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ずっと、あなたが好きでした

「マサキ様は・・・襲撃され亡くなりました」


そう伝えた後、オーエンは意識を手放した。


意識不明になったオーエンを城に運びこみ、医師や看護師が懸命に手当てを始めた。


「グユウ様、オーエンからの伝言を預かっています」

カツイの上半身はオーエンの血で真っ赤になっていた。


「カツイ、教えてくれ」


グユウは書斎の扉を開け、シリと重臣達が部屋の中に入る。


カツイは淡々とオーエンからの伝言を伝えた。


夜中に突然襲撃をされたこと、

武具をつけずにミンスタ領の兵と争ったこと、

ほとんどの家臣が襲撃で亡くなったこと。


どうにもならない状況で、マサキが自分の命を終わらせることを決断したこと。


その話をシリは目を伏せたまま聞いていた。


キヨはマサキが生きていると話していた。


ーーあれは嘘だったのか。


その話をするように命じたのは・・・ゼンシだ。


「オーエンは、自分もマサキ様の跡を追って逝くつもりでした」

淡々と話していたカツイの声が突然震えた。


シリは顔を上げた。


「マサキ様は死の間際に話したそうです・・・。オーエンに吊り橋を使うようにと。

そして・・・自分の死をグユウ様とシリ様に伝えろと」

カツイは泣きそうな表情をしていた。


「あぁ・・・」

シリは瞳から涙が溢れる。


吊り橋を作ることにマサキは反対をしていた。


シリは、マサキに秘密にしながら吊り橋作りを進めた。


マサキは、吊り橋の存在に気づいていたのだ。


気づいていながら、知らないふりをしていた。


不意に義母 マコの言葉が思い出す。


「あなたの事を認めているのよ」


その言葉を思い出し、悲しみに身を震わせた。


「カツイ、よく話してくれた。着替えてくれ」

グユウは悲しげに目を伏せた。


書斎の窓から風が吹き込み、ろうそくの火が揺らいだ。

その一瞬の静けさが、不吉な前触れのように思えた。


書斎の扉がノックされた。


ジムが医師と何かを話した後、グユウに要件を耳打ちした。


グユウは目を伏せ、深いため息をついた。


「シリ、少しいいか」

グユウは立ち上がり、書斎の外に出るように促した。


「どうしたの?」

書斎を出るなりシリは質問をした。


ジムが後ろ手でドアを閉めた。


「シリ・・・」

グユウは言いにくそうに身を屈め、その手を握った。


「オーエンは助からない」

小声でささやいた。


「えっ」

シリの瞳が大きく見開く。


「出血が多いようです。もう助からないと医師が説明していました」

ジムが口を添えた。


「そんな!!信じられない!!」

昨日、笑顔で別れたオーエンが死んでしまうの?


「もう時間がない。オーエンのそばにいてくれ」

グユウが話す。


「グユウさんも行きましょう」

シリはグユウの袖を引っ張った。


「オレは領務がある」

グユウは凪いだ瞳で淡々と答えた。


「そんな!オーエンは誰よりも忠実な重臣じゃないですか!」


ーー付き添わないなんて・・・ひどい!!


シリはそう言いたげだった。


「オレより・・・シリの方が良いんだ。頼む。行ってあげてくれ」

グユウはシリの肩に手をかけた。


「わかりました。行ってきます」

シリはスカートを持ちあげ、救護室にむかった。


シリの後ろ姿を見届けてから、グユウがつぶやく。


「オレの最後の大仕事をするぞ」


後ろに佇んでいたジムが黙ってうなづいた。


「ジム、夕方にキヨ殿を呼んでくれ」

グユウは話した。


「承知しました。エマは・・・どうしますか?」

ジムはいつもと同じ穏やかな声で話す。


グユウは、ジムの顔を見て少し驚いた表情をした。


ーー自分の行いたい事を察して、理解してくれている。


「2時間後に書斎に来るように伝えてくれ」

グユウはジムに伝えた。



◇◇


シリは全速力で救護室まで走った。

辿りついた救護室では、ベットの周囲に医師と看護師が張りついていた。


そのベットの上に、青白い顔をしたオーエンが横たわっている。


「オーエン!!」

シリが声をかけた。


反応はない。


医師と看護師が一礼をして、部屋を去った。


ーーもうやるべき処置がないのだろうか。


シリは呆然とした。


「オーエン」

シリは必死にオーエンの耳元で声をかけた。


瞼が少しだけ動いた。


シリはオーエンの手を握る。


その手は驚くほど冷たい手だった。


昨日は・・・力強く自分を抱きしめてくれたのに。


オーエンの命の炎が消えそうになっている。


「オーエン、昨日約束したじゃない」

シリは涙ながらに訴えた。


「最後の時がきたら・・・私の首を斬ると約束したじゃない!!」


オーエンの手がピクリと動いた。


「オーエン」

シリが声をかけると、ゆっくりとまぶたが開いた。


シリの声は聞こえていた。


けれど、瞼を開くことができなかった。


信じられないほど重い瞼を開けると、

すぐ目の前に、誰よりも愛おしい、好いている女性の顔が見えた。


その勝気な瞳が今では涙で溢れている。


ーーどうしたのですか?


