メルセの街(3)
昨日の一件があって、お出掛けはなしになった。あと、教会からも出ては行けないって、皆から固く言われたよ。残念だけど、しょうがないよね。私自身、街に出るのは怖いし。出発が一日延びたけど、部屋で大人しくしとこうと思う。
(でも、なんか気になるんだよね、あのおじさん)
神経に障るって表現が正しいかも。子供なら、誰でもよかったのかな……それとも、他に目的があったのかも――
「何か気になる事でも?」
(ほんと、ジュリアス様ってよく見てるよね)
「この街って、そんなに治安が悪いのですか? そもそも、何故子供を狙うのですか?」
「治安は悪くはありませんが、孤児を攫う事件が何件か起きていたようです」
(いやいや、孤児を攫う事件が起きていたなら、十分治安悪いよね。えっ!? それ程珍しくないの?)
子供を攫う理由は教えてくれなかった。ジュリアス様は聞かせたくなかったのだと思う。それが答えだね。
(なるほど、孤児だと間違えられていたのね。孤児を保護しているのは教会だから、神官様と一緒にいた私を孤児だと勘違いしたって事か……う〜ん、何か、しっくりこない)
「孤児を……」
「ユーリア様?」
「ジュリアス様、今着ている私の服って、孤児が着ているものに見えますか?」
口に出して、何がしっくりこなかったのか理解出来た。初対面の人が一番に見るのは、着ている物。それで、その人の立ち位置を予想するの。簡単にいえば、お金をどれくらい持っているかをね。少なくとも、私が着ている服はかなり高価な物。生地が全然違うから。そういう人は、瞬時に見分けると思うの。
「……つまり、計画的だと」
ジュリアス様の声が低くなる。
(その可能性は考えてなかったよ。【聖女スキル】持ちだから?)
「そこまでとは……たまたま、お金持ちに見える子供が一人だったから、狙ったのかもしれません。ジュリアス様、犯人の目星はついているのですか?」
(捕まった報告はないから、今も逃亡中って事だよね……)
「……盗賊団の目星はついているようですが、アジトまでは」
ジュリアス様の声に覇気がない。沈んでる気がする。
「もしかして、注意を受けていたのですか?」
ジュリアス様は一人、教会に残って仕事をしていた。私たちが手紙を出しに行っている間に、他の神官様から聞いたのかもしれない。前もってはないだろう。もしそうだったら、過保護の二人だから教会から出さなかったと思う。
「はい……」
(とても、悪い事しちゃったな)
そんな事を聞いていたなら、尚更、私の事を心配していたよね。ましてや、私が迷子になって、悪いおじさんに追われたと聞いた時は、気が気じゃなかったよね。
「ごめんなさい。心配を掛けてしまいました」
シュンとする私に、ジュリアス様は優しい笑顔で諭してくれる。でも、その目と声は、とても真剣なものだった。
「ユーリア様が悪いわけではありません。私たちも気を抜いていたのです。……ただ、これだけは覚えておいて下さい。いくら治安がよくても、安全ではないって事を。どんなに騎士や兵士、自衛団が護ろうと頑張っても、残念な事に、悪い事をする人がいなくなる事はありません。彼らは弱い者を狙います。人の隙をついてきます。自分を護るのは自分だという事を、どうか忘れないで下さい」
この時ジュリアス様は、私にとても大切な事を教えてくれてるのだと思ったの。絶対に忘れてはならない事だってね。だから私は、その言葉を胸に刻み込んだ。
「忘れない、絶対に忘れません」
私の答えに安心したのか、ジュリアス様は私の頭を撫でてくれた。暖かくて大きな手は、少しお父さんを思い出しちゃったよ。
『……甘い。それだけで、安全とは言えないよ』
黙って、私とジュリアス様の話を聞いていた聖獣様が、会話に参加してきた。その声は、さっきまでのジュリアス様と同じで、今まで聞いた事がない程真剣なものだったの。自然と背筋が伸びた。
「まぁ、そうだけど……気を付ける以外に、対処法ってあるのかな? 護身術でも習う?」
『習うにこした事はないけど、それよりも効果的なものがあるよ。ユーリア、僕に名前を付けて』
「名前を!? 今!?」
聖獣様の突然のお願いに、私は驚く。
『うん、今。そうすれば、ユーリアが何かあった時、離れていても、僕は直ぐに駆け付けられるから。繋がりが、より強固で濃いものになるからね』
(理屈は分かるよ。だけど、名前……今、ここで!? ど、どうしよう!! でも、決めないといけない流れだよね、これ)
思わず、頭を抱えてしまった。
そんな私を、聖獣様はキラキラした目で見詰めてくるから、私の心拍数は爆上がりだよ。