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14 身を案じてくれて、ありがとう


「お……っ、お怪我はありませんか!? その返り血……っ! 本当に返り血だけなのですよね!? アルヴェント様が傷を負われているということは……っ!?」


 返り血の量が多くて、ファングウルフだけのものかどうか、判断がつかない。


「お怪我をなさっているのでしたら、おっしゃってくださいっ! すぐにヒールを……っ!」


「お、落ち着いてくれ、フェルリナ。俺はどこも怪我などしていない」


 フェルリナを引きはがそうとしたアルヴェントが、己の手が血で汚れていることに気づき、ふれるのをためらうように動きを止める。


 かまわず、フェルリナはもう片方の手でもアルヴェントの袖を掴んだ。


「本当ですねっ!? 本当にお怪我は……っ!?」


「ほ、本当だっ! 怪我などないっ! それよりもそれ以上は……っ! きみが血で汚れてしまうぞっ!」


「私が汚れることなどかまいませんっ! それより、怪我を治すほうがよほど大事ですっ!」


 アルヴェントの声に反射的に言い返してから、ようやく我に返る。


「も、申し訳ありません……っ。私はともかく、お借りしている服を汚してはいけませんよね……」


「ぶっ! わははははっ!」


 うつむいて詫びた瞬間、こらえきれないと言わんばかりの笑い声が降ってきた。


「服なんて、どうでもいい。それよりも……。俺の身を案じてくれて、ありがとう」


 穏やかな声に顔を上げると、黒い瞳が包み込むようにフェルリナを見下ろしていた。


「血に汚れることもいとわず、怪我がないか心配してくれるとは……。きみはまさしく聖女だな」


「い、いえ……っ」


 いまになってアルヴェントに取りすがっているのが恥ずかしくなり、ぱっと手を放す。


「私は後衛で補助をすることしかできませんから……」


「何を言う!?」


 視線を伏せて告げた途端、アルヴェントの声が飛んでくる。


「きみの防御力アップと攻撃力アップの魔法は、本当に助かった。怪我無く変異種を倒せたのも、きみが俺の力を底上げしてくれたおかげだ。感謝しかない。それに――」


 アルシェルドの精悍な面輪に、柔らかな笑みが浮かぶ。


「きみが安全な後方で守られているからこそ、俺も心おきなく戦えたんだ」


「アルヴェント様……っ!」


 ぱくり、と心臓が跳ねる。こんな風に言ってくれた人など、いままでひとりもいなかった。


 皆、フェルリナの魔法ではレベルアップ支援の加護がない、と。命懸けで戦っているのに、効率が悪くて無駄だ、と。


 もうひとりの聖女のイーメリアと比べ、蔑まれて……。


 いまは初めての聖属性の魔法をありがたがってもらえているが、それもいつまでのことだろう。


 人はそばにあるものにすぐ慣れる。聖女の魔法が当たり前になれば、早晩、なぜフェルリナの魔法には加護がないのだと非難が起きることだろう。


 そうなれば――。


 暗澹あんたんたる未来予想に、フェルリナはうつむいて唇を噛みしめる。


 浮かれていてはいけない。油断して希望を持てば、その分、裏切られた時がつらくなる。


 急に押し黙ったフェルリナに、アルヴェントが困ったように吐息する。


「その、すまん……。血まみれのこんな格好、恐ろしいよな……。すぐに血を流してくるから――」


「っ!? いえ……っ」


 諦めが混じった低い声。

 フェルリナがアルヴェントの姿を怖がったと思ったらしい。


 確かに、高レベルの変異種をひとりで屠ったアルヴェントの剣技は人間業とは思えない。だが、騎士団を守るために最前線で戦ったアルヴェントを恐ろしいと忌避するなんて、ありえない。


「ち、違いま――」


「失礼いたします。殿下、この後はどう動きましょうか?」


 フェルリナがみなまで言うより早く、ロベスの声が割って入る。副団長を振り返ったアルヴェントの表情は、いつもどおりの凛々しいものに戻っていた。


「ファングウルフの後始末もあるしな……。無理をして進んでも、いくばくも行かぬうちに日暮れになるだろう。少し早いが、今日はここで野営にしよう」


「かしこまりました。――おおいっ! 今日はここで野営だ!」


 ロベスが張り上げた声に、周りで後始末に動いていた騎士達から、口々に承諾の声が上がる。


「ロベス、騎士達や馬、馬車に被害がないか確認しておけ。俺はちょっと血を落としてくる」


「あ、あのっ! 怪我をされていた方がいらっしゃったら、私が……っ!」


 きびすを返したアルヴェントに、必死に声を上げる。


 足を止め、振り返ったアルヴェントが傷のある面輪にほっとした笑みを浮かべた。


「感謝する。ロベス、負傷者がいたら、フェルリナに癒してもらってくれ。ナレット、チェルシー。フェルリナを頼むぞ」


「はいっ! お任せください!」


「フェルリナ様ぁ~、大丈夫だと思いますけど、血の臭いに引かれて、他の魔物が来る可能性もありますから、どうぞこちらへ~」


 魔物の死体をそのまま放っておくと、新たな魔物を呼びかねない。そのため、穴を掘って死体を埋め、燃やすのが一般的だ。


 また、ファングウルフの皮はいで売ればかなりの金額になる。変異種となればなおさらだ。


 討伐続きの時はそんな暇などないため、火の魔法で焼いてしまうこともあるが、ここで野営するということはそういった作業もあるだろう。


 もちろん、天幕を張る作業や、夕食作りだってある。


「あ、あのっ、私もお手伝いさせてもらえませんか……っ!?」


 馬車へ連れて行こうとするナレットとチェルシーに懇願する。


 昨日はアルヴェントやナレット達に止められているうちに、あれよあれよと野営の準備が終わってしまったが、昨日作業の手順を見たし、クライン王国の騎士団とそう大きな差異はなかったので、手伝えるはずだ。


「ええぇっ!? フェルリナ様にそんなことさせられませんよっ!」


「そうですよぉ~! わざわざフェルリナ様がそんなことなさらなくったって……っ!」


「でも、私だけ働かないなんて、心苦しくて……。お願い、ナレット、チェルシー。だめかしら……?」


 自分より背の高い二人を見上げてお願いすると、二人がそろってうぐっと呻いた。


「団長の気持ちがわかってしまう……っ!」


「フェルリナ様、そんなお願いはだめですぅ~!」


 うぐぐぐぐ、と呻いていた二人が、仕方がなさそうに吐息する。


「わ、わかりました。では、こちらへ……」

「一緒にお夕飯の支度をしましょう~」


「ありがとう! ナレット、チェルシー!」


 二人の言葉に笑顔でお礼を言うと、なぜかふたたび呻き声が上がった。



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