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逆らう者は、すべて国王の敵

「子供部屋が賑やかになりましたね」

乳母のヨシノが、隣に立つエマに微笑みかけた。


初夏の光が差し込むレーク城。

その一角にある子供部屋には、3人の幼い子どもがいた。


セン家の長男――1歳半のシン。

長女――生後4ヶ月のユウ。

そして、ヨシノの長男で8ヶ月のシュリ。


3人は同じ部屋で、乳兄弟として育てられていた。


乳兄弟――それは、血よりも濃い絆を育てると言われる。


城を支える将来の家臣として、すでにこの時から、シュリには運命が刻まれていた。


シリが幼い頃、父が子供部屋を訪れることなど、年に数回しかなかった。


だから、領務の合間を見つけて毎日のように顔を出すグユウの姿は、初めのうちは不思議に思えた。


今では、それも子供部屋の日常になっている。


その日も、グユウが扉を開けると、床に座っていたシンが顔を上げた。


近くの椅子につかまり、危なっかしく立ち上がる。


「シン?」


シリが呼びかけると、シンは椅子から手を離した。


一歩。


身体を大きく揺らし、もう一歩。


グユウへ向かって、懸命に足を運んでいく。


「歩いたわ!」

シリが歓声を上げた。


グユウは驚いたように目を見開き、転びそうになったシンを両腕で受け止めた。


一歳半になっても歩こうとしなかったシンの小さな一歩に、子供部屋は乳母や侍女たちの歓声で満ちた。


「そろそろ、幼児服にしませんか?」

乳母が控えめに尋ねると、シリは困ったようにシンを見つめた。


「分かっているわ。けれど……」


赤子から子どもへ。


成長が嬉しい反面、少しだけ寂しかった。


「シンが幼児服を着たら、もう赤ちゃんではなくなってしまうわ」

シリの小さな呟きに、乳母たちは柔らかく笑った。


けれど、幼児服に着替えたシンは、驚くほど愛らしかった。


その姿を膝に乗せ、あやすシリを見て、グユウはふいに後ろから彼女を抱き寄せた。


周囲の視線に気づいた彼は、すぐに手を離した。


それでも、グユウが今の暮らしをどれほど愛おしんでいるのか、シリには伝わった。



ユウの瞳は、日々の中でいっそう深く、澄んでいった。


じっと見つめられると、大人ですら言葉をなくす。


その姿を見るたびに、シリは嬉しいと同時に焦りを感じていた。


シンもユウも愛おしい。


それでもシリは、グユウの血を引く子を産みたいと願うようになっていた。


ーーできれば、男の子が欲しい。


義父のマサキは露骨に口にしていた。


口には出さずとも、グユウも望んでいるはずだ。


シリの顔が陰るたびに、グユウが肩に手をまわしつぶやいた。


「焦るな」


領務の間に2人で乗馬をしたり、月を眺めながらお茶をすることもあった。


何度か一緒に温泉に入ることもあった。

温泉の中でグユウは背中をむけなかった。


むしろ……


悲喜交々あるけれど、シリは穏やかな暮らしを楽しんでいた。



6月半ば、2人の友人であるトナカが、ユウの顔を見にレーク城を訪れた。


ユウの顔を見て、トナカはため息をついた。


「この子は、将来美人になる。多くの男を泣かすな」


トナカらしい賛辞だった。


お祝いの品々と、シリが好きな魚の燻製をたくさん持ってきた。


◇


昼食後、ロク湖のほとりで、

グユウとトナカは、水面を眺めながら言葉を交わした。


城内では話せないことが増えてきた。


トナカには、ゼンシの妹であるシリの前では口にしにくいことがあった。


「赤ん坊を美しいと思ったのは初めてだ」

トナカがユウのことを褒めた。


「あぁ。オレもそう思っている」


「シリにそっくりだな。グユウの面影はどこにもない」

事情を知らないトナカは、悪気もなくグユウに伝える。


グユウは黙ってうなずいた。


「知っているか? ゼンシが国王から、新たな権限を取りつけた」


「……どんな権限だ」


「国王の名で、各領に税と兵を要求できる。

拒んだ領主は、国王への反逆者として討てる。

たとえ他領へ攻め込んでも、私戦ではなく、国王軍による征討として認められる」


グユウの黒い瞳が、険しく細められた。


「それでは、ゼンシ様に逆らう者は、すべて国王の敵になる」


「そういうことだ。

国王は、ゼンシの要求をすべて認めた。

近いうちに法令も改められるだろう」

トナカは吐き捨てるように言った。


グユウは、眉を寄せて湖の先を見つめたままだった。


「そのうち国王も気づく。自分がゼンシに操られているとな」

トナカの苛立ちは収まらない。


「……気づいたときには、遅いかもしれない」

グユウは、ようやく口を開いた。


東領との戦も、もはや領主同士の争いではなかった。


ゼンシは東領主を「国王に背く反逆者」と位置づけ、国王軍の名のもとに攻め込んでいる。


そして今、戦況はゼンシ側へ大きく傾いていた。


「あいつ、死んでくれないかな」

トナカは足元にある石を蹴った。


「……強運に恵まれている人だ。今まで怪我をした話は聞かない」


「グユウ、ワスト領はゼンシ派につくのか?」


トナカがワスト領に訪問にきたのは、この質問をするためだった。


「……まだ、定まってない」


ワスト領の会議では、毎回その件について揉めていた。


「……決めなくてはいけないな」

グユウがつぶやいた言葉にトナカは深くうなづく。


グユウも、トナカも、そしてシリも、

争いが自分達に迫ることを予感していた。


それに対して、対策を立てないと小さな領地は危機的状況に陥る。



◇


グユウとトナカが話しあっている間、

シリはトナカの妻にお礼状を書いていた。


帰る間際にトナカに礼状を渡すように頼んだ。


「俺の妻もシリに会いたいと話していたぞ」


「いつか……お会いしたいわ」


この時代、女性が簡単に領地外を行き来することはできなかった。


「グユウ、シリ、8月になったら3日ほど遊びにきてもいいか」

不意にトナカが質問をした。


「もちろんだ」

グユウが頷く。


「また会おう」

トナカは、そう言って旅立った。


次に3人が顔を合わせる頃、戦の気配は、もう遠い土地のものではなくなっていた。





次回ーー


7月、シリとグユウは舟に乗り、チク島を訪れた。

木像への出産報告を終え、湖畔でサンドイッチとアップルパイを分け合う。


だが、湖の静けさを破るように告げられたのは残酷な報せだった。


――乱世でも、この人と共に生き抜きたい。



明日の17時20分に更新します。

政略結婚 裏切りと恐怖に打ち勝つために

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