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31 うちの可愛げがない息子とは大違いね


 朝食後、侍女達が選んでくれた派手ではないが礼を失さない程度には質の良いお茶会用のドレスに着替え、綺麗に髪を結い上げてもらったフェルリナは、騎士団の制服に着替えたアルヴェントにエスコートされ、王妃が待つという中庭へ向かった。


「……意外と人目が多いな」


 ぼそり、とアルヴェントがこぼした低い呟きに、緊張して前しか見ていなかったフェルリナはあわてて周囲に視線を走らせる。


 よく手入れされた秋の花々が咲くこの中庭の両側には、広めの廊下が走っている。


 壁や窓があるため、会話までは聞こえないだろうが、お茶会をしている姿はさぞかし目につくだろう。


 王妃がこの場所を指定したということは、何らかの考えがあるはずだ。


 だが、その理由に思い至る前に、王妃が座すテーブルに着いてしまう。


 フェルリナは小さく吐息して不安を押し込めると、できる限り上品に見えるよう気を遣いながら、スカートをつまんで恭しく頭を下げた。


「王妃様。このたびはお茶会にお招きいただき、感謝の念にえません。深く御礼申し上げます」


 どこで誰が見ているかわからないということは、決して失敗できないということだ。


 アルヴェントに迷惑をかけてしまうかもしれないと思うと、きりきりと胃が痛む心地がする。


 が、そんな気持ちは押し込めて頭を下げ続けていると、穏やかな王妃の声が降ってきた。


「フェルリナ嬢。顔を上げてちょうだいな。そんなに緊張しないでちょうだい。急な誘いをしたのはわたくしのほうなのだから」


「王妃様にお誘いいただけるとは、光栄この上ないことでございます」


 ゆっくりと身を起こしたフェルリナの目に真っ先に入ったのは、にこやかに微笑む王妃の気品と貫禄を漂わせる姿だ。


「母上、ご機嫌麗しゅう。お誘いがあったのはフェルリナだけですが、フェルリナはまだゴビュレス王国に来て間もない身。俺も同席させていただきます」


 硬い声で挨拶したアルヴェントが、拒否は受け付けませんと言わんばかりにたくましい胸を張る。


 途端、王妃の軽やかな笑い声がテーブルにはじけた。


「アルヴェント、あなたったら……っ! 『灰色熊』じゃなくて、『母熊』に改名したほうがいいのではなくって?」


 おかしくて仕方がないと言わんばかりにころころと笑いながら、王妃がとんでもないことを口にする。


 思わずアルヴェントを振り仰いだフェルリナの目が捉えたのは、不満そうに口を引き結んだ表情だった。


「同席できるなら、『灰色熊』でも『母熊』でも、どちらでもかまいません」


 不機嫌極まりない息子を目の当たりにしても、王妃はまったくたじろがないどころか、ますます楽しげに笑い声をこぼす。


「まったく困った子ね。わたくしをいったい何だと思っているのかしら」


 ようやく笑いをおさめた王妃がテーブルに着くよう手で示す。


 円いテーブルにフェルリナとアルヴェントが並んで座ったところで、王妃が悪戯っぽい流し目を息子に送った。


「わたくしがフェルリナ嬢に意地悪をするとでも思ったのかしら? 失礼なこと。可愛い息子の花嫁としてわざわざ他国から来てくれたお嬢さんに、わたくしがそんなことをするはずがないでしょう?」


 心外そうな王妃の言葉に、アルヴェントが凛々しい眉をきつく寄せる。


「こんな図体の大きい息子を『可愛い』と評している時点で、母上のお言葉の信憑性しんぴょうせいが皆無です。いったい、フェルリナに何を吹き込む気ですか」


 王妃の真意を見抜こうとするかのように、アルヴェントが鋭い視線を母親に送る。


 その視線を正面から受け止めた王妃が肩をすくめた。


「吹き込むも何も、あなたに言ったとおりよ。正式な拝謁の儀式の前に親交を深めておけば、フェルリナ嬢の緊張も、少しはほぐれるでしょう?」


「王妃様。お気遣いいただき、誠にありがとうございます」


 フェルリナが謝意を述べたところで、侍女達からお茶のカップが供される。


 王妃が満足そうに頷いた。


「フェルリナ嬢は素直で可愛いわねぇ。うちの可愛げがない息子とは大違いね」


「ついさっき、『可愛い息子』と言っておきながら、本音は真逆ではないですか。だから、フェルリナをひとりで母上に会わせるのは反対なんです」


「あら。あなた、自分が可愛らしさでフェルリナ嬢に勝てると、ほんのわずかでも思っていたの?」


「思うわけがないでしょう! こんな可愛さ極まるフェルリナに勝てる要素が、俺のどこにあると言うんですか!?」


 身を乗り出して叫んだアルヴェントが、我に返ったように息を呑む。同時に、フェルリナも自分の顔がぼんっと熱くなるのがわかった。


 売り言葉に買い言葉とはいえ、アルヴェントに『可愛い』と言ってもらえるなんて嬉しすぎる。


「まあまあ、初々しいこと」


 ころころと機嫌よくわらった王妃が、遠慮なくお茶や菓子に口をつけるようにと笑顔で促す。


 少しでも心を落ち着けようと、フェルリナはカップに手を伸ばした。湯気と一緒にほわりと揺蕩たゆたったお茶の香りに、わずかに緊張がほぐれる。


 すっきりとした味わいのお茶は、ひと口飲んだだけで、フェルリナが今まで口にしたこともない高価なものだとわかった。


 アルヴェントは何やら警戒しているようだが、王妃がフェルリナのために心を砕いてくれているのは間違いない。


「拝謁の儀の前の顔合わせというのは信じるとして、どうしてこの場所なんです?」


 遠慮のない様子で一気にカップの半分ほどもお茶を飲んだアルヴェントが、ごまかされまいとするかのように、王妃を問いただす。


 見惚れるほど優雅な仕草でカップを傾けていた王妃が、「あら」と挑発的なまなざしを息子へ向けた。



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