公爵家の一室にて(監視者Side)
ハクアが長い夜になりそうだと思っていた少し前、ある公爵家の一室で、派手に物が壊れる音が響いていた。数人いる年若い侍女は、対処に困りオロオロとしている。
「どういう事ですの!? 何故、ライド様やジュリアス様が、あんな平民の世話をしているのですか!?」
部屋の主であろう公爵令嬢がヒステリックな声で怒鳴り、周囲の物に当たり散らしている。この数日、ずっとこの調子だった。
監視者は仕事でなければさっさと帰るのにと思いながら、黙々と情報を収集する。
最初は、たまたま通り掛かっただけだったようだ。
おそらく、入学の準備のために王都に出掛けた時に見掛けたのだろう、あの二人を。彼らは異様にモテる。容姿が整っている者が多く配属されている近衛騎士団の騎士よりも、ライド様とジュリアス様の容姿は優れている。そして、約束された未来。上級神官は妻帯が許されているから、隣を狙う者も多い。
そこまで狙っていなくても、ファンだったのだろう。実際、ファンクラブっていうやつがあるらしい。公爵令嬢もまた、ファンクラブの会員だった。
ユーリア様が制服の採寸のために王都に出掛けた時、監視していた一人が公爵令嬢だ。手の者を使わず、自ら監視していた。
ライド様と手を繋ぎ歩いている、ユーリア様を。幸せそうに、二人仲良くお菓子を食べている姿を、公爵令嬢は魔物の形相で睨み付けていた。
「お気をお静め下さい。たまたまで御座いますよ。おそらく、あの娘は、【聖女スキル】を持っているのでしょう。そして、王都の出身ではないのでしょう。ならば、【鑑定】の儀式を担当した神官様が、入学するまでお世話をするのはおかしな話ではありません。ライド様もジュリアス様も、それに従ったまででしょう」
必死でなだめているのは、中年の侍女だった。専属侍女か乳母だろう。
「だとしても、許せませんわ!! ライド様もジュリアス様も、行く行くは大神官になる御方。平民の相手をする方ではありませんわ!! 下級神官に任せればいいものを!! 辞退もせずに恥知らずな。そもそも、何故平民が【聖女スキル】を持っていますの!?」
どうやら、なだめるのに失敗したみたいだな。ますます、ヒートアップしている。
ファンクラブにも入る程憧れている二人が、自分ではなく、格下である平民を付きっきりでお世話をしている。
心底、公爵令嬢は羨ましかった。
何故、自分ではないかと思った。自分は全てにおいて優れているのに、ただ、運が良いだけで――
醜く歪んだその顔には、はっきりとそう書かれていた。理不尽だと腹を立て、猿のようにキーとヒステリックな声を上げ、当たり散らしているわけだ。
「平民の中には、【聖女スキル】を持つ者が、少数ですがいらっしゃいます。しかし、大半は聖女になる事はありません。平民と貴族の身体に流れる血は違いますから。ご心配なさらずとも、入学するまでで御座います。直ぐに身の程を知る事になるでしょう」
そこまで、中年の侍女が言い切って、ようやく公爵令嬢は落ち着きを取り戻し始めた。
「そうよね……平民が聖女になろうなんて、烏滸がましいのよ!! 私は王族の血を引いてる選ばれた人間なの!! あの我が儘王女より優れているのよ。だから、将来【姫聖女】になるのは私なの。その事を、教えてあげるわ。じっくりとね」
そう吐き捨てるように言い放つと、公爵令嬢は声高らかに笑った。
その会話と映像全てが、バッチリと撮られ、証拠として残されている事に、この屋敷にいる誰一人気付いていなかった。
(スキルと性格、マジ関係ないよな。平民、貴族、ましてや、血が違うと言っている時点で、聖女には絶対なれないに決まってる。姫聖女? あ〜ないない)
そんな悪態を内心吐きながら、監視者はさっさと公爵家を後にした。




