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よく生きて、よく死ぬつもりです

「今、なんて仰いました・・・」

呆然とした表情でエマがささやいた。


7月のまばゆい青空が窓から見える。


シリは真面目な顔で、自分の決意と覚悟をエマに打ち明けた。


ミンスタ領に戻らないこと、

グユウと共に殉ずる覚悟でいること。


ずいぶん前から、シリの決意をエマは感じていた。


そして、自分も最後までシリと共に過ごすつもりでいた。


けれど、それをシリに断られたのだ。


「エマ、お願いがあるの。私が死んだら・・・これを兄に渡してください」

シリは手紙をエマに差し出した。


エマは半泣きで頭をふった。


「そんな!シリ様を先に逝かせて私は生き残らないといけないのですか」


シリは悲しげに微笑み、エマの頬に両手を挟んだ。


「この手紙には、子供達の養育についてお願いが書いてあります。

子供達のためにも・・・兄に渡してほしいの」

真剣な顔でシリはエマにお願いした。


「嫌です。姫様達には乳母がついています。私も・・・私もシリ様と一緒に!」

エマの心は決壊寸前だった。


「子供達の乳母はセン家の侍女です。モザ家出身のエマに・・・この手紙を兄に渡してもらいたいの」


ワスト領の侍女が差し出した手紙を、ゼンシは受け取らず納得しないだろう。


ミンスタ領にいたエマならば.手紙を受け取る可能性がある。


その考えから、シリはエマに自分が死んだ後の仕事をお願いした。


「シリ様、考え直してください」


シリの覚悟は決まっている。


それでも言わずにいられなかった。


「シリ様は・・・まだ25歳です。人生を終わらせるには早すぎます」

エマはシリの両手を握りしめた。


美しい姿と夢と理想を持つシリが、旅立つのは早すぎる。


「25歳だからよ。エマ」

シリが悲しげにつぶやく。


「25歳なので・・・子が産める。私は兄にとって利用価値があります。

ミンスタ領に戻ったら、再び兄に命じられて違う領主と結婚させられるわ」

シリは優しく、エマの手を離して窓辺に佇んだ。


エマは何も言えなかった。


シリの見た目、知名度であれば結婚したがる領主はたくさんいるだろう。


実際、ゼンシに殺された叔母は4回も政略結婚をさせられた。


「それとも・・・兄の慰みものになるかもしれません」

シリの顔に暗い影が落ちた。


ーー普通の男なら実の妹に手を出さないだろう。


しかし、相手はゼンシだ。


実際、長女ユウの父親はゼンシだ。


シリが恐れる事も無理はない。


「こんな事を話せるのはエマだけです。

生きる苦しみよりも、好いているグユウさんの元で最後までいたいの。エマ、わかって」

シリはエマの元に駆け寄る。


「私が死んだら・・・娘達をお願いします」

シリの青い瞳は辛そうに瞬いた。


ーーこれ以上、立っていられない。


エマは崩れるように椅子に座ってしまった。


ワスト領とシリのために働いたため、曲がった手を組み合わせ、震えを鎮めようとした。


「シリ様・・・死ぬのは苦しいですよ」


エマはそんな事を言う自分を憎んだ。

そんなことを言うのは弱い卑怯な事だと知っていた。


シリの苦しみを理解しているけれど、それを納得できるかといったら違う問題だ。


「私が恐れるのは死ではないの。グユウさんを失う悲しみの方が恐ろしいわ。

やるべきことを行い、全力で生きて死ぬつもりなの。エマ・・・わかって」

シリはエマの足元に跪きながら、エマの萎びた両手を握りしめた。


「私もシリ様を失うのが辛いのです。辛いです。辛い任務です」

エマはシリを抱きしめながら叫んだ。


胸に抱いているシリは、エマの膝で忠実と義務を教えたのだ。


ーーそのシリを失うなんて。


とても耐えきれない。


「エマ、許して」

シリはエマを抱きしめながらつぶやいた。


それにも関わらず、エマはシリの願いを引き受けることにした。


「エマ、ありがとう」

シリは泣きながらエマに抱きついた。



その日の午後、シリは北側の扉前で家臣たちに指示をしていた。


「板を張って、ここに穴を開けるの」

シリが提案する。


「この穴に鉄砲の筒先を入れて攻撃するの。そうすれば身を守りながら攻撃することができるわ」

シリの提案に家臣達は集まっていた。


眩しい太陽の元、攻撃の提案をしてるシリはイキイキとしていた。

太陽の元、金色の髪は輝き、瞳は星のようにきらめいている。


エマは少し離れたところで、シリの顔を見つめながら佇んでいた。


ーーあの美しい顔が、苦悶にゆがみ、瞳の光が失われていく幻が見える。


炎の中にその姿が消えていく光景が、何度も目に浮かんでは消えた。


無数の恐ろしい光景を目に浮かべながら、エマの顔は真っ青になった。


シリを手放したくない。


「エマ、どうしましたか」

落ち着いた声が聞こえたので振り返ると、ジムが立っていた。


「ジム、私も歳をとりました」

昨日までのエマなら絶対に言わないことを言い出した。


エマの発言でジムは悟った。


「シリ様の覚悟を聞かれたのですね」

ジムからの質問にエマは硬い表情でうなずいた。


エマの表情を見ながらジムも話を続けた。


「私達、重臣も昨日聞きました。反対したい気持ちは山々ですが・・・止められませんね」



「誰よりも愛おしくて大事に想っていたのに。あの若くて美しい姿形のまま死んでしまう。

小さな赤ん坊の時から世話をしたり抱いたりした可愛い大事な人なのに!!」

堰を切ったようにエマは言葉を吐き出す。


「強くて聡明、美しい妃に育てたのは・・・エマですよ」

ジムが慰めるように話した。


「・・・こんな事、口には出さないつもりだったのに。時々、私は弱くなってしまいます・・・。

辛い任務をまかされました。死ぬよりも、生きている方がよっぽど辛い・・・」

エマは泣き出しそうな顔で弱音を吐く。


「それでも・・・託された者は生きていかねばいけませんね」

ジムの言葉にエマは渋々うなずく。


「ジムは・・・?」

答えはわかっていながらもエマは問わずにいられなかった。


ジムは微笑んだ。


「よく生きて、よく死ぬつもりです。グユウ様のそばにいて、納得して死を受け入れるつもりです」

いつもと変わらない柔和な表情でジムは話した。



「今度のことは・・・覚悟はしていたはずなのに、つい気が転倒しました。

あまりにも突然で、思わず取り乱してしまいました」


哀れなエマは失地回復のために必死の努力でものすごい笑いを浮かべた。


この2人は、グユウとシリを心から愛し、大事に想っていた。


目の前の木々でさえ、エマの悲しみに寄り添うように枝を揺らし、

互いにそっと慰め合っているようだった。


「争いが1日でも遅くなることを願うしかありません」

ジムの話した願いは叶わなかった。


その日の夕方、知らせが届いた。


ゼンシがミヤビを発ち、ワスト領にむかっているという知らせだった。


争いの足音が近づくなか、彼らはそれぞれの場所で、覚悟を整えていた。


「よく生きて、よく死ぬ」


それが、この城にいる者たちの、最後の誓いだった。


書きながら泣いた話です。


次回


「この手紙をお願いします」


渡す直前、シリの指がわずかに震えた。

受け取ったヨシノは悟る――これは命令ではなく、最期の願い。


「姫様たちを……どうか」

涙で言葉が続かない。


それでもシリは、祈るように微笑んだ。

「私はここに立つ。最後まで、母として」


明日の17時20分 母を許して

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