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元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第4章(8)称号授与、キャンセル

作者: 刻田みのり

 大技でラ・プンツェルの頭上から聖剣ハースニールを食い込ませたシュナだったが剣が抜けなくなってしまった。


 そこにラ・プンツェルの後頭部から伸びた触手の先端の一つ目たちによる一斉攻撃が放たれる。



 *



「くっ」


 シュナが聖剣ハースニールから左手を離し天に振り上げる。


「収納」


 幾筋もの光線がシュナから彼の左手へと軌道を変え、導かれるかのようにその中指の指輪に吸い込まれていった。


 そういや、ワークエの報酬でシュナは収納の指輪を手に入れていたな。


 シュナが呼吸を荒くしている。


 その顎を汗が伝い、ポタリと落ちた。


 一瞬の静寂。


 絶体絶命の危機を乗り切ったシュナを誰もが信じられないという顔で見つめていた。そのくらいさっきの状況はやばかったのだ。


 そして、その中にはラ・プンツェルも含まれていた。


 唖然としたラ・プンツェルの力が弱まったお陰か頭に食い込んだまま抜けなかった聖剣ハースニールが容易に抜けた。


 シュナがラ・プンツェルの頭を蹴りつつ彼女から距離をとる。


 離れていくシュナの右肩でラ・ムーが「べぇーだ」と舌を出していた。


「お、おのれ、よくも妾を足蹴にしてくれたな」


 ラ・プンツェルの悪魔の顔を模したサークレットの目が怒りに赤々と光る。


 シュタッと地に降りたシュナは聖剣ハースニールを構え直した。


 刀身にスパークが走る。


 バチバチバチバチバチバチバチバチッ!

 その凄まじい雷光に周囲が明滅する。


 そして、そのスパークの轟音に負けないくらいの雄叫びを上げて駆けて来る者が一人。


 プーウォルトだ。


 彼は走りながら真っ直ぐ水平に右腕を伸ばし、その腕に魔力の光を宿らせた。


 右腕の光がどんどんその輝きを強めていく。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 ぐらり、とラ・プンツェルの身体が揺れ、バランスを失ったまま落下していく。


 シーサイドダックがガッツポーズをした。


「よっしゃぁ、魔法が効いてるぜ」


 ラ・プンツェルの真下には淡く緑色に光る魔方陣。


 そこから強烈な吸引の力が放射されていた。


「大人しく亜空間に吸い込まれやがれっ、このあばずれがぁっ」


 ラ・プンツェルが抵抗しようとするが吸引力に負けているようだ。


 しだいにその身体が魔方陣の方へと引き寄せられていく。


 ラ・プンツェルの頭部と水平に伸ばしたプーウォルトの右腕の高さが同じになった時、プーウォルトの右腕がラ・プンツェルの顔面を捉えた。


「ハイパーイースタンラリアットォォォッ!」


 炸裂したプーウォルトの必殺技でラ・プンツェルの顔面が陥没する。


 聞こえてはいけないぐちゃりとした音が聞こえているがそういうのは気にしてはいけないので俺はなるたけ気にしないことにした。


「おおっ、これはクリティカル」

「さすが熊教官、その強さに痺れる憧れる」

「うわっ、グロッ!」

「ニャ(勝ったな)」


 ジューク、ニジュウ、アミン、そして黒猫。


 おい黒猫。


 この時点でその発言はフラグになるから止めろ。


 あ、フラグという言葉は昔お嬢様に教わりました。


 使い方、合ってるよね?


 ……とか俺が思っていると。


「ちっ、ギリギリで外したか」


 苦々しげにプーウォルトが言った。


 彼の右腕はラ・プンツェルの顔に命中しているものの、悪魔の顔を模したサークレットには当たっていなかった。


 つまり……。


「くくく、惜しかったのう」


 イースタンラリアットの威力で骨だけでなく歯も砕け肉も潰れているのにラ・プンツェルの声は明瞭だった。


「くっ、ならばもう一撃……」

「させぬわ」


 ピカッとサークレットの目が光り、プーウォルトが吹き飛ばされた。


 衝撃が凄まじかったからかろくに受け身も取れずに背中から地に倒れる。


「プーウォルト!」

「そなたもだ、この低俗なアヒルめッ」


 再びサークレットの目が光り、シーサイドダックを吹っ飛ばす。


 ラ・プンツェルの意識がプーウォルトとシーサイドダックに向いているうちに俺はマジンガの腕輪に魔力を流した。


 チャージ。


 両腕を突き出して発射態勢をとると。


「無駄だ。そなたの攻撃など効かぬ」


 くるりと首だけ動かしてラ・プンツェルが告げた。


 サークレットの目が赤く光る。


「!」


 マジックパンチのチャージがキャンセルされた。。


 何て奴だ。


 これじゃ、まるでマリコー・ギロックと戦った時みたいじゃないか。


 ふわり、とラ・プンツェルが宙に舞う。


 その顔は信じられない速さで復元していた。イアナ嬢が切り落とした右腕も既に再生し終えている。


 ただ、右袖は切られたままだった。さすがにそこまで都合良くいかないようだ。


 ラ・プンツェルが嘲笑する。


「妾は滅びぬ。妾はリビリシアの意思(ウィル)に選ばれたのだ。故に管理者であろうと妾を破壊できず封印などという小賢しい真似しかできなかった」


 ラ・プンツェルから黒いオーラが漂い彼女に寄り添うように長い髪の女のシルエットが浮かぶ。


 頭部に現れる一つ目。


「卑小な力しか持たぬ者共よ、妾をこの地に縛りつけておこうとしても無駄だ。じきに妾の力はこの地を覆う結界の魔力を超えるであろう。さすればもう妾を縛るものはない。自由だ。新たな女王としてこの国に、いや大陸全土に君臨してやろうぞ」

「……」


 俺は嫌悪のあまり唇を噛んだ。


 ふざけるな、と思った。


 新たな女王として君臨するだと?


