クマ避けの鈴とムシ避けの香
あれから、旅は順調に進んだよ、明日の午後には王都に着く予定。
両親に出す手紙には、メルセの街の事は書かなかった。心配掛けたくなかったから。もし知ったら、お父さん一人で、絶対、王都に駆け付けようとするからね。
手紙はライド様かジュリアス様に頼んだ。街には出ないようにした。メルセの街のような事が起きたら困るから。それに、私なりの反省の気持ちからだった。それには、皆、複雑そうな表情をしていたけどね。私なりのケジメかな。
「それにしても、不思議よね……」
教会の芝生に腰を下ろした私は、晴れた空を見上げながら呟く。膝の上にはハクア。耳がピクピク動いているから、お昼寝から覚めたみたい。
『……何が?』
(寝ぼけ眼の顔も可愛い)
「おはよ、ハクア。メルセの街は別として、道中、一度も魔物や野盗に襲われなかったでしょ。悪天候で足止めもされなかったし」
ど田舎に住んでる子供のご褒美はね、村の外から来る人の話を聞く事なの。主に、行商人さんかな。私もだけど、子供たち皆でワクワクしながら聞いてたよ。
だから、外がとても危険な世界だって知っていた。
山に狩りに行って、魔物や獣に襲われて怪我をしていた人もいたし。それに、行商人さんたちは冒険者を雇っていた。大怪我した冒険者の人を見た事もある。それに、この馬車にも一応、警護する聖騎士様がいる。といっても、一人だけだけど。一人で十分だったって事だよね。
(旅って、危険なものだって思ってたのに……)
『そうだね、無事にここまで来たね』
「うん。ハクアのおかげだよね。聖獣様の力って、本当に凄いよ。危険なものから、皆を護ってくれた」
定位置となった私の膝の上で、ハクアはちょっと照れて顔を前足で掻いている。
『……僕だけの力じゃないよ』
「いやいや、謙遜しなくていいよ」
私にそんな力なんてないからね。
『違うよ。ユーリアの力も少しはあるからね』
「う〜ん、そうかな?」
首を傾げる私に、ハクアが教えてくれた。
『聖女の力だよ。聖女の近くには、魔物が寄って来ないからね。野盗は分からないけど』
(そう言われても、実感ないな。そもそも、聖女としての実感もないからね)
心の中で呟くと、ハクアが呆れた様子で小さく溜め息を吐いた。
「そうなの。よく分かんないけど、クマ避けの鈴みたいなもの?」
『または、ムシ避けの香みたいなものだね』
(なるほど、なんとなく分かった)
それにしても、ハクアの例え方が面白くて笑ってしまう。微妙な効果具合がよく表現されてるよね。
『……ユーリアって、ほんと、見てて飽きないよ。少し目を離したら、変わってるんだから』
眩しそうなものを見るような目をしながら、ハクアは私を見上げる。いつしか傍にいたジュリアス様もライド様も、ハクアにつられるように私に視線を向けた。
「変わってるって、何処が?」
曖昧な事を言われても、反応に困るよ。
『ユーリア自身は分からなくても、僕やジュリアス、ライドには分かるよ。逞しくなったね。そう……魂の光が増している感じかな。吹っ切れたのか、成長したのか、どっちにしても良い感じだよ。さすが、僕の聖女だね』
僕の聖女って所はひとまず横に置いといて、確かに、そうかもしれない。
「この旅で色々学んだし、考えたから……メルセの街の件は、いい切っ掛けになったと思う。勉強の大切さやマナーの必要性も、自分がこの先、どう進みたいのかも、じっくり考える事が出来たよ。だから、皆が、私の事を見ててくれた事が嬉しい。ありがとうね」
両親以外に、私の事を親身になって見てくれる存在に、私は心から感謝した。
そして、思うの。
皆に恥じないよう、行動しようってね。勿論、楽しみながら。自分を圧し殺して無理しているのを気付かれたら、皆が悲しむもの。
明日は、いよいよ王都。
ど田舎の、のほほんと暮らしていた生活とは、完全に真逆な生活が始まるんだね。あっ、それから、王都に着いたら初給料が貰えるんだって。ちゃんと仕送りするからね。
新しい所に飛び込むのは、少し怖いけど頑張るよ。でもね、ワクワクもしてるの。頑張るから応援しててね、お父さん、お母さん。