シリが産む子なら、オレの子だ
「オレに話したいことはないのか」
グユウの静かな問いにシリは軽く目を閉じた。
ーーもう隠せない。
何から話すべきか。
今朝の出来事、ゼンシとの関係、そしてお腹の子のことも伝えなくてはいけない。
まずは謝罪だ。
ワスト領の領主 グユウに迷惑をかけた。
「今朝の振る舞い、ご迷惑をおかけしました」
震える声でグユウに伝えると、何か言いたげな黒い瞳が揺れている。
端正なグユウの顔を見つめていると涙が出そうになる。
沈黙の後、グユウは質問をした。
その声は、手で触れるほどの硬さだった。
「シリ……死ぬつもりだったのか」
「はい」
「何で……」
「兄上に犯されるなら死んだ方がマシです」
声を震わせながらシリはキッパリと言い放った。
「シリ……その……ゼンシ様とは……」
その先の質問をグユウはできなかった。
シリも答えられない。
質問に答えたら何もかも終わるような気がした。
2人の間に長い沈黙が流れた。
「シリ、隠すな」
グユウが静かに切り出した。
「一人で抱えるな。オレを頼ってくれ」
二人の間に、湖風が吹く。
「シュドリー城を発つ2日前……」
シリはうつむいたまま、途切れ途切れに言葉を吐き出した。
「兄上に、乱暴されました。初めてでした……」
長い沈黙が落ちた。
グユウの黒い瞳から、すっと温度が消える。
握りしめられた拳が、かすかに震えていた。
「……そうか」
掠れた声だった。
俯いているので、グユウの表情は見えない。
反応が怖くて顔を見ることができない。
グユウの返答は、いつもの『そうか』だった。
「オレはシリが隣にいるだけで良い」
その言葉に、シリは応えられなかった。
視線は、風に揺れている草を見つめたまま動かない。
「死ぬなんて考えないでくれ」
グユウの声が揺らいだ。
「シリを失うことが一番辛い」
グユウはシリの肩に手をかけた。
「優しくしないでください」
シリはグユウの手を払いのけた。
シリはグユウの瞳を真っ直ぐに見つめる。
「優しくしないでください」
震える声でもう一度伝えた。
グユウの瞳は傷ついて悲しげに揺れていた。
「……妊娠しています」
震える声でシリは告げた。
「2月には子供が産まれます」
グユウは目を見開く。
我慢していた涙が溢れ出た。
「あなたの子かもしれません……兄上の子供の可能性もあります」
つぶやき、しゃがみこんだ。
もう、我慢できない。
堪えていた涙がこぼれ落ち、嗚咽がとまらない。
「シリ……」
グユウはそっと隣に座り、シリの手を取った。
「オレは嬉しい」
そう囁き、優しい瞳でシリを見つめる。
「どうして? 子供の父親はわからないのですよ」
シリは噛みつくようにように答えた。
「オレの子かもしれない」
「それは……でも!」
「回数ならオレの方が多い」
グユウは照れくさそうに話す。
「それは……でも……」
「大丈夫だ。その……シリが産む子なら、オレの子だ」
これほど蕩けそうなグユウの声音は初めてだった。
恐々、顔を見上げるとグユウが微笑んでいた。
こんなところで笑うなんて。
ズルい。
シリは声もなくうめいた。
鉄仮面のような顔をしているグユウが、穏やかに微笑むと破壊力は凄まじい。
こんな状況なのにシリは見惚れてしまった。
慌てて我に返る。
「あなたは……その……可愛がることができますか。もし……」
子供の父親がゼンシだったら。
妊娠がわかってから、シリは何度も思ったことがあった。
ゼンシと自分の子供を可愛がることができるのだろうか。
可愛いと思えるのだろうか。
まだ存在感がないお腹を撫でながら不安になった。
母親であるシリがそんな心境なのだ。
父親になるグユウは、もっと思うに違いない。
「シリ、赤ん坊のシンは可愛いか?」
突然グユウが質問をした。
「可愛いですよ。可愛いに決まっています」
あのふくふくした頬っぺた、真っ黒な瞳、シリを見ると微笑んでくれる赤ん坊。
シンを思い出すだけで胸の奥が豊かになる。
「シンはオレと前妻の子供だ」
グユウはチラッとシリを横目で見る。
「血は繋がっていない。可愛いのか?」
「可愛いに決まっています」
「どこが可愛いと思う?」
「たくさんありすぎて……。そこにシンがいるだけで、愛おしいです。あなたと同じ瞳の子です。好きにならずにはいられません」
「オレもそうなると思う」
グユウの言葉に、シリは目を見張った。
「シリが産んだ子供なら無条件で可愛い」
「そんな……」
「子供はシリに似てほしい」
グユウはシリの顔を見て微笑む。
「きっと可愛いはずだ」
激しい感情が押し寄せ、シリは全身を震わせた。
この数日、胸を切り刻んでいた恐怖も、戸惑いも、絶望も。
それらがグユウの言葉によって、一気にほどけていく。
何か伝えようとしたが、声が出なかった。
「グユウさん……」
ようやく名前だけを呼び、黒い瞳を見つめた。
グユウは、心から安堵したように息を吐いた。
グユウはシリの肩をつかみ、シリを覗き込んだ。
その無骨な指は、まるで腫れ物を触るように、シリの頬の涙を優しく拭う。
「口づけをしたい。……いいか?」
不安げな黒い瞳が、答えを待っている。
「どうして聞くのですか?」
こんなときでも、疑問が浮かぶと尋ねずにはいられない。
「今朝のことがあったから……嫌ではないかと思った」
シリの胸が、強く締めつけられた。
ゼンシは、シリの気持ちなど尋ねなかった。
けれどグユウは、触れる前に必ず立ち止まり、答えを待ってくれる。
「グユウさんは、兄上とは違います」
シリは涙を拭い、小さく微笑んだ。
グユウの指が、シリの顎をそっと持ち上げた。
もう一方の大きな手が、遠慮がちに頬へ添えられる。
近づいてくる黒い瞳に、胸が高鳴った。
互いの瞳に焦点が合わなくなるほど近づいたとき、シリは静かに瞼を閉じた。
次回ーー
やがて開かれた宴の席で、グユウが突然告げた――
「シリに子ができた。2月には産まれる」
城中が歓喜に包まれ、万歳の声が響き渡る。
だが、心の奥には消えない不安もあった。
「無表情の夫が笑った」
小説に挑戦して3週間が経ちました。
ブックマークをしてくれた方達、どの方向に頭を下げて良いのかわかりませんが感謝しています。