 いや、それ以前にリビリシアの意思(ウィル)に選ばれただと?


 頭湧いてるのか?


 てめーみたいなのがリビリシアの意思(ウィル)に選ばれる訳ないだろうが。


 もし選ばれるのだとしてもそれはてめーじゃない。


 俺のお嬢様だ。


 てめーじゃない。


 俺の中に膨れ上がる感情に「それ」が反応した。


 囁き、煽ってくる。


 怒れ。


 怒れ。


 怒れ。


 俺はぐっと両拳を握った。


 応えるように黒い光のグローブが発現し、両拳の甲に漆黒の宝石を浮かび上がらせる。


 ダーティワーク!



『確認しました』


『ジェイ・ハミルトンの同時発動可能な魔法・能力の限度数が解除されました』

『以降、魔力が続く限り無制限に発動できます』



「はぁ?」


 突然聞こえてきた天の声に俺は吃驚した。


 天の声にというかその内容に驚いたのだ。


 同時に発動できる魔法・能力の数が無制限になっただと?


 おいおい、人間は二つまでが限度じゃないのかよ。


 つーか、そもそも増やせるの?


 それアリなの?


 ええっと……。


「ま、いいか。とりあえず使える魔法と能力が増えてラッキーってことで」


 有難く有効活用させてもらうことにしよう。


 俺は思考を放棄してダーティワークを発動させたまま飛翔の能力を使った。


 ラ・プンツェルへと飛びながらサウザンドナックルを発動する。


 収納から射出された銀玉たちがラ・プンツェルへと撃ち込まれる。


 様々な方向から放たれる銀玉の攻撃がラ・プンツェルを襲った。


「ウダダダダダダダダダダダダダダダッ!」


 銀玉によるオールレンジ攻撃によってラ・プンツェルがボロボロに……ならなかった。



 キラリ。



 群がる銀玉の中心で赤い光が煌めき、爆発とともに全ての銀玉が吹き飛んだ。


 爆煙から飛び出すように無傷のラ・プンツェルが現れる。


 その姿に寄り添うように黒いシルエットが浮かんでいる。


 長い髪の女の姿をしたシルエットだ。


 頭部には一つ目。


「無駄だ。妾の目はあらゆる魔法と能力を無効にできる。先程は油断したが妾が本気になればそなたたちの攻撃など無いも同然よ」

「……」


 クソ、まだ勝てないか。


 だが、いくらラ・プンツェルに魔法と能力を無効にできる力があったとしてもどこかに打つ手はあるはずだ。


 真に無敵な訳がない。


 もしラ・プンツェルが無敵の存在ならあの内乱の時に封印されたりはしないだろう。


 運命(シナリオ)は奴にこの国や大陸を与えたりはしない。


 リビリシアの意思(ウィル)は奴を選んだりはしない。


 俺はさらに力強く拳を握った。


 身体の奥から声が聞こえてくる。


 ずっと俺に囁き続け、煽り続けていた「それ」の声だ。


 怒れ。


 怒れ。


 怒れ。


 ラ・プンツェルが俺を指差す。


「そなたのことは下僕にしてやろうかとも一時は思ったのだがな。こうも反抗的では妾も……な?」


 まるで俺が悪いかのような言い草だ。


 ラ・プンツェルの後頭部から伸びた触手の先端が俺に向いた。


 触手の先端にある一つ目たちとラ・プンツェルの悪魔の顔を模したサークレットの目が禍々しく赤く光る。


 鮮血のような赤さだ。


 俺は光線から逃れようとしたが身体が動かなかった。


 ラ・プンツェルの強大な魔力が俺を抑えつけていた。これでは光線を避けられない。


 やばい。


「さあ、滅びるが良い」


 収納は……ワォ、これも封じられてる!


 詰んだ。


 あまりのやばさに俺が吐きそうになっていると「それ」の声が絶叫に変わった。


 怒れ!


 怒れ!


 怒れ!


