論、よく知ってます。私が恵まれていることぐらい」
「知っていたなら、そんな横柄な態度は控えたらどうなの!? 分かってます? 貴女の素行の悪さが、ジュリアス様やライド様の信用を落としていることに!! それに、教皇様に対して不敬ですわ」
(素行が悪い? 二人の信用を落とす? 教皇様に不敬をはたらいてる? 好き勝手言ってくれるわね)
スイッチが入った。それに気付いているのは、セシリアだけだった。
「……素行が悪い? それは、どういう意味ですか? 私は校則を破った事はありません」
まさか、反論してくるとは考えていなかったみたい。王女殿下は一瞬、戸惑いと困惑が混じった表情を見せた。
「確かに、校則は破ってはいませんね。でも、その態度に問題があると申しているのです。平民が生意気ですわ。何かあれば、すぐに教皇様に頼ろうとする姿勢が、私は看過出来ないのです」
王女殿下の台詞に賛同する、食事中の生徒たち。その声に後押しされて、王女殿下はニンマリと笑う。
(この顔、自分が正しいって思っている時の顔よね……王族が出て来たらしょうがないわ。今、ここで使おうかな)
「その言い方ですと、先日起きた公爵令嬢様の件、私がセシリアを利用し、教皇様に告げ口するよう頼んだような言い方ですね。信じるか信じないかはポーラット王女殿下にお任せ致しますが、私は一度もセシリアに頼んだ事はありません。そもそも、頼まなくても、私を庇いセシリアを叩いた事は知っていたと思いますよ。なんせ、自分が後見人をつとめる二人が虐げられたのだから」
「……二人?」
ざわつく食堂内。王女殿下の声は小さい。
「とはいえ、私も後見人が教皇様だと知ったのは、全てが終わったあとからですが」
それが事実だと、話は根底から違うものになると王女殿下も理解したみたいね。正義を唱える者から、道化に変わる。
「平民の貴女が……」
(あっ、この感じだと、王女殿下は知らなかったようね)
「そうです。平民の私が」
「……嘘でしょ。血縁関係にある、セシリア様ならともかく……」
信じられないようね。ワナワナと王女殿下は震えているが、私には関係ない。一度発した言葉は取り消せないんだから。
(それにしても、セシリアが教皇様の血縁者とはね。さすが、天使様)
「ポーラット王女殿下、セシリアは血縁者だから、教皇様の後見人を取り付けたとは思いません。ジュリアス様とライド様に認められていますから。それよりも、私たちまだ食事中なのですが、他に何かありますか?」
いい加減、このやり取りを終わらせたかった。この態度が生意気で横柄って言われるんだと思う。でもお腹空いてるの。いい加減、開放してくれないかな、冷めちゃったよ。
王女殿下は後半の台詞が勘に障ったみたいね。更に口を開こうとした時だった。
「いい加減にしないか!!」
私たちの間に割って入って来た声とともに、颯爽と現れたのは、これまたキラキラした人だった。
「お兄様!!」
王女殿下が反応する。セシリアも吃驚してるわ。そう言えば、ジュリアス様が言ってたわね、王太子殿下が魔法科にいるって。
(本物の王子様ね……)
王族、一人追加。
「私たち、昼休み中にご飯食べれるのかな? 午後一、魔法学の実技授業なんだけど」
私の声は、誰にも届いていなかった。




