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38 遠征での違和感


「ですが、先ほど申したとおり、ポイズンスクワールに遭遇したのは初めてなのです。もしまだ不調を訴える方がいらっしゃったらすぐに教えてください。改めて解毒の魔法をかけますから」


「わかった。通達しておこう。……ポイズンスクワールなど、滅多に遭遇しないのだがな……」


「そうなのですか?」


 アルヴェントが精悍な面輪をしかめて頷く。


「ああ、ポイズンスクワールは深い森の中を好む魔物だからな。森の中とはいえ、ここまで出てくることは滅多にない。出てくるとしても迷い込んだ個体だけで、群れと遭遇するなど、俺も初めてだ。……遠征に出た時から違和感を覚えていたが……。これで、決定的になったな」


「違和感、ですか……?」


 ゴビュレス王国での遠征が初めてであるフェルリナは、アルヴェントが言わんとすることがわからない。


 フェルリナが険しい顔のアルヴェントを見上げていると、ロベスが指示を仰ぎにきた。


「団長。ポイズンスクワールを焼き切るのに時間が必要です。少し早いですが、今日も連戦でしたし、団員の疲労回復もかねて、ここで野営にしたいと思います」


 ロベスの言葉に周りを見回すと、騎士達がてきぱきと動き、掘った穴に集めた死体を入れて、魔法士が炎の魔法で火をつけていた。


 万が一、木々に火が燃え移っては大火災になるため、何人かの騎士達や魔法士達が穴のそばについている。


「ああ、そうしよう。それと、まだ毒が残っていると思われる者は申し出るように伝えろ。フェルリナが治してくれるそうだ」


「それは助かります。おそらく必要はないと思いますが、団員達に通達いたしましょう」


「あの、馬の様子を確認してきてもよいですか? 自分では状態を訴えられませんし……」


「では、俺がついて回ろう。ロベス、お前も来い」


「いえ、アルヴェント様やロベスさんにお手数をおかけしては……」


 あわてて遠慮しようとしたが、アルヴェントがきっぱりとかぶりを振る。


「いや、俺とロベスのほうがふだんから馬の様子を見慣れている。違和感があれば気づきやすいだろう。それに……」


 言い淀んだアルヴェントの言葉を補うように、ロベスが口を開く。


「団長は、フェルリナ様から目を離すのが不安なのです。どうぞ団長のお気持ちを汲んで差し上げてください。何やら、森の様子もふだんと違うようですし……」


「先ほど、アルヴェント様もおっしゃっていましたよね? 『違和感を覚える』と……。私はゴビュレス王国での遠征は初めてですし、どういうことなのかお教えいただけませんか?」


 アルヴェントとロベスを見上げて問うと、二人がそろって難しい顔になった。


「ロベス……。やはりお前も感じていたか」


「当然です。何年、この森を巡回しているとお思いですか? おそらく、団員達のほとんどが同じように感じております」


 アルヴェントの低い声に、ロベスがきっぱりと答える。


 何と説明したものか言葉を探すように唇を引き結んだアルヴェントが、ややあって、ゆっくりと口を開く。


「魔物の遭遇率や、遭遇する魔物の種類が、例年と異なっているんだ。いましがたのポイズンスクワールのように、ふだんはもっと魔境に近づかねば遭遇しない魔物が現れているばかりか、魔物との遭遇率も上がっている」


「本来なら、もっと行程が進んでいるはずなのですよ。ですが、戦闘に手間をとられて、例年より遅れが生じているのです」


 ロベスがアルヴェントの言葉を補う。


 確かに、魔物との遭遇がクライン王国とは比べ物にならないほど多いとは思っていた。


 が、フェルリナはいままで、魔境に近いゴビュレス王国では、これがふつうだと思っていたのだ。


「フェルリナ様には、本当に感謝しているのです」


 三人で馬をひとかたまりにしてつないである場所へ歩きながら、ロベスがしみじみと言う。


「これほど、魔物と遭遇しながら、誰も重傷を負っていないのは、ひとえに聖女であるフェルリナ様のおかげです。先ほどの戦いもそうです。フェルリナ様がいなければ、ポイズンスクワールの毒で動けぬ者が続出していたことでしょう。もし、そんな状態で別の魔物に襲われていたらと思うと、背筋が寒くなります」


「いえ、私は……」


 かぶりを振るが、フェルリナにもロベスが言いたいことはよくわかる。


 遠征中は何が起こるのかわからない。少しの油断が命取りになることは往々にしてある。


 いくらアルヴェントが強く、騎士団員達が精強であろうとも、魔物との戦いがひっきりなしに続ければ疲労はたまるし、怪我を負った者がいればその者を守って戦わざるを得なくなる。


 ゴビュレス王国が加護なしでもよいからと、聖女を求めた理由が、ようやくわかったような気がする。


「ですが……。魔物達の動きがいつもと異なっているなんて……。何か、心当たりはおありなのですか?」


 問うた瞬間、馬の様子を見ていた二人の背中が同時に強張った。


 ぴりっ、と紫電を孕んだような空気に、馬が不安そうに鼻を鳴らす。


「団長」


 冷静な声でアルヴェントをいさめたのはロベスだ。


「……すまん」


 低い声で詫びたアルヴェントが圧を解く。フェルリナを振り返った顔は、泥水でも飲んだかのように苦かった。


「俺が知る限り、こんな異変が起こったのは、三年前にたった一度――。ドラゴンが、タンゼスの町に現れた時だけだ」



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