 そして、聞こえてくる天の声。



『お知らせします』


『ジェイ・ハミルトンとその身体に宿る怒りの精霊との同調率が狂戦士化への危険域に達しました』


『女神プログラムによる強制介入を開始します』


『エーテルリンクを解除、ジェイ・ハミルトンと怒りの精霊とのリンクを強制解除します。エレメンタルコアとの接続を開始』


『女神プログラムによる特例によりコードX10Aを実行。ジェイ・ハミルトンのマナブースターおよびマナコンバーターを強制作動。限定的にリミッターを解除します』



「うっ……」


 俺の体内で何かが発熱していた。


 のたうちまわる程ではないが結構苦しい。



『エレメンタルリンクとの接続を保持。女神プログラムに指定されている(ピーと雑音が入る)のアクセス権を有効にしてディメンションコアとの接続を開始します』


『ディメンションコアとの接続を確認。女神プログラムの緊急時の条件設定に従いマジンガの腕輪を魔神化の腕輪に転送変換します』



 俺の意識では捉えられない速さでマジンガの腕輪が魔神化の腕輪に変わった。


 魔神化の腕輪が妖しく光る。


 これは……マリコーの権限を打ち破ったあの力を……。


 よし、これならラ・プンツェルに勝てるぞ。



『魔神化の腕輪のスペシャルパワーを解放します』


『お知らせします』


『ジェイ・ハミルトンに第一級管理者の称号が授与され……』



 俺がラ・プンツェルとの戦いに勝利を確信していると誰かの声が聞こえた。



「コードA613を発動。直前の称号授与をキャンセルし、転送変換していた魔神化の腕輪を元の腕輪に戻すっ!」



「……」


 え?



 **



 魔神化の腕輪に変わっていたはずの腕輪が元々あったマジンガの腕輪に戻る。


 さっきから聞こえていた天の声が止まった。


 え。


 どゆこと?


 俺の頭の中が疑問符だらけになっている間に再び声がした。


「おいジョウ、今の良いのか?」

「良いも何も、あんなやばい物使わせちゃ駄目でしょ。下手すれば死ぬより酷いことになるよ」

「けどなぁ、ラ・プンツェルに対抗するためなんだろ? 本人が覚悟してんならいいんじゃねーか?」

「いや、あれたぶん本人の意思とか確認してないと思うよ。アーカイブも見たけど無許可で魔改造とかしているし」

「うわっ、引くなそれ」

「まあそれだけあの人も必死なんだろうね」


 これはあれだ。


 ジョウイチロウとドンちゃんだ。


 そう俺が気づいた時、別の声が響いた。


「究極魔法、ダイソンホールッ!」


 メラニア付き宮廷魔導師、疾風の魔女ワルツだ。


 光線を発射しようとしていた触手たちとその本体のラ・プンツェルが空間の歪みに巻き込まれるように回転し始めた。


 バキボキグチャグチャとめっちゃ嫌な音を立てながら回転する空間の歪みがその規模を小さくしていく。


 ふっと空間からワルツが姿を現した。


 てか、こいつ知らないうちに身を隠していたんだね。


 んで、ラ・プンツェルの意識が俺たちに向いている間に長ったらしい呪文を唱えていたと。


 うーん、ちょいもやっとするけどまあいいか。


 ラ・プンツェルもこうして空間の歪みにぶち込めた訳だし。


 今度こそ倒せるよね?


「おのれぇぇぇぇぇぇぇぇっ! 一度ならず二度までもぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「……」


 えっと。


 絶叫してるんだけど、何だか元気そうじゃね?


 いや、すげぇ骨の砕ける音とか肉の潰れる音とかしているんだけどさ、なーんかその割に死にそうにないと言うか。


 サークレットも壊れた感じがしないよね?


 やばくない?


「トゥルーライトニングファイナルブラストォ!」


 シュナが大振りに聖剣ハースニールを振って今まで見たことのない規模の雷撃を飛ばしてくる。


 駄目押しと言わんばかりに雷撃は空間の歪みに突っ込んでいった。


 大音響を轟かせて爆発するが爆発そのものは空間の歪みの中で生じているためこちら側には影響はない。音だけだ。めっさうるさいけどね。


 シュナが聖剣ハースニールを構え直しその刀身に雷を走らせ直す。


 ラ・プンツェルがまた空間の歪みから逃れてくるのを危惧しているのかもしれない。彼の表情に油断はなかった。


 そんなシュナにワルツが明るく声をかける。


「やだなーそんな顔しなくてももう大丈夫よぉ。、あれだけの攻撃ならそこらの魔王級でも殲滅できるって。あ、もしかして心配性?」

「奴は最初の魔法を堪えてるからね」


 シュナは厳しい表情を変えない。


 その目は回転しながら小さくなっていく空間の歪みを凝視しているようだった。


 俺はというと腕輪が元のマジンガの腕輪に戻ったこととか第一級管理者の力を得られなかったこととかのショックをちょい引きずってはいるものの、どうにか現状把握できる程度には冷静さを取り戻していた。


 ついでに「それ」の声も聞こえなくなっている。


 ダーティワークの能力も気づかぬうちに解除されていた。


 あの天の声によると「それ」こと怒りの精霊とのリンクも外されているようだ。


 怒りの精霊とのリンクを強制的に外されて再びリンクできるのかとも思ったのだが試しにやってみたらあっさり繋がった。


 俺の両拳を黒い光のグローブが包む。


 身体強化もこれまで通りのようだ。


 一応、マジンガの腕輪もチェックしたがこちらも異常はなかった。


 まあこっちは「それ」云々というより転送変換や称号授与のキャンセルの影響を心配したんだけど。


 俺自身の体調も問題ない。


 少し体内に違和感が残っているがそのくらいなら何とでもなる。まだまだ戦えと言うなら戦えるぞ。


 悪魔でもラ・プンツェルでもマルソー夫人でも来るなら来いって感じだ。


 ……とか思った俺が間違っていました。



 *



 それに気づいたのはまたもイアナ嬢だった。


「ねえ」


 彼女はそれを指差した。


「あれって何?」


 イアナ嬢の人差し指はワルツの究極魔法でできた空間の歪みとは無関係な方向を指していた。


 ちなみにジョウイチロウと二匹(?)が戦っていた敵の一群は全滅している。


 どうやらドンちゃんとパンちゃんが大活躍したようだ。俺はほとんどその戦いっぷりを見てなかったんだけどね。


 敵の中には魔物だけでなくラ・プンツェルに魅了された狩人たちもいたはずだがそちらも容赦なく倒した模様。そりゃ、ジョウイチロウたちには無縁の人たちなんだしそのあたりは仕方ないのかもなんだけど……ちょい気の毒な気がしてならない。


