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☆引っ越し屋

はいはいどうも。


私、引っ越し屋をしております。


ええ、あなたにぴったりの物件をご紹介させていただきますよ。

お代はあなたが満足していただけました際にお支払いいただきます。


まずはお試しで、引っ越ししてみませんか、ええ、お試しだけならタダでよろしいですよ。


「騒音がひどくてたまらない。静かな場所に引っ越したい。」


なるほどなるほど。


騒音は確かに許せませんねえ。

そのお気持ち、よーくわかりますとも。


詳しくお話を聞かせて頂けますか?


「うちの隣が保育園なんだ。年がら年中うるさいガキどもの声が響く。高い声が耳の奥に突き刺さって気が狂いそうだ。近隣住民への気遣いがなさすぎる。夜眠れないわしは昼間に昼寝をしなければならないというのに、寝ることができない。年老いた弱い存在に対しての暴力だ。何度怒鳴り込んでも一向にわしの言い分を理解しようとしない頭の悪い奴らばかりで気が滅入る。どうにかしてくれ。」


かしこまりました。


気遣いのできない、思いやりのない、身勝手な人は本当に困りますね。


あなたにぴったりの物件がございますよ。


今すぐ引っ越しましょう、そりゃっ!!!


「ここは、どこだ…?」


ここは山奥でございます。

人っ子一人おりません。


静かでしょう?

永遠にお休みいただけますよ!


「ふざけるな!!帰らせてもらう!!!」


ああー、お客様、そんな大きな声を出しますと!!


ギャア・・・ギャア・・・ギャア・・・ギャア・・・!!!


「ぎゃああああアアアアアアアっ!!!!」


ぐぉりぃっ!!ぶぉおきぃいい!!ゴリ、ゴリ、ぎゅちゅ、ぎゅちゅ、ボリボリ・・・んぐ。


静寂をお求めのお客様なら、一言も発することなく過ごせると思ったのですが。


静寂の森にすむ魔物は、ずいぶん目と耳がいいですからねえ。

あんな大きな声を出したら、そりゃあすぐに見つかって食べられちゃいますよ。


本来は無料でお試しなんですけどねえ。


魂になっちゃいましたもんねえ。


・・・もったいないんで頂いておきますね。

・・・思わぬところで得しちゃいました、ありがとうございますげふー。


あ、サービスで事後処理しておきますね、親戚のふりして全部処分しときますからご安心くださいね。


良かったですね、火葬代浮きましたね、ああ、恥ずかしい写真集はちゃんと一緒に燃やしました、大丈夫ですよ。


全部消化してもらえたことですし、あとは土に還るだけですね。

静寂が漂うこの地で、土として存在していけますよ、魂無いですけど。




はいはい、次のお客様、どうぞ。


ええ、あなたにぴったりの物件をご紹介させていただきますよ。

お代はあなたが満足していただきました時にお支払いいただきます。


まずはお試しで、引っ越ししてみませんか、ええ、お試しだけならタダでよろしいですよ。


「隣にビルが立って日が当たらない、日の射しこむ場所に引っ越したい。」


なるほどなるほど。

日照権のトラブルですね。


そのお気持ち、よーくわかりますとも。

詳しくお話を聞かせて頂けますか?


「うちの隣がタワマンなんだ。日が当たらないとは聞いていたが、これほど当たらないとは思いもよらなかった。安く買ったんだから我慢しろというが、日に当たる権利を侵害されたまま黙ってはいられない。タワマンの一番日の当たる部屋をよこせば許すといったのに、一向に渡す気配がない、誠意が感じられず心身的に疲労がたまり外出できなくなった。どうにかしてくれ。」


かしこまりました。

気遣いのできない、思いやりのない、身勝手な人は本当に困りますね。


あなたにぴったりの物件がございますよ。


今すぐ引っ越しましょう、そりゃっ!!!


「ここは、どこだ…?」


ここは砂漠でございます。

影になるものは一切ございません。


明るいでしょう?

真っ黒に日焼けいただけますよ!


「ふざけるな!!帰らせてもらう!!!」


ああー、お客様、そんな大きな声をあげて足踏みしますと!!


ごふぅ・・・ごふぅ・・・ぼふぅ・・・ぼふぅ・・・!!!


