信憑性がある噂ほど厄介なものはありません
平民である私が、魔法学の実技授業を飛び級したことは、その日のうちに学園内に広まった。
まさか、違う学舎の騎士科まで広がってるとは思わなかったよ。食堂で、騎士科の生徒が大きい声で噂していたから。当人が近くにいるとは思ってないのね、きっと。
(まるで、見世物小屋の動物みたい)
飛び級した時、ある程度は覚悟していたけど、さすがに地味に精神がゴリゴリと削られていく。
「……ユーリア、疲れてるね」
はしたないけど、机に突っ伏す私の横に座ったセシリア様が、心配そうに小声で話し掛けてきた。
「根も葉もない噂だけは、ほんと止めてほしいです」
基本スルーだけど、それでも噂は耳に入ってくるからね。大概のことは無視しているけど、ある噂が困ったことに、まことしなやかに流れてるの。
なんでも、私が高位貴族の庶子らしいってね。
「庶子が平民として暮らしているのは、正直珍しくないから、信憑性が増しているんだね」
「まさに、そう!!」
「でも、それは仕方ないかな……」
セシリアの言いたい事分かるよ。状況証拠がこれでもかってそろってるからね。
読み書きが出来、魔力量が群を抜いて多い事、そして教皇様が後見人に付いている事。何より貴族であるセシリアが、私から離れず、色々助けてくれてる事が一番の要因だね。端から見たら、まるで従者のようらしい。
まず、貴族が平民の家庭教師なんてしないからね。でもそれは、誰にも言っていないから、普通に大切な友人として接してるんだけど……考えてみれば、それもおかしな話よね。ましてや、今は様を付けて呼んでない。
(だとしても、今更、様を付けて呼ぶ気はないし。なすすべなしか……)
「ですよね〜」
気の抜けた返事に、セシリアは苦笑する。
「まぁ、理由はそれだけじゃないけど。ほら、先生の質問でユーリア言ったよね、治癒師様の治療を見たって。あれが、止めだったよ」
「え?」
「王都の外はどうかは知らないけど、王都では治癒師を囲い込むのがステータスだからね、平民を相手にする治癒師の数は極端に少ないんだ。治療代もかなり掛かるし。それを見たって事は……」
「……貴族の別邸で住んでいた。それも、治癒師様を傍に置けれる程の生活水準が高かった」
(あ〜マジか。シスターがしていたのを見ただけなのに、何、この認識の温度差!?)
一人、頭を抱え込む。完全にとちった。だから、あの時、教室内がざわついたのね。
「正解。こちらから下手に否定するのは、尚更、信憑性が増すから止めといた方がいいね」
「うん、そうだね……直接訊いてくれれば、否定出来るのに。説明しにくいけど」
(それも、無理がありそうだけど)
「悲しい事に、誰も訊いてはこないよね」
教室内に視線を移してから、セシリアは苦笑する。
「私が問題児だからですか?」
「まぁそれもあるけど、公爵令嬢が停学になった件が一番の要因かな」
「ですよね……注意だけで終わりましたから」
高位貴族に逆らって、それで済んだんだから。先生としては、正しい判断をしただけなんだけなのにね。
「それが、噂に真実味をプラスする事になったね」
「確かにそうですが、後悔はしてませんよ」
私がそう言うと、セシリアは困り顔と嬉しさが半々ぐらいに混ざった笑顔を浮かべる。
「今後はどうするの?」
まるで、今から悪戯をするような顔でセシリアは訊いてきた。
「そうですね……基本、スルーで。ただ、面倒向かって、理不尽な事を言われたら反論しますね」
(こっちからは行かないけど、大切な物を傷付けられたら黙ってはいない)
「誰でも?」
セシリアの目が不安そうに揺れている。セシリアから見たら、私って相当アホで危なっかしい子に映ってるよね。
「言われた内容によります。出来る限り、人が集まるような所には行かないので、安心して下さい」
食堂は仕方ないけど、基本、他の学生と接点を作らなければ大丈夫でしょ。
「そうは言ってられないと思うよ」
「どういう意味ですか?」
「忘れてない? 入学して一週間後に、オリエンテーションがある事」
セシリアの台詞に固まっちゃったよ。
(確か、入学の時に貰った冊子に、そんなこと書いてあったような……)
「その顔は完全に忘れてたね。オリエンテーションは、新入生と上級生、四人一組で執り行われるからね。成績順に組まされるから、上級生は高位貴族になる可能性大かな。今日、発表されるはず」
「……黙って、大人しく後ろを歩く事にする」
(どっちにせよ、そうするのが一番だよね)
「私も一緒だから安心して」
頭撫でられちゃった。
「あ、ありがとうございます。ほんと、セシリアって頼もしくてかっこいいですね」
大事な友だちなのに照れてしまう。天使様の破壊力凄っ。
「私は、ユーリアの方がかっこいいと思うけどね」
意外な台詞にちょっと吃驚。
「私がかっこいい? ただの生意気な子供なのに?」
「ユーリアがかっこいいって知っているのは、今は私だけ。なんか、嬉しい」
(天使様の笑顔は尊い)
セシリアの笑顔を見た数人の生徒が、真っ赤になって蹲ってるわ……少しは免疫がある私でも赤くなるのに、免疫がない人ならそうなるよね。遠巻きでセシリアを見ている子もいるし。
「……性別関係ないよね。そのうち、ファンクラブ出来そう」
セシリアが聞こえない程の小さな声で、ポツリと呟く。
(そうなると、私は完全に悪役になるわね。まぁ、それななった時に考えればいいよね。離れるつもりはないけど)
取り敢えず今は、オリエンテーションの相手が人に無関心な人がいいな。なんて願っていたけど、まさか最高位の御方と組むことになるとは思わなかったわ。
(オリエンテーション、休んでもいいですか?)
「それは駄目だよ。休んだら、留年だから」
心の声のつもりが、口から出ていたらしい。恥ずかしな。
「どうして、そこまで、オリエンテーションに力を入れてるの……」
少し顔を赤らめながらぼやく。
「伝統行事だからだよ」
恐るべし、伝統行事!!