 ラ・プンツェルさえいなければ狩人たちも魅了されることもなかったんだよな。


 うん、全てラ・プンツェルが悪い。


 ……て、今はそれどころじゃないか。


 しっかりしろ、俺。


「……ん?」


 空間の歪みのすぐ傍に別の歪みが生じていた。


 さらに別の位置に。


 さらにさらに別の位置に。


「……おいおい」


 さらにさらにさらにさらに……。


 空のあちこちに空間の歪みが発生していた。


 正直、数えるのも馬鹿馬鹿しくなるくらいだ。


 そこから一斉にケチャもどきが現れた。


 どいつもこいつもケチャによく似ているのに髪の色(白髪ではなく金髪)とローブの色(緑ではなくて黒)が違う。偽者だってもうちょい考えるだろうってレベルで酷い。雑過ぎるだろそれは。


 ほいでもって同時に「にたぁーっ」て嗤いやがった。めっちゃ腹立つなこいつら。


 全員が息の合った動きで頭の左右に魔方陣を展開。これまた同じ動きで魔方陣から先端に一つ目がある触手を伸ばしてきた。


 無数の一つ目が赤々と光る。


 何気に恐怖を抱かせる光景だ。これ日中で良かった。


 夜ならもっとおっかなく見えたはずだ。五歳児ならわんわん泣くね。一人でトイレに行けなくなっちゃうよ。


「ふふふっ、妾を嘗めるなよ」


 一際大きな空間の歪みができたかと思うとそこから長い金髪の女が出て来た。


 額には悪魔の顔を模したサークレット。


 強欲のラ・プンツェルだ。


 空に浮かぶラ・プンツェルが俺たちを睥睨する。


 サークレットの目が赤く妖しく光った。


「妾はナインヘルズ第七層において最凶の存在。かつて七罪と呼ばれた悪魔たちを率いた支配者」

「はぁ?」


 怒号にも近い大声がラ・プンツェルの口上を遮った。


 ドンちゃんだ。


 ドンちゃんは太刀からカラスの姿に変身すると翼をバタバタさせながら猛然と抗議した。


「七罪を率いていたのは俺様だろーが。嘘こいてんじゃねぇ!」

「そうなの?」


 ジョウイチロウが小太刀の姿のパンちゃんに尋ねた。


 パンちゃんはウサギの姿になってジョウイチロウの右肩に移動する。


 だらーんとその右肩に身を預けた。


 すんごい落ちそうだけどいいのかそれ、とか心配してしまったのは内緒だ。


 きっとあの格好が一番パンちゃんにとって楽なのだろう。うん、そういうことにしよう。


 パンちゃんは質問には答えずそのまま眠ってしまう。


「……」


 ぺちん。


 ジョウイチロウが困ったように眉をハの字にしながらパンちゃんの頭を叩いた。


 パンちゃんがゆっくりと頭を上げる。だから、落ちそうなんだから動くなっての。


「ううっ、なーにー? パン眠いんだけどぉ」

「僕の質問効いてたよね?」

「……んー?」


 ジョウイチロウの口調はとても穏やかだ。


 でも何故だろう。


 めっちゃ怒ってるように見える。


「ドンちゃんってナインヘルズ第七層で七罪を率いていたの?」

「……眠いよぅ」


 ぺちん。っ!


