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子供を生かす道があるのなら・・・それを選ぶ


「母上、僕も連れて行ってください」

シリの顔を見上げながら、シンがおねだりをする。


「シン、それはできないわ。危険すぎるの」

シリは困った顔で、幼い息子のお願いを却下した。


シリは、マサキの館のそばにあるブラックベリーを摘むつもりで支度をしていた。


ミンスタ領の兵は、シズル領の征伐に行っているので、束の間の平和な静けさがあった。


ーーその隙に食料を集めたい。


乗馬服を着たシリを見つけて、シンが駆け寄った。


「僕は馬に乗れる。ただ・・・あぶみに足が届かないだけだ」

ブラックベリーが大好きなシンは引かない。


「それは馬に乗れないのと同じことよ」

シリが苦笑しながら答えた。


シンの瞳はグユウと同じ黒い瞳だ。

その瞳で願い事をいうと弱い。


「良いだろう」

傍で聞いていたグユウが口を出した。


「少年兵の警護を増やそう。シン、父と一緒に馬に乗ろう」


「本当に?」

シンは嬉しそうに顔を綻ばせた。


両親と一緒にどこかへ行くのは初めてだった。


「グユウさんも行かれるのですか?」

シリもシン同様、嬉しさを抑えきれない様子だった。


そんな2人の姿を見て、グユウは目尻を少しだけ下げた。


グユウの膝の間に座ったシンの瞳は輝き、頬は上気していた。


「しっかりつかまれ」

グユウが手綱を差し出し一緒に握る。


優しく声をかけ馬を走らせた。


シリも隣で馬を操りながら、2人の様子に目を細める。


「母上は乗馬が上手い」

シンがグユウを見上げながら話しかけた。


「そうだな。馬を操れる女性は少ない」

グユウはシリの背中を見つめながら話した。


「お嫁さんにするのなら母上みたいな女の人がいい」

シンが満足そうに話す。


「シリのような女性は・・・あまりいないぞ」

グユウは言葉に詰まりながら話した。


たわわに実ったブラックベリーを見て、シンの目は喜びに輝いた。


予想通り、シンは収穫をするよりも味見をする方が多い。


「収穫も手伝って」

シリは苦笑いをしながらシンに注意をした。


帰りの道中は、

口元と指先を果汁で黒くしたシンは、少し眠そうな目をしながら満足そうにため息をついた。


「楽しかったか?」

グユウが声をかける。


「とても楽しかったです」

満足そうに答え、少し甘えた素ぶりでグユウに寄りかかった。


ーー一緒に乗馬した父の胸は逞しくて広かった。

母はいつもより笑っていたような気がする。

馬が駆けている様子を見ていて楽しかった。


両親と一緒に乗馬したことを、ユウとウイに話したら羨ましがるはず。


ブラックベリーは美味しかったし、明日の昼食は大好物のチキンパイだ。


城の門が見えたとき、シリはふと胸騒ぎを覚えた。


理由もなく、これが長くは続かない気がした。


シリとグユウの到着を、玄関でジムが待っていた。


気忙しげな表情をしている。


ーー良くない情報が入ったのだろう。


急いで書斎に入ると、ジムから羊皮紙を渡された。


目を通したグユウは、無言でシリに手紙を渡す。


「あぁ・・・」

手紙を読み終わると、シリは悲痛な表情をした。


手紙の内容は、トナカの母、妾、そして子供が処刑されたことが書いてある。


「カガミはともかく・・・女性や家臣まで殺したの?」

シリは苦しげに胸を押さえた。


「城も城下町も燃え盛っているようです」

ジムが悲しげに声を落とす。


「ジム」

グユウは覚悟をしたようにジムの名を呼んだ。


「はい。準備はしていました」

ジムはうなずく。


「なんの準備?」

疑問に思ったシリは顔を上げた。


「・・・シンを領外へ逃す」

グユウが話した。


「逃す?」

グユウの発言は、シリの理解の範疇を超えていた。


「シンはセン家の跡取りだ。家は滅びたとしても・・・シンを生かしたい。

シンが生きていれば・・・セン家の血筋は残る」

グユウは淡々と話した。


この時代、恐れている事は血筋が途絶えることだった。

シズル領のように、子孫を根絶やしにされることは、耐え難い苦しみだった。


「でも・・・シンはまだ5歳です」


ーーまだ両親の愛情が必要な年頃だ。


生きていてほしいと願う一方、シリの心は激しく乱れた。


血は繋がっていないけれど、実の子供のように想っていた。


赤ん坊の頃から慈しみ、可愛がってきた。


成長を見守れる喜びを感じていた。


シンの美しい黒い瞳がシリを見上げ、その瞳を見つめる事は幸せな時間なのに。


そのシンを手放すなんて・・・考えられない!!


