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第2話 ミルラの台頭③

 ある日のこと。クリステラは親しい数名の貴族の友人をバリントン公爵家に招き、小規模なダンスパーティを開催しようと計画した。表向きは「舞踏会の前哨戦として、新曲の披露と意見交換をする場」という建前だが、実際はミルラの“熱”を冷ますいい機会にしようと目論んでいる。


 もちろんミルラ本人にも招待状を送り、「ぜひ自由に踊ってほしい」と伝えた。平民出身の彼女にとって、貴族の屋敷で踊るのはまだ慣れないはずだ。そこで少々“罠”めいた仕掛けを準備しておけば、何かしらの失態を演じるかもしれない――そんな思惑が、クリステラの胸にあった。


「クリステラ様、本当に大丈夫なのでしょうか。もしも過剰な仕掛けでトラブルになっては……」

「心配しないで。ちょっとした“お試し”よ。彼女がどの程度の度胸と実力を持っているかを知るためにも、必要なことなの」


 リアンナは渋い顔をするが、クリステラの決意は固い。


 パーティ当日、広間にはクリステラが信頼を置く貴族仲間が十数名集まり、華やかな装いで談笑を楽しんでいた。さすがに公式の場ほど大規模ではないが、それでも豪奢な調度品やライトアップで、ダンスのステージとしては十二分に盛り上がる下地がある。


 そこに、やや緊張した面持ちのミルラが登場した。普段よりは気を遣ったのだろう、いつものシンプルな衣装に加えて繊細な装飾が施されたジャケットを羽織っている。それでも、ほかの貴族たちの絢爛なファッションとは一線を画し、まだまだ“素朴”さが目立つ。


 クリステラは笑顔でミルラを迎え、さっそく紹介と挨拶の場を設ける。ところが、あまりに自然体のミルラを前にして、貴族たちも何だか戸惑いながら微笑むばかり。誰もが言うほど「頑な」な平民娘ではなく、むしろ親しみやすい雰囲気なのだ。


「さて、せっかくだからミルラにも踊ってもらおうかしら。私たちの目の前で、その才能を見せてもらえる?」


 クリステラがそう促すと、ミルラは元気に頷く。


「はい、喜んで踊らせていただきます!」


 そこでDJが曲をかけ始めると、ミルラは遠慮することなく広間の中央へ。まだ慣れないはずの場所なのに、ビートが鳴った瞬間、彼女の体は軽快に動き出した。跳ねるようなステップに、自然なターンやリズム取り。余計な力みがなく、見ている者までつい笑顔になってしまうような開放感がある。


 クリステラがわざわざ床を滑りやすいようにワックスを塗りすぎたはずなのだが、その影響を感じさせない。むしろ、ミルラはそのスリップしやすいフロアを面白がるように活かして、ステップをアレンジしているようにすら見えた。


「……全然効いてないじゃない」


 思わず小声で呟くと、リアンナは苦笑いを浮かべる。


「かえってミルラさんの適応力が証明されてしまいましたね……」

「……まだよ。次の手は用意してあるわ」


 次の手――それは、ミルラがトラブルを起こしそうな“即興ラップタイム”を急に振ることだった。平民の彼女は人前でラップを披露した経験などそう多くないだろう。貴族たちを前にして即興で韻を踏むのは、緊張や失敗を生みやすいと踏んでいたのだ。


 踊り終えたミルラに拍手が沸く中、クリステラはマイクを持ってステージ中央へ進む。


「素敵なダンス、ありがとう。でも、せっかく音楽の国にいるのだから、ラップもできるかしら? 即興でも構わないわ。私がビートに合わせてリードするから、よかったら一緒にセッションしてみない?」


 これだけ急に振られれば、さすがにミルラも戸惑うはず――クリステラはそう確信していた。周囲の貴族たちも、楽しげに構えながらどこか面白い展開を期待している様子だった。