 ジョウイチロウがさっきより強めに叩いた。


 パンちゃんが小声で文句をいってるみたいだけどスルーしている。


「質問に答えて?」

「むぅ、七罪はパンが率いていたんだよぉ。ドンちゃんじゃなくてパンが一番だったのー」

「嘘をつくでないっ!」

「おい、それはさすがにねぇだろ」


 すかさずつっこんでくる自称七罪を率いていた人たち(人じゃないけど)。


 あ、シュナの右肩の上でラ・ムーが首振ってる。あれ全力でブンブンやってるな。


 そして、俺の中で騒ぐ「それ」こと怒りの精霊。


 ええっと、こいつ「憤怒のラ・オウ」とかラ・プンツェルに言われていたんだよな。


 ああ、お仲間(?)だったか。


 しかしまあ、この場にいる元お仲間全員から否定されるとは。


 パンちゃんってよくよくだったんだなぁ(ため息)。



 **



 何だか緊張感がこの場から抜けた気がしていると「こらぁ」と可愛らしい少女の声がした。


 シャルロット姫である。


 彼女は背伸びして小っちゃい身体を精一杯大きく見せようとしながら立っている。その顔は真剣そのものだ。というか怒っている。


「皆でウサギしゃんをいじめたらめっでしゅ」


 噛み噛みだった。


 その後ろでリアさんが俯きぷるぷると小刻みに震えながら鼻を押さえている。


 ポタポタと垂れている赤いものは……あーまた精霊王らしからぬことを。


 つーか何でそんな精霊の癖にそういうとこだけやたら人間っぽいんだよ。特に鼻血とかおかしいだろ。


 と、内心つっこんだのは内緒だ。


 それはともかくシャルロット姫が怒っている。


「そりゃ、ウサギしゃんはすごい不真面目でずっと眠そうにしてましゅけどきっと本当はもっとまともにゃ……」

「はいはい、姫様はちょーっとおやすみしましょうね」

「え、いや今はまりゃ眠く……」

「おやすみ」

「くぅ」


 鼻に詰め物をしたリアさんがかくんと寝入ってしまったシャルロット姫をひょいと抱きかかえる。ちなみにお姫様抱っこです。横抱きって意味でね。


 て。


 あれ、リアさんってさっきまで鼻を押さえていたんじゃ?


 いつの間に?


 俺が疑問に思っているうちにリアさんはシャルロット姫を抱えたまま宙に浮かんだ。


 次の瞬間、ラ・プンツェルの間近に転移する。


「マンディ、いえ強欲のラ・プンツェル」


 リアさんの声音が低い。


「この子が誰かわかりますか? わかりますよね?」

「……」


 ラ・プンツェルがシャルロット姫を見つめた。


 しばしの時が流れる。


 リアさんはもちろんラ・プンツェルや俺たちも動かなかった。少なくとも俺は迂闊に動くのはまずいと思っていた。


 ラ・プンツェルとシャルロット姫の距離が近過ぎる。


 下手に刺激してシャルロット姫に危害を加えられる訳にはいかなかった。


 てか、リアさん。


 なーんでまたシャルロット姫を危険に晒すようなことするかなぁ。


「わかりませんか?」


 ラ・プンツェルが応えずにいるとリアさんが訊き直した。声に苛立ちが混じっている。


 ラ・プンツェルがフンと鼻を鳴らした。


「こ、この小娘が何だと言うのだ」

「あら、わかりませんか? 存外鈍いんですね」

「む」


 ラ・プンツェルが触手の先端をリアさんに向けた。


 その先端の一つ目が赤く光る。


 リアさんは動じない。


 彼女は心の底から呆れたと言いたげにラ・プンツェルを眺め、それからゆっくりとため息をついた。


「やはり所詮は低劣な悪魔。私たち精霊には遠く及びませんね」

「はぁ?」


 一気にラ・プンツェルの怒気が溢れる。


 リアさんを狙う触手の数が増えた。


 それでもリアさんは臆さない。


 そして、彼女はとっておきの秘密を打ち明けるかのようにそれを告げた。


「この子はシャーリーの生まれ変わりですよ」

「なっ」


 ラ・プンツェルが驚愕し僅かに後退る。


 その目がシャルロット姫を捉えていた。


運命(シナリオ)というものは実に奇妙なものですね。今までだってもしかしたらあなたの封印を解く者が現れたかもしれないのにそうはならなかった。あなたが復活したのはシャーリーの生まれ変わりが現れたこの時代。そこに何かの意思(ウィル)があるのかないのかそこまでは私にもわかりません」

「……」


 ラ・プンツェルは攻撃してこない。


 リアさんは隙だらけだというのに、それこそそこに何かの意思(ウィル)が介在しているかのようにラ・プンツェルの攻撃はなかった。


 リアさんがシャルロット姫を見下ろし優しくその頭を撫でる。


 そこには闇落ちの精霊王でもちょいアレな精霊王でもない慈愛に満ちた闇の精霊王がいた。


「私、あなたが封印から解放されたら真っ先に滅ぼそうと決めていたんです。ルールもあって実行は難しいのかもしれませんけどそれでもそのつもりだったんです」

「わ、妾は滅ぼせぬ。あの管理者も……」

「そうですね。イチノジョウはあなたを破壊することさえできなかった。あなたは運命(シナリオ)に守られているそうですから。いかに管理者といえどもその運命(シナリオ)には従わざるを得なかった」

「は、はは……そうだ。妾は運命(シナリオ)に守られている。誰も妾を滅ぼすことはできぬのだ」

「ええ、ですから……」


 と、リアさんの目が仄暗く光った。


「あなたは忘却界(リンボ)に封じることにします」



 *



「させぬわ」


 リアさんの宣言を受けたラ・プンツェルが彼女との距離をとる。


 伸ばしていた触手の先端から光線が放たれるが、それは命中することなくリアさんの収納の中へと吸い込まれた。さすがリアさん。


「いかにあなたがナインヘルズ第七層の悪魔と言えど忘却界(リンボ)に送られたら二度とこちらに戻って来れませんよね。あそこは絶対の無の世界ですから。ええ、当然私でも戻れません」

「そなたは忘却界(リンボ)への道を開けると言うのか? あれは存在を失った者が葬られる世界。魂さえ滅び輪廻の輪に戻ることも叶わぬ者の行き着く先であるぞ? 無論、そこと世界を繋ぐことすら危険極まりないというのに。下手をすれば世界を繋ごうとした者自身も引き込まれ存在を失う可能性もあるのだぞ?」

