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第2話 ミルラの台頭②

 練習会がひと段落して、ダンサーたちが水分補給や休憩をとり始める頃、クリステラは意を決したようにミルラに近づく。何人かの平民ダンサーが話しかけようとするが、クリステラの漂わせる雰囲気に圧倒されて、自然と道をあけるように散っていった。


 当のミルラは、それに気づかず軽くステップを踏んでいる。


「ごきげんよう。あなたがミルラ……よね」


 クリステラが声をかけると、ミルラはぱっと顔を上げた。やはり明るい瞳をしていて、屈託なく微笑む。


「はい! クリステラ様……ですよね。いつかご挨拶したいと思っていました。先日はパーティ会場で見かけただけでしたけど、本当にすごいパフォーマンスでした!」


 彼女の言葉は素直そのもの。貴族に対する畏敬とも少し違う、純粋な称賛が滲んでいた。その無邪気さに、クリステラは妙に胸を突かれる思いがする。


「まあ、ありがと。あなたこそ、なかなか面白い踊り方をするのね。どこかで正式に学んだわけでもないんでしょう?」

「はい、下町のお祭りや路上でやってるダンスを見よう見まねで覚えたんです。最近ようやく先生について基礎を教わり始めたところで……」

「そう。だけど、王太子殿下が目をかけるくらいだから、よほど光るものがあるのでしょうね」


 クリステラは口調だけは穏やかに保ちながら、内心では優劣を測るようにミルラを観察している。呼吸はどれほど整っているか、筋肉のつき方はどうか、視線の配り方など、細かいところをチェックしたが、そのどれもが“未完成”かつ“伸びしろ”に満ちている印象だった。


 これだけ吸収力があるなら、下手をすればあっという間に自分の立場へ迫ってくるかもしれない。そう思うと、クリステラはむしろ軽く警戒心をかき立てられる。


「そ、そうかな……私はまだまだ勉強不足で……」

「ふふ、それが許されるのは今のうちだけかもしれないわよ? これからも頑張りなさい。殿下は期待していらっしゃるみたいだし」


 クリステラが笑顔を作りながら言葉を投げると、ミルラは「はいっ」と力強く頷いた。まるで迷いというものを知らない子供のような、それでいて堂々とした仕草。


 この瞬間、不思議とクリステラは胸がざわつくよりも、むしろ闘争心が燃え上がるのを感じた。絶対に負けられない相手がいるのは悪い気分ではない、とでも言いたげな高揚感が全身に広がる。


「……じゃあ、私、そろそろ戻りますね!」

 ミルラはさっきまで一緒に踊っていた仲間たちのところへ笑顔で駆け寄る。クリステラはその背中を見送り、ゆっくりと息をついた。


「“まだまだ”……か」


 たしかに、今のミルラは未熟だ。だが、それゆえに伸び代も大きい。クリステラは自分の中の警戒を振り切るように、軽く頭を振って落ち着きを取り戻した。


 


 その日の夕方、練習会は大盛況のうちに幕を閉じた。王太子ラファエロは満足そうにダンサーたちをねぎらい、帰りの支度を促す。


 クリステラはラファエロのもとへ赴き、最後にあいさつをする。


「殿下、本日は貴重な機会をありがとうございました。私もいい刺激になりましたわ」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。今日のセッション、確かにみんな活気があって素晴らしかった。特にミルラの伸びが目立っていたね」


 その名を出されて、クリステラは内心穏やかではいられない。


「ええ、たしかにあの子は面白いかもしれませんね。まだまだ荒削りのようですが」

「はは、そうかも。だけど、僕はああいう荒削りなダンサーを磨いていくのも、この国にとって大事なことだと思うんだ。ダンスやラップが貴族の専売特許じゃないって、みんなに示す意味でもね」


 ラファエロの言葉は正論だ。その正しさに反論の余地はない。だからこそ、クリステラはそれ以上何も言わず、にこやかに微笑むしかなかった。


 王太子からすれば、クリステラもまた大切なパートナーであり、国中が憧れる存在。彼は二人を天秤にかけているわけではないのだろう。――それでも、どこか胸が騒ぐ。


 外に出ると、すでに夕暮れの空が広がり始めている。橙色の光が王宮の白亜の壁を照らし、長い影を伸ばしていた。クリステラは専用の馬車に乗り込む前に、ちらりと振り返る。


 宮廷から出てくるミルラの姿が見えたが、平民らしい質素な装いのまま、それでも満面の笑みを湛えている。周囲の仲間たちと何やら楽しそうに話し込み、実にのどかな光景だ。


 彼女はああやって、自分の道をまっすぐ駆けていくのだろう。才能ある者が王宮や貴族社会に招かれ、認められていく――それがこの国の在り方のひとつではある。


「でも、私は負けない。絶対にね」


 クリステラはそれを確かめるように、低い声で呟いた。次の舞踏会で真価を示すのは自分だ。王太子ラファエロにとってかけがえのない存在は、間違いなくこの私――その思いが、彼女の瞳に強い光を宿らせる。


 


 それから数日後。次の大舞踏会への準備が本格化し、宮廷のみならず大貴族の間でも様々な催しが行われるようになった。バリントン公爵家でも、クリステラのダンスとラップの完成度をさらに高めるために、連日連夜の練習とリリックのブラッシュアップが行われている。


 ところが、その合間を縫うように、ミルラを招いて情報交換をしたいとか、彼女の指導に興味がある――などという者たちが出てきているという噂がささやかれ始めた。


 クリステラはそれを聞くたびに苛立ちを覚えたが、一方でむやみに表に立って反発するわけにもいかない。いかに王道を行く立場とはいえ、周囲から「度量が狭い」と思われるわけにはいかないからだ。


 そこで、彼女は考える。ミルラの勢いをそっと止める方法はないのか、と。

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