メルセの街(1)
今日も快晴。
予定通りに、メルセの街に到着した。
一応、滞在日数は二日の予定。いつもは翌日に出発していたから、一日だけだけど、長く滞在出来るのは嬉しかった。お出掛け出来るからね。馬の交代と馬車の点検をするんだって。
ポーラット聖王国で五番目に大きい街だから、街の門から違ったよ。何もかもが大きくてしっかりしていたの。あとね、装飾とかもされてたよ。かなり、テンション上がる〜
馬車は教会の前に停まった。全員馬車から降りる。
休憩を取るように、ジュリアス様とライド様に言われたけど、早く家族に手紙を出したくて、慣れないお願いをしてみた。すると、渋い顔をしながらも許可してくれたよ。
ジュリアス様は教会に用事があるので、お留守番。なので、ライド様と聖獣様と一緒に配達屋に行く事になった。
配達屋は少し路地を奥に入った所にあった。無事、両親とサーナに手紙が出せて一安心。
寄り道はせずに教会に戻る約束だったから、配達屋を出て、そのまま戻ろうとしたの。そしたら、目の前の道で人集りが出来ていた。それを避けようとしたら、荷馬車が横切って、そのままあっという間にはぐれちゃった。周りをキョロキョロと見回しても、ライド様と聖獣様の姿はなかった。
(……どうしよう)
血の気がサーと引く。
「…………聖獣様もライド様も心配してるよね」
今までの人生の中で最大のピンチ。始めて来た街で迷子になっちゃった。
(あの時、照れなくて、素直にライド様と手を繋いでいたら、迷子にならなかったよね……)
後悔しても仕方ない。教会は大きな建物だから、教会を目指せば大丈夫。
道を行き交うのは大人ばかり。声を掛け、教会までの道を訊きたいんだけど、急いでいるからかな、私の方をチラッと横目で見てくるだけで、誰も立ち止まってくれない。
「ちょっとは、子供に優しくしてよ……」
文句を言ってもしょうがないけど、言いたくなるよ。心細くて泣きそうになる。でも、ここで泣いてても何も始まらない。
グッと涙をこらえて、私は大通りに向かうことにした。
大通りに行けば、優しい人が道を教えてくれるかもしれない。探しに来てくれた、ライド様や聖獣様に見付けてもらえるかもしれない。
方向はなんとなく分かる。トボトボと歩く。
(あれ? ここ何処……?)
大通りに出ないよ。方向は間違ってないと思うけど、間違っていたのかも。不安になって足が止まる。そして、俯いた。足元に影があるのに気付いて顔を上げる。
知らないおじさんが立っていた。
そして、私を上から下まで見るとニヤリと笑ったの。背中がゾクッとする。冷たく、とても淀んだ嫌な目だった。
その笑みを見た瞬間、私は数歩後ろに下がり、背を向けて逃げ出していた。おじさんは慌てて捕まえようと手を伸ばす。その手は空を切った。
「逃がすか!!」
おじさんの苛立った声がする。私は必死で手足を動かした。
(怖いよ!! もしかして、人攫い!!)
前にお父さんが言ってた。外の世界には、悪い人が紛れてる事があるって。
捕まったら終わり――
世間知らずの田舎者の私でも分かった。
(考えろ!!)
逃げるとしても、子供だから、体力的にそんなに遠くには逃げられない。動けなくなる前に捕まってしまう可能性が高い。なら、隠れてやり過ごす方がいいよね。隠れて、ライド様や聖獣様が見付けてくれるのを待った方がいい。
咄嗟に脇道に逃げ込む。
少し奥に進むと、裏口かな、ドアの横に樽が置かれていた。蓋を開けると何も入っていなかった。私は迷うことなく、その中に逃げ込んだ。
(聖獣様!! ライド様!! 助けて!!)
目を瞑り、必死で心の中で叫ぶ。
迷子が最大のピンチだと思っていたけど、今が最大のピンチだよ。お願い、助けて!!
何度、叫んだだろう。
『…………ユ……リア……僕の声……聞こえる…………』
微かに、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。懐かしい、私がよく知っている声。
(聞こえてるよ!! 助けて!! 今、空樽の中に隠れてるの!!)
『……空樽!? 誰か……に追われてる……の?』
少しはっきりと聞こえる。
(変なおじさんに追われてるの!!)
『そのまま、話し掛けて!! 直ぐに、皆で迎えに行くから!!』
鮮明に聞こえる聖獣様の声。とても小さかったけど、ちゃんと聞こえたよ。
(うん!!)
震えたら、隠れているのがバレるかもしれない。さっきまで、必死で自分の体を両手で抱き締めていた。
今も震える程怖いよ。
でも、聖獣様が私を迎えに行くと言ってくれた。それだけで、不思議と身体の震えは治まったの。もう大丈夫。