「そうですね、危険なのは承知しています。でもあなたに罰を与えるためですから。多少のリスクは仕方ありませんよね」

「く、狂っておる。そなたもしや正気ではないな」

「あなた程ではありませんよ」


 リアさんがにっこりと笑った。


 ラ・プンツェルが慌てて逃げようと背を向けるが、周囲に突如として展開した魔方陣がそれを許さなかった。


 ラ・プンツェルを縛ろうと黒い腕が魔方陣から伸びてくる。


 一本や二本ではない。


 何本もの腕がラ・プンツェルに巻き付いた。空中でグルグル巻きにされていくラ・プンツェルの姿はなかなかに酷いものである。


「ええっと」


 イアナ嬢が空を見上げながら言った。


「ひょっとしてあのままリアさんに忘却界(リンボ)ってのに送られて終わり?」

「かもな」


 俺はうなずいた。


 ちょい拍子抜けしそうな最後ではあるが、まあラ・プンツェルの被害がランドの森の外に拡大するよりはマシだろう。


 でも、この世界と忘却界(リンボ)を繋ぐだけでも危険なんだろ。


 それっていいのか?


 と、俺が思っていると……。


「ドンちゃん」

「ちっ、しゃーねーな」


 切羽詰まった声でジョウイチロウがドンちゃんの名を呼んだ。


 ドンちゃんがそれに応じ、リアさんたちの方へと飛んでいく。超高速だ。


 嘴をがばっと開けるとドンちゃんが光りに包まれた。


「遠慮なく喰わせてもらうぜぇッ!」

「!」


 猛烈な勢いでラ・プンツェルを縛っていた黒い手が光の粒子になりながらドンちゃんの口内へと吸い込まれていく。


 それだけではなく傍にあった魔方陣さえも光の粒子と化してドンちゃんに食べられていた。


 もしかするとラ・プンツェルやリアさんの魔力も吸収されているのかもしれない。


「……」

「凄い」

「あれはその気になればこの世界の何もかもを食べてしまうかもしれんな」

「てか、いっそラ・プンツェルを丸ごと喰っちまえばいいのによぉ」

「あの小さな体のどこに入るんだろうね?」

「おお、カラスやるなぁ」

「おっかない聖女もついでに食べてくれればいいのに」

「いや、ニジュウちゃんそれはどうかと」

「ポゥ」

「ニャ(嬢ちゃんなんて喰ったら食当たりするんじゃねぇか?)


 俺、イアナ嬢、プーウォルト、シーサイドダック、シュナ、ジューク、ニジュウ、アミン、ポゥ、そして黒猫。


 とりあえずニジュウと黒猫。


 お前らイアナ嬢がすげー目で睨んでいるから後で謝った方がいいぞ。


 まあ、俺もイアナ嬢なんて喰ったら腹を壊すと思うがな。


 ……なんて思ってたらイアナ嬢が円盤チラ見させてきた。やばい、殺される。


 食事(?)を終えたらしいドンちゃんがゲプっと息を吐いた。満足そうで何よりである。


「ま、腹八分にもならねぇけどこんくらいにしといてやる。おめーら感謝しろよ」

「……」


 ドンちゃん。


 まだ食べ足りないんだね。


「……」

「……」


 俺がドンちゃんの健啖ぶりに無言でつっこんでいると、ラ・プンツェルとリアさんも絶句していた。


 はっ、としたリアさんが再び魔方陣を展開しようとする。


 だが、それは叶わなかった。


 リアさんの魔力が何も起こさないまま霧散する。


 目を丸くするリアさんに声がかかった。


 ジョウイチロウだ。


 彼はふわふわと宙に浮かんでいた。


 その右肩ではウサギの姿のパンちゃんがうとうとしている。


 あるいは、寝てる?


「リア、邪魔してごめんね。でも、とても放ってはおけなかったんだ」

「えっ、て……あ」


 何かに気づいたかのようにリアさんがまた吃驚した。


 この隙に逃走を図ろうとしたラ・プンツェルの身体が空中で硬直する。


「駄目だよ。君にはちゃーんといろいろ罪を精算してもらわないと。僕、ラストアタックは女神プログラムのルールで禁じられているけど足止めくらいはできるんだよ」

「こ、この力は……そなた、妾を封じるために力を使い果たして消滅したのでは?」

「消滅? ああ、なるほど」


 ジョウイチロウは眉をハの字にして苦笑した。


「君の封印と同じタイミングで僕とリンクしていたディメンションコアが作動したからね。僕の手持ちの魔力では君の封印に必要な魔力が足らなかったんだ。だから権限の特殊時効を使って無理をした。お陰でペナルティを受ける羽目になったよ。時空移動とか性別や外見の強制変更とかね。まあ、それは承知の上だったんだけど」

「そ、そなた何を言って」

「代償の話さ。君の封印に必要な魔力をこの世界から借りる代わりに僕は別人として違う時間軸に飛ばされることになったんだ。この世界の意思(ウィル)に従ってね。そういうルールなんだよ」

「ついでにアルガーダ城の宝物庫にいた俺様とパンまで巻き込まれたんだがな」


 ドンちゃん。


「あれがリビリシアの意思(ウィル)によるものだっつーんだからどうしようもねぇよな。世界の意思(ウィル)に比べりゃ、俺様もパンも所詮はちっぽけな存在だぜ。ナインヘルズ第七層の『七罪』なんてカスだカス」