そう言いたかった。


けれど、唇がうまく動かせない。


涙を拭おうと手を動かしたけれど、その手が信じられないほど重い。


脇腹がえぐり取られたように痛い。


そこから出る血の感覚がする。


痛い、燃えるように傷口が熱い、苦しい。


それなのに、身体中が寒いのは血が出ているからだろう。


ーーあぁ。自分はこのまま死んでしまうのか。


オーエンは目を動かし、周囲を見渡した。


シリ以外、誰もいないようだ。


昨日、伝えたはずなのに。


最後まで、シリの側にいると約束したのに。


その約束は・・・守れそうにない。


手に力を入れてみた。


シリが察したようで、オーエンの手を自分の頬に当てた。


「オーエン・・・しっかりして・・・死んだら許さない」

シリは泣きながらオーエンに伝えた。


ーーこんな時でも強い口調だ。


シリらしい。


相変わらず・・・敵わない。


その星のように輝く瞳に何度も心が乱れた。


突拍子もない言動に振り回された。


争いに口を出し、男装し、馬を乗り回す女、気の強さに辟易した。


強情なのに泣き虫で。


言い出したら引かない。


本当に気が強い女だ。好みじゃない。


それなのに。


蟻地獄に落ちるアリのように、シリの魅力に堕ちてしまった。


叶わぬ想いに見切りをつけ、何度も見合いをした。


どの女性も退屈に思えた。


シリ以上に魅力的で心惹かれる女性はいない。


死ぬまで想いを胸に秘めるつもりだった。


想いを伝えたとしても何になる?


相手は妃で、その夫は領主だ。


しかも2人は相思相愛で、そこに自分が入り込む隙間はどこにもないのだ。


もう、どうしようもない。


やり場のない気持ちを隠して・・・沈めて、再び浮上して、それを何回も繰り返していた。


何度も想いを飲み込んだ。



もう・・・話しても良いだろうか。


オーエンはシリの瞳を見つめた。


「ずっと・・・」

掠れた声でシリに訴える。


「オーエン、どうしたの?」

シリが柔らかい瞳で微笑む。


ーーあぁ・・・美しい。


なんて、美しいのだろう。


言わずにいられない。


「家臣として言えなかった・・・けれど・・・ずっとシリ様を好いておりました」

最後の力をふりしぼって想いを告げた。


耳に届いた瞬間、シリは息を呑んだ。


瞳を大きく見開き、唇がかすかに震える。


けれど、返す言葉はどこにも見つからない。


意味を理解した途端、頬を涙が伝った。


声は出ず、ただ握る手を離すまいと必死に力を込めた。


「オーエン・・・」

シリが驚いたように目をパチパチした。


その顔を見て、オーエンの口元がかすかに緩む。


ーーその表情を見るだけで十分だ。


戦法は聡いのに・・・恋愛事に関しては鈍い。


燃えるような想いを俺は上手く隠せた。


オーエンは満足げに笑った。


好いた女の瞳を見て、声を聞きながら逝くなんて・・・幸せだ。


まるで安堵したように、満ち足りた笑みを残して――


そのまま瞳から光を失い・・・瞼を閉じた。


「オーエン?」

シリは唇を震わせた。


握った手が急速に力を失いダランとした。


シリはオーエンの胸に耳をくっつけた。


まだ身体は暖かいのに・・・オーエンの胸からは何も聞こえない。


「オーエン!!」

シリは泣き声をあげた。


オーエンは何も返事をしない。


シリは声をあげて泣いた。


ワスト領 重臣 オーエン・ビタ 28歳 死亡


勇敢な若き騎士の最後は穏やかな顔だった。


明日の9時20分 休戦交渉

オーエンを失うのは雨日も苦しかったです…。

エピソード35「妊娠中 第二夫人の勧め」まで加筆修正を行いました。とんがっているオーエンがちらほら登場しています。良かったら見てください。

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