「ぎゃああああアアアアアアアっ!!!!」


ぐぉりぃっ!!ぶぉおきぃいい!!ゴリ、ゴリ、ぎゅちゅ、ぎゅちゅ、ボリボリ・・・んぐ。


せっかくお望みの日差しが溢れているというのに、なんでそんなに憤るんですか。


灼熱の砂漠にすむ魔物は、ずいぶん感覚が鋭いですからねえ。

あんな大きな声を出したら、あんなに砂をまき散らしたら、そりゃあすぐに見つかって食べられちゃいますよ。


本来は無料でお試しなんですけどねえ。


魂になっちゃいましたもんねえ。


・・・もったいないんで頂いておきますね。

・・・思わぬところで得しちゃいました、ありがとうございますげふー。


あ、サービスで事後対応しておきますね、親友のふりして全部処理しときますからご安心くださいね。

良かったですね、ご家族が大喜びしてますよ、田舎に引っ越すみたいですね、隠し財産も全部使ってくれるらしいですよ。


全部消化してもらえたことですし、あとは砂に還るだけですね。

日光がさんさんと降り注ぐこの地で、砂として存在していけますよ、魂無いですけど。




はいはい、次のお客様、どうぞ。


ええ、あなたにぴったりの物件をご紹介させていただきますよ。


お代はあなたが満足していただきました時にお支払いいただきます。

まずはお試しで、引っ越ししてみませんか、ええ、お試しだけならタダでよろしいですよ。


「近所の老害どもがうっとおしい、年寄りのいない場所に引っ越したい。」


なるほどなるほど。

人間関係のトラブルですね。


そのお気持ち、よーくわかりますとも。

詳しくお話を聞かせて頂けますか?


「田舎に住んだらタダで家をくれるというので飛びついたんだ。若い人がいないとは聞いていたが、これほどいないとは思いもよらなかった。ただで家と仕事をやったんだから地域住民に尽くせというが、四六時中訪問されたりブレーカーが落ちたと言っては真夜中に叩き起こされたりで気が休まる時がない。ブサイクな孫をわざわざ呼び寄せて結婚させようとしたりまずい野菜を押し付けられたりめんどくさいことこの上ない。どうにかしてくれ。」


かしこまりました。

気遣いのできない、思いやりのない、身勝手な人は本当に困りますね。


あなたにぴったりの物件がございますよ。


今すぐ引っ越しましょう、そりゃっ!!!


「ここは、どこだ…?」


ここは海底でございます。

新しい生物の生まれる場所でございます。


ほら、これは先ほど発生した新種のプランクトンです、あちらには分裂したてのアメーバが。

生まれたての若い世代が溢れておりますよ!


「ふざけるな!!帰らせてもらう!!!」


ああー、お客様、そんな大きな声で暴れますと!!


ぶくぅ・・・ぶくぅ・・・ぶぼっ・・・ぶぼっ・・・!!!


「ぶぁヴぁヴぁヴぁヴぁヴぁヴぎゃああああアアアアぁヴぁヴぁ!!!!」


ぐぉりぃっ!!ぶぉおきぃいい!!ゴリ、ゴリ、ぎゅちゅ、ぎゅちゅ、ボリボリ・・・んぐ。


せっかくお望みの若人が溢れているというのに、なんでそんなに暴れるんですか。


深海にすむ魔物は、ずいぶん敏感ですからねえ。

あんな暴れ方したら、泡がはじけて、そりゃあすぐに見つかって食べられちゃいますよ。


本来は無料でお試しなんですけどねえ。

魂になっちゃいましたもんねえ。


・・・もったいないんで頂いておきますね。

・・・思わぬところで得しちゃいました、ありがとうございますげふー。


あ、サービスで事後対応しておきますね、事故のふりして全部処理しときますからご安心くださいね。

良かったですね、地域住民たちが大喜びしてますよ、事故が大々的に報道されて、次々に人恋しい孤独な若い人たちが集まってきてますね、あなたお墓までたててもらえてますよ。


全部消化されたら、あとは海に還るだけですね。

日々生まれ行く新しい命のあふれるこの場所で、母なる海として存在していけますよ、魂無いですけど。




なんだかやけにおなかいっぱいになっちゃいました。


しばらく仕事しなくてもやっていけそうです。


そうですね、どこか魅力的な場所に引っ越して、しばらくのんびり人間観察でもしてみましょうかね。


思わぬところで魂をもらえるかもしれませんからね、人間界は侮れませんよ。


ちょっとつついたら、コロッと引っかかって、ずいぶん気軽に魂を放り投げちゃう人、最近多いんですよね。


さて、どこに引っ越そうかな。


つまんないことで腹を立ててる、視野の狭い人がいっぱいいるところがいいですね。

身勝手にふるまうことのできる、遠慮知らずがいっぱいいるところがいいですね。

他人の気持ちに寄り添えない、心の狭い人がいっぱいいるところがいいですね。

自分の意見を通す事しか考えていない、恥知らずがいっぱいいるところがいいですね。


あ、あなた、どこかいい場所、知りませんか?


…いえね、たまたま、そうですね、目が合ったのでね。


いえいえ、別にあなたに‥‥魅力を感じた訳じゃあ、ありませんよ?


あなたの住んでるところに、引っ越したい、ただふと、そう思っただけなんですよ。


どうです、あなたのお住まい、教えてもらえませんか?

どうです、あなた、引っ越ししたいと思いませんか?

どうです、私、あなたにぴったりの物件、知ってるんですよ…?


無料で結構ですよ、引っ越し、しませんか…?

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