「あー」


 ジョウイチロウ……いや、イチノジョウは眉尻をさらに下げた。


「この子たちを仕えってリビリシアの意思(ウィル)から与えられた時は正直戸惑ったよ。管理者の称号も第二級から第一級になっちゃったし。なーんかペナルティ覚悟で君を封印しようとしたことが評価されちゃったみたいなんだよねぇ」

「だ、第一級っ?」

「そ」


 悲鳴に近い驚きの声を発したラ・プンツェルにイチノジョウは首肯した。


「今の僕はこの世界の精霊王はもちろんそこらの管理者より上の存在って訳」



 **



 助っ人として俺たちに加わった謎の人物ジョウイチロウ・ジョウジマの正体は、300年前にあったアルガーダ王国の内乱で強欲のラ・プンツェルを封印するために自らを犠牲にして消滅した第二級管理者のイチノジョウだった。



 *



「え、私の聞いてた話と違うんですが」


 わなわなと身を震えさせながらリアさんが尋ねる。


「あのペナルティでしばらくは亜空間での待機と言うか調整送りになっていたのではないんですか?」

「あ、うん。それリーエフの嘘だね。そんなこと言われてたの?」


 イチノジョウが即答した。


 ぐでーっとイチノジョウの右肩でウサギの体を弛緩させていたパンちゃんが頭を上げる。


 寝ぼけ声で。


「リーちゃん? またパンたちにお仕事ぉ?」


 めっちゃ面倒そうである。


 どうやらイチノジョウたちはリーエフから度々仕事を任されていたようだ。


 イチノジョウが小さく笑った。


「違うよ。それにまだこの仕事も終わってないからね。次もあるだろうけどそれはまた後になるよ」

「ううっ、パン眠いのにぃ」

「寝てても良いけど呼んだら起きてね」

「はぁい」


 かくん、と頭をイチノジョウの右肩に預けてパンちゃんは寝息を立て始める。


 何というか、可愛いけどとても怠惰だ。


 いやある意味羨ましいのか?


 寝てても良いんだから。


 あーでもこれはちょっとなぁ。


「リーエフの嘘って、どういうことですかっ?」

「あのドジョウ髭は仲間だけでなく精霊王も騙していたのか。ははっ、妾より質が悪いではないか」


 リアさんとラ・プンツェル。


 リアさんの声が大き過ぎて眠っているシャルロット姫の身体がびくっとしちゃったよ。そのうち起こしてしまうんじゃないか?


 あとラ・プンツェル。


 すげぇ邪悪な笑みを浮かべて嗤っているけどお前の方がリーエフより悪質だからな。


 勘違いするなよ。


 俺だけでなくイアナ嬢やプーウォルトたちもじっとりとした目で見ているのだがラ・プンツェルは気づかない。結構図太い奴だ。


 あと、リーエフがそそくさとどっかに行ってしまったのはイチノジョウの件で早々に嘘がばれると思ったからかもしれない。


「ま、それはさておき」


 リアさんの追求を半ば強引にスルーしてイチノジョウが告げた。


「ここから先は女神プログラムの特別ルールに従って臨時クエスト扱いにするよ」

「……」


 一同が「はぁ?」といった顔になる。


 そのタイミングを狙っていたかのようにあの天の声が聞こえてきた。



『お知らせします』


『第一級管理者のジョウイチロウ・ジョウジマ(元第二級管理者のイチノジョウ)により臨時クエストが提示されました』


『臨時クエスト「ランドの森大決戦!」『


『300年前に封印された災厄こと強欲のラ・プンツェルが復活した』

『この災厄は現在ランドの森エリアに張られた結界によりエリア外に出られなくなっているが、その力の回復と増大化により結界の魔力を上回ろうとしている』

『もし強欲のラ・プンツェルがエリアの外に解き放たれればアルガーダ王国はもちろん大陸全土に災厄を撒き散らすだろう』

『冒険者は復活した強欲のラ・プンツェルを倒しこの危機を乗り越えられるか?』


『クエスト達成条件 強欲のラ・プンツェルの破壊もしくは封印』

『完全達成条件 強欲のラ・プンツェルの殲滅』

『クエスト失敗条件 冒険者の全滅もしくは強欲のラ・プンツェルのランドの森エリア脱出』


『なお、本臨時クエスト中の管理者および精霊王の冒険者に対する助力は禁止とします。ご注意ください』

『特にリア、分身体でも手を貸したら駄目ですからねっ』



「……」


 おい。


 なーに勝手に臨時クエストなんて始めてるんだよ。


 しかも管理者と精霊王の冒険者に対する助力は禁止だと?


 相手はあのラ・プンツェルなんだぞ?


 俺たちが自力で勝てると本気で思っているのか?


