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第4話 ポジティブ・バイブス①

 大舞踏会のラップバトルとダンスバトルが幕を下ろした夜から、数日。王宮のあちこちでは、あの日の興奮と熱狂がまだ話題に上っていた。貴族たちのサロンや街のダンサー仲間の集会では、「クリステラ様の完成度はやはりすごかった」「ミルラも負けないくらいの勢いがあった」「一体どちらが真の主役なのか」などと盛んに語られている。


 当のクリステラ・バリントンは、その噂を耳にするたびにどこか複雑な気持ちに陥った。誰もが称賛してくれる。自分が一歩リードしているのはわかる。しかし、一方でミルラを評価する声も日に日に大きくなっているのだ。


「ふん……一度や二度のパフォーマンスで浮き足立っているようだけど、あの子だって完璧には程遠いでしょうに」


 そう言い切りたいのに、どこか浮かない表情で控室のソファに腰掛けるクリステラ。ここはバリントン公爵家の専用練習ホールに併設された小部屋で、彼女が普段レッスン前に身だしなみを整えたり、音源チェックをしたりする場所だ。豪華な調度品と防音の壁、最新の音響機材まで取り揃えられており、まさに“ダンサー令嬢”ならではのこだわりが詰まっている。


 付き人のリアンナが、テーブルへ紅茶を置きながら心配そうに声をかける。


「クリステラ様、またご機嫌が優れませんか? 最近ずっと、練習に熱が入りすぎるほど打ち込んでらして……少しお休みになっては」

「休む暇なんてないわ。次の大きなイベントが控えているでしょう? あそこでまた結果を残さなければ、あたしの名を欲しいままにできないもの」

「それはそうですが……」


 リアンナは続けようとした言葉を飲み込み、そっと眉をひそめる。クリステラの厳しい練習が始まると、自分たちにも激しいテンポでのバックダンスが求められるので大変だ。しかし、それ以上に、いつもと違うのはクリステラ自身の気負いのようなものを感じることだった。


「ミルラのこと、そんなに気になります?」

「別に。気になるというより、面倒な存在が目立ちすぎているのよ」


 クリステラは苛立つように言いながら、紅茶を一口含む。考えてみれば、平民の少女がここまで名を上げるのは珍しいことだ。王太子ラファエロからの後押しもあるにせよ、彼女自身の実力や魅力が確かに周囲を引き寄せている。


 焦りを感じているわけではない――そう思いたいのに、どこか胸の奥がざわつく。


「ほら、レッスンに行くわよ。今日のメニューはダンス強化と新曲のラップ練習。余計なことを考える暇はないわ」

「わかりました」


 立ち上がると同時に、クリステラのロングスカートの裾が軽やかに揺れる。彼女は真剣な面持ちで練習ホールへ足を踏み入れ、いつものようにステージ中央でビートを要求した。


 


 一方その頃、ミルラは王宮の敷地内にある小さな中庭で、まだ初々しいダンサー仲間たちと即興のセッションを楽しんでいた。近くに職務として配置されている兵士たちも、そのエネルギッシュな踊りを遠巻きに見ては、苦笑いしながらも拍手を送っている。


「やっぱり、外で踊るのは気持ちいいよね!」


 陽射しを受けて元気いっぱいにステップを踏むミルラ。その様子に、仲間たちも自然と笑顔になる。


「うん、ミルラがいるとなんだか空気が明るくなるよ。毎日王宮に通うのって大変じゃない?」

「そんなことないよ。むしろ練習場所が増えて助かってるくらい。そうしてるうちに、どんどん踊りたい曲が増えちゃって、頭の中が踊りだしそうだけどね」


 屈託のない口調で笑うミルラの姿を、遠くから見ている人影があった。王太子ラファエロである。彼は少し離れた場所から、ミルラたちの楽しそうな練習風景に目を細めている。


 しばらく見届けていたラファエロは、やがて彼らに近づき、フッと微笑みかけた。


「楽しそうだね。よかったら、今度は僕も混ぜてくれないかな」

「ラファエロ殿下! もちろん大歓迎です!」


 ミルラが瞳を輝かせて答える。周囲の仲間たちは、王太子の突然の登場に緊張気味だが、ラファエロはあくまでフレンドリーな態度を崩さない。


「次のイベント……“ミッドナイト・サイファー・フェス”っていうのを企画中なんだ。貴族だけじゃなく、平民の皆も参加できるフリースタイルの祭典にしたいと思ってる。そこで、ミルラや君たちの力を借りたい」

「ミッドナイト・サイファー・フェス……すごそう! 私たちにできることがあれば、ぜひ協力したいです!」


 また新たなイベントの計画が進んでいるらしい。その話を耳にすれば、黙ってはいられないのがクリステラ。数日後、彼女は王宮の回廊でラファエロと出くわした際、さっそく問いただした。


「“ミッドナイト・サイファー・フェス”を開かれるんですって? あたしに声をかけてくださらないなんて、どういうつもりかしら、殿下」

「いや、まだ下準備の段階だからね。もちろんクリステラにも参加してほしいし、力を貸してほしいんだ。こういうフリースタイル中心の企画だと、みんなが自由に表現できる場を作るのが大事だから、準備することが多くて」

「ふうん……。もちろん協力するわ。だけど、あまりに自由すぎるのも問題じゃない? 何のルールもなければ、混乱だけ起こって形にならないことだってあるでしょうし」

「そこは僕が責任を持って進めていく。クリステラの意見も取り入れたい。君はこの国の“最高峰”のダンサーであり、ラッパーでもあるからね」


 ラファエロの言葉に、クリステラの胸はくすぐられるように揺れる。そう、彼女は今でも“最高峰”の立ち位置にいる。それでもなお、なぜこんなに心が落ち着かないのか。


「そっ……そこまで言うなら、力になってあげる。どうせならあたしがトリを飾るくらいの気持ちでいいかしら?」

「もちろんだよ。期待してる」


 ラファエロがさわやかに答えた瞬間、彼の背後をちょうど通りかかったミルラと目が合った。彼女も同じ話を聞いていたらしく、少し遠慮がちに微笑む。


 クリステラはその瞬間、なんとも言えない感情に襲われる。自分とラファエロの間にわずかながら入り込む“他人”の存在――それが許せないのか、それとも……。

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