 ところが、ミルラはほんの少し意外そうな表情を見せたあと、すぐに笑顔になった。


「わかりました! 上手くできるかはわかりませんけど、やってみます!」


 その返事の速さに、クリステラは少し焦る。すぐにDJがトラックを流し始め、リズムが空気を満たす。


「じゃあ、私が先にキックするわ。途中で入ってきて」


 クリステラは優雅に一度スカートをさばくと、ビートに合わせて堂々と口を開く。


「きらめくステージ 貴族のフレイバー

 韻と踊りで 作るショーケースのレイヤー

 ここに集まる 洗練のエッセンス

 聴こえるでしょ? これが私のプレゼンス


 ダンスもラップも 極めてなんぼ

 私が照らすのは 頂点への散歩

 さあミルラ その力見せてみなさい

 甘い期待を裏切るなら 立場は危ういかも……?」


 最後に少し挑発めいた言葉を混ぜつつ、クリステラはミルラにマイクを向けた。周囲が期待とも不安ともつかない視線を送る中、ミルラはほんの一瞬だけ息を呑み、そしてビートを捉えて口を開く。


「えーと……ダンスで感じたまま 言葉にするよ

 特別な場所でも 私は素直にフロー

 貴族の豪華さ 圧倒されるけど

 このリズムに乗れば 怖いものなんてないよ


 まだまだ知らないこと たくさんあるけど

 私は学びたいし 前に進むだけ

 それが平民でも 夢見る権利はある

 背伸びしたっていい この国は自由だから」


 言い終えた後、ミルラはどこか照れくさそうに笑う。即興なりに、素直な気持ちと簡単な韻を並べただけのラップだが、それは不思議と温かさを感じさせた。


 クリステラは、拍子抜けしたような、しかし負けを認めたくないような複雑な思いでミルラを見つめる。完璧なテクニックからは程遠い――なのに、その一言一言に嘘がない。気づけば、周囲から小さな拍手が起こり、雰囲気が優しい笑いに包まれている。


「そ、そう。なかなかやるじゃない」


 クリステラがマイクを引き寄せ、どうにか取り繕うように言ったところで、パーティに集まった貴族たちの笑顔が広まる。結局、ミルラは失態など見せず、「初々しいながらも魅力的」な姿を披露してしまったのだ。


 計画はほとんど空回りに終わり、クリステラは内心で舌打ちをこらえる。彼女の意図を見抜いてか、付き人のリアンナが申し訳なさそうにうつむいた。


「大丈夫よ。これしきでどうにかなるわけないもの」


 クリステラはそう小さく呟き、気を取り直して貴族仲間との会話に戻る。パーティは和やかに盛り上がり、ミルラがほかの来客とも交流する姿が目についた。立場こそ違えど、その場に溶け込んでいるように見える。


 このままでは、ミルラの存在感がますます増していく一方だ。王太子ラファエロにも認められ、周囲の好意を勝ち取る――そうなれば、クリステラが積み上げてきた“絶対のステージ”にも影響が出るかもしれない。


 そんな危機感が、クリステラの胸で炎のように燃え上がっていた。


「ふふ、いいわ。もっと本気で叩きのめしてあげないとね」


 表情には出さずとも、彼女の瞳には静かな闘志が宿る。次の大舞踏会が決戦の舞台になるのなら、そこで確かな実力差を見せつければいい。それこそが公爵令嬢としての責務であり、誇りにほかならない。


 こうして、ミルラは素朴な出自にもかかわらず、確実に貴族社会のダンスシーンへと足を踏み入れていた。クリステラの苛立ちは募るばかりだが、周囲はむしろミルラの自然体を好意的に受け止めつつある。


 競い合いながらも、一触即発の火花を散らす二人のダンサー。次の大舞踏会に向けて、そのバトルはますます激化していくだろう。王太子ラファエロの視線は誰に注がれるのか、そしてクリステラの“プライド”はどこへ行き着くのか――。


 今はまだ、パーティの余韻に包まれた夜が静かに更けていく。やがて来る大舞台を前に、それぞれが胸の内に熱を宿して。

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