 無理だろ。


 ま、まあ俺のマジンガの腕輪が魔神化の腕輪に変わればワンちゃんあるかもしれんが。


 いや、でもあれどうすれば腕輪の転送変換できるのか今一つ条件がわからないんだよなぁ。


 たぶん俺の中の「それ」と関わっているんだろうけど……。


 いや、もしかしてまた魔神化の腕輪になっても邪魔されるんじゃ……ううっ、それは勘弁して欲しいんだけどなぁ。


 あ、シュナなら勇者の力でラ・プンツェルに対抗できるかもしれない。


 ただ、プーウォルトの話を信じるのなら、魔王級と目されるラ・プンツェルをシュナが倒したら彼の勇者の力は失われてしまうらしい。


 それはシュナも本意ではないだろうし俺も可能であれば避けたい。


 白い空間で俺のお嬢様は春先の大規模討伐の時に魔王が復活すると言っていた。


 その魔王のせいでお嬢様は命を落とすらしい。


 お嬢様が命を落とすなんてあってはならないことだ。だから俺は絶対にそれを阻止するつもりだ。


 シュナの勇者としての力が魔王に抗する力だというのなら、それは何としても春先の大規模討伐の時に復活する魔王に使って欲しい。


 だから、できる限りシュナにはラ・プンツェルと戦わず勇者の力を温存してもらわなくてはならない。最悪ラ・プンツェルを取り逃す羽目になったとしても春先の大規模討伐の時に復活した魔王を片づけてくれればそれで良しとでき……ああ、俺最低だな。何てこと考えているんだ。


 でも、俺には何よりもお嬢様の方が大事なのだ。


 この国や大陸全土よりもお嬢様の方が大事なのだ。


「はいはい、じゃあカウントが0になったら始めるからね」


 パンパンと手を叩いてイチノジョウが宣言する。


 それと同時に中空に二桁の赤い数字が現れた。


 その数字がゆっくりと0に向かって減っていく。


 イチノジョウがラ・プンツェルに言った。


「ペナルティ覚悟で君を封印したお陰で僕は管理者として一段上がった。その関係で一つ思い出したことがあるんだ」

「お、思い出したこと?」

「君は決して無敵じゃないってこと。僕じゃ破壊すらできなかったけど君を滅ぼすことのできるキャラはいるんだよ。答えはシリーズ第四作目にあった」

「ななな、何を言っておるのだ? 妾にはそなたの言っていることがさっぱりわからぬぞ」

「まあそのうちわかるよ。嫌でもね」


 眉をハの字にしながらイチノジョウが小さく笑う。


 その頭の上にドンちゃんが泊まった。


「おいジョウ、腹減ったぞ」

「もう、ドンちゃんはしょうがないなぁ」


 イチノジョウが指を差し出すとドンちゃんはそれを嘴で咥えて魔力を吸収し始める。


 パンちゃんはお休み中だ。


 イチノジョウはリアさんに向き直ると。


「リア、君は手を出したら駄目だからね」

「私は本体ではなく分身体ですが。それでも駄目ですか」


 リアさんは不満ありありといった表情だ。


 その腕に抱かれていたシャルロット姫が消えた。


「!」

「この子はあっちね」


 と、プーウォルトの間近にシャルロット姫を転移させる。


 中空にいきなり出現したシャルロット姫をプーウォルトが慌ててキャッチした。わあ危ねぇ。あとちょい遅かったら地面に落ちてたぞ。


 キャッチされた時のショックでなのかシャルロット姫が目を醒ます。


「う……うーん」

「シャリ」


 プーウォルトが声を上擦らせた。


 ついシャーリー姫を呼んでた時みたいに「シャリ」て呼んでるけど混同してないよな?


 確かに魂は一緒かもしれないが一応別人だぞ。婚約者だったシャーリー姫じゃないぞ。


「あーこりゃマジでシャーリーそっくりだな。寝起きの顔とかまんまガキの頃の本人だぜ」


 シーサイドダックが脇から覗いてシャルロット姫の顔を見ている。


 て。


 こいつ浮いてるし。


 ああそうかそういや鳥人だもんな。浮くくらいできるよな。


 とか俺が納得しているとプーウォルトがイチノジョウに怒鳴った。


「貴様これは一体どういうつもりだ?」

「どういうつもりもこういうつもりも、リアは参戦できないしその子を守れるのは君くらいでしょ?」

「シャリも参戦させるつもりかっ!」

「駄目かな?」


 イチノジョウが眉尻を下げる。


「あの内乱で亡くなったシャーリーの生まれ変わりがその後始末に一役買う。これってなかなか面白いと思うんだけど」

「貴様本気で言っているのかっ」

「うん♪」


 イチノジョウが肯定するとプーウォルトがシャーリー姫を抱いたまま猛然と抗議しようとした。


 それをシーサイドダックが止める。


「止めとけ、もうそんな暇はねーぞ」

「む」


 赤い数字が一桁になっていた。


 黒猫がイチノジョウに向かってニャーニャー騒ぐ。


 それに気づいたイチノジョウが黒猫の前に転移した。


「何かな?」

「ニャン(あんたというか、そのカラスに頼みたいんだが)」

「あ? 俺様に何の用だ? 魔力でも喰わせてくれるのか?」

「ニャー(いや、そうじゃなくてこの首にくっついている物を喰ってくれねぇか?)」


 黒猫が首輪に付いている鈴を右前足で示す。


 それは黒猫を弱体化させている原因のデバフアイテムだった。これがあるせいで黒猫は気合いを吸われ本来の力を出せなくなっている。


「ニャー?(暴食のラ・ドンならこれくらい余裕だろ?)」

 

 

 


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