悲しみで揺れるシリの瞳をグユウは優しく諭す。


「シンを生かす道があるのならば・・・オレはそれを選ぶ」


「シンを生かす道・・・」

シリは唇を震わせた。


「シンにはシリの血・・・モザ家の血が入ってない。

血がつながっていないシンには、ゼンシは容赦がないだろう」

グユウが辛そうに話す。


ーー確かにゼンシなら容赦がないだろう。


モザ家の血が入っていない子は、カガミのように殺すだろう。


シリは黙ってグユウの話を聞いた。


ーーそうだ。


シンはまだ5歳なのだ。


輝かしい未来が待っている。


シリの個人的な感情で、シンの未来を潰してはいけない。


「グユウさんの意見が・・・正しいと思うわ」


正しいと理解している――けれど、心は真逆を叫んでいた。


膝の上で握った両手が、じわじわと震え出す。


頭の中では「生かさなければ」と繰り返すのに、胸の奥の声は「行かせたくない」と泣き叫んでやまない。


眠るシンの頬や、手の小さな温もりが脳裏に浮かび、理屈も覚悟も危うく崩れそうになる。


震える指先を押さえ込みながら、シリは気丈に答えた。


その瞳は、すでに涙で揺れていた。


「シン様の付き添いは、私の孫、マナトでよろしいですか?」

ジムは穏やかに提案した。


「・・・ジム、良いのか?」

領主の息子を逃すのは危険が伴う。


そんな危険な任務を担うのは大変なことだった。


ジムは2度と孫に逢えないかもしれないのだ。


「はい。事前に説明をしています。マナトも重臣の孫です。その危険性を理解しています」

ジムはいつもと変わらぬように話した。


「・・・感謝する」

グユウは目を伏せた。


シンの預け先はシズル領の山奥になった。


なかなか逢いに行けない距離だが、シンの命は守られる。


ミンスタ領の兵達が戻る前に城を出ないといけない。


旅立ちは明日の早朝になった。


突然の決定に、シリの心はついていけない。


シンの事で頭がいっぱいになっていたけれど・・・気になることもある。


「ジム・・・今まで気が付かないでごめんね。家族がいたのね」

シリは言いにくそうに話す。


ジムはいつでも城にいた。


城に住んでいるとシリは思っていた。


家があって、家族がいたことなんて・・・想像もしなかった。


「妻は息子を出産した時に亡くなりました。

その息子は・・・8年前に戦死しました。孫が1人います。それがマナトです」

ジムが淡々と説明をした。


『大事な人を失ったとしても・・・悲しみに対して忠実ではなくて良いのです』


この前、ジムがシリに話したことは、ジム自身が経験した苦しみのように思えた。


「悲しいことを質問して・・・ごめんなさい」

シリは謝った。


ジムは、いつものように柔らかく微笑んだ。


「とても悲しく、忘れられないと思った出来事でした。

けれど、グユウ様の元に仕えたことで悲しみが薄れました」

ジムはグユウを見つめ話した。


グユウは黙って頷いた。


ーー幼い頃から、ジムは隣に寄り添ってくれていた。


人質時代の幼少期、最初の結婚、シリをミンスタ領に逃すと決意した時も・・・


ただ、それを口にできるほどの器用さはグユウにはなかった。


「寡黙なグユウ様が女性と付き合えるのかと心配していました」


ジムは昔のグユウを思い出したのだろう。


懐かしく嬉しそうな表情をする。


そんな表情のジムを今まで見たことがなかった。


「嫁いだ女性は、グユウ様を心から想ってくれる妃でした」

ジムの瞳は、グユウからシリへと移った。


嫁ぐ日に、シュドリー城で出逢ったシリは美しく気高く冷たい印象だった。


ーー寡黙なグユウと釣り合わない。


ハラハラしたことも楽しい思い出だ。


「お二人に仕えたこと。とても幸せです。

私は・・・もうこれ以上、望むものがありません」


ジムは愛情がこもった瞳で目の前の2人を見つめた。


部屋の空気がふっと静まり返る。

グユウは何かを言いかけて口を閉ざし、シリは視線を逸らしたまま瞬きを忘れていた。


「ジム・・・」

その別れの挨拶にこもる、いつにない物悲しげな響きに胸を刺される思いがする。


シリは涙を溜めながらジムを見つめた。


「話が過ぎました。マナトに任務の内容を伝え、準備をさせます」

一礼してジムは部屋から退室した。



◇シズル領


一方その頃、遠く離れたシズル領。

城壁の内側には、死の匂いと焼け焦げた煙が満ちていた。


ゼンシは城内に残って、家臣を1人残らず殺した後に重臣達に命じた。


「シズル領の城下町を、全て壊して燃やせ」


指示に従った兵は三日三晩にわたって、城と共に城下町を残さず放火し、破壊をした。


これによって、シズル領は完全に滅びた。


残る最後の敵は、義弟と妹がいるワスト領のみだ。


「全ての後始末を終えたら・・・ワスト領ですか?」

ビルが声をかけた。


ゼンシは少し目線を動かし、思案するような顔をした。


近くの家臣に紙とペンを持ってくるように要求した。


「キヨに交渉してもらう。指示を書いた」


手紙を配達人に頼んだ。


長年、重臣を務めていたゴロクにとって、

ゼンシの考えは全ては無理だけど、何となく把握はできていた。


しかし、今度だけはゼンシの考えがわからなかった。


ーーゼンシ様は、キヨに何を指示したのだろか。


ゼンシに質問は許されない。


ゴロクは、その疑問を胸に呑み込んだ。


明日の17時20分 僕は本当の子供ではないのでしょ?

続きが気になった方はブックマークをお願いします。

今日から新生活の人も多いはず。

頑張ってください。

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