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雷鳴と濁流の先に――善は急げ。ワシが先陣を務める

「グユウ様 シリ様 お久しぶりでございます」

レーク城のホールに商人ソウの声が響いた。


春先にソウは、レーク城で作ったアオソ布を販売してくれた。


仕上がったアオソ布は高値で売れた。


今度は、冬の間に作った軟膏を仕入れにレーク城を訪れたのだ。


「たくさん軟膏を作りました。今も作っています」

シリは微笑む。


「承知しました。秋になったら軟膏を受け取りに伺います」

ソウは深々と頭を下げた。


「ええ」

そう話した後に、シリはしばらく口を閉じた。


「ソウ。もっとこちらに来てください」

低い滑らかな声で商人の名を呼んだ。


「はい・・・?」

不思議な顔でソウは、グユウとシリに少しだけ近寄る。


「もっと近づいて」

シリは微笑みながら話す。


「恐れながら・・・」


ーー何があるのか。


ソウは顔に表情が出ないように、慎重にシリとグユウの足元まで近づいた。


目の前に、人形のように顔が整った領主とマドンナのように微笑む妃がいた。


シリは椅子から身を乗り出して、ソウの耳元に近づいた。


ーーこんな美しい女性が自分の耳元にいる。


良い匂いもする。


ソウは思わず頬を緩め、のぼせ上がってしまう。


その美しい妃がささやいた言葉は刺激が強かった。


「秋に私たちが不在の場合は・・・」


ーー不在?不在ということは・・・セン家が滅びる?


ソウの肩はびくりと震えた。


恐る恐るシリを見上げると、シリは相変わらず微笑んでいた。


美味しそうなベリーのような淡い赤色の口が動き、ささやく。


「軟膏の利益は、ワスト領の家臣や領民に払ってください」


「シリ・・・様?」

ソウの声は緊張で上擦った。


まるで秋には自分が、この世にいないような口ぶりだった。


「グユウさんも、その使い道を認めてくれています」


シリの発言で、隣に座っているグユウを見ると、

さっきより硬い表情でコクリとうなずいた。


ーー領が滅び、家が消滅しても妃は生き残るはず。


軟膏の売り上げはシリに渡せばいいはず。


まるで・・・自分も死ぬような言い方ではないですか。


ソウは、その疑問を伝えたくて思わず顔に表情が出てしまった。


口を開けようとしたらシリに先を越された。


「念のために伝えました。ソウ、軟膏をよろしくお願いします」

今度は小声ではない。


シリは微笑んでいたが、質問をする隙が全くない口ぶりだった。


ーーこれ以上の質問は許されない。


聡いソウは察した。


「承知しました」

ソウは頭を下げたまま背を向けたが、扉の前で立ち止まった。


振り返りそうになる自分を抑え込むように、わずかに肩を震わせてホールを後にした。



ソウがホールから退出した後に、シリはグユウに話しかけた。


「グユウさん、入ったお金で鉄砲を20丁入れましょう」


「あぁ」

シリの提案にグユウの表情は硬い。


「一緒に鉛も購入しましょうか。皆で加工して弾丸を作りましょう」


「あぁ」

グユウの口元は硬かった。


シリはグユウの顔をじっと見つめた。


「何か怒らせることをしましたか?」

突然、グユウの機嫌が悪くなったのだ。


「別に何も・・・」

グユウは視線を落とす。


「そんな訳ないです。怒っているじゃないですか」

シリは真っ直ぐにグユウの顔を見つめた。


ーー疑問が解けるまで離さない。


そう言わんばかりの強気なシリの瞳だった。


グユウは露骨にシリから顔をそらした。


避けられる理由が分からず、シリは苛立ちを覚えた。


「そんな風に顔をそむけるなんて。一体何ですか?」

シリの声が強まる。


城内の寝室以外の部屋では、シリとグユウにはプライベートはどこにもなかった。


常に周囲に家臣や侍女がいる。


ーー領主夫婦の喧嘩が始まりそうだ。


傍に立っていたジムや侍女達がざわめく。


「いや・・・すまない。本当に、大したことじゃない」

グユウは動揺していた。


「何か思うことがあるなら教えてください。理由もわからないまま謝られても困ります」

こういう時のシリは徹底的だった。


「いや・・・本当に。・・・わかった」

グユウは言葉に詰まりながら、深いため息をついてシリにむきあった。


「近い」

グユウの言葉は短かった。


ーーそれでは意味が全くわからない。


「何がですか?」

シリは眉毛をひそめた。


「ソウとの距離が近すぎる」

グユウはボソッとつぶやいた。


「やきもちですか?!」

シリの声が少し大きくなった。


事態を察したジムと侍女達は、堪えきれずクスクスと笑う。


結婚して5年も経っているのに、

グユウがシリに惚れ抜いている事は、城内ではほぼ公になっていた。


シリの問いに、グユウは耳を赤くして違う方向を見つめた。


「グユウさん、あれは色々考えて・・・」

シリは弁明する。


ーー確かにソウとの距離は近かった。


けれど、それは自分の未来のことを、家臣や侍女に知られないための配慮なのだ。


「わかっている」

グユウはシリに背中をむけながら答えた。


「わかっている雰囲気ではありませんよ」

シリはため息をついた。


「シリは気を持たせるような振る舞いが多い。勘違いをする者が出てくるはずだ」

グユウは心底面白くない顔をした。


昨年の秋にトナカが話していた。


『グユウは無関心なふりをしながら好色で嫉妬深い』


あの時よりパワーアップしている。


露骨に面白くなさそうな顔をするグユウに、シリは思わず声を出して笑ってしまった。


「グユウさん、段々と人間らしくなってきましたね」

笑いすぎて出た涙を拭う。


「オレは元々人間だ」

グユウはスンとした顔で答えた。


張り詰めていた空気の中で、ほんの少しだけレーク城に笑いが起きた瞬間だった。


◇◇


同じ頃、ゼンシは国王がいる城に向けて、馬を走らせていた。


どこからともなく、空が鳴った。


「・・・雷?」


先を急ぐ兵たちの列に、不安が走る。


春とは思えぬ低く重たい雲が空を覆い、稲妻が遠くの空を裂いた。


湿った風が吹き抜ける。


雷鳴が尾を引きながら山の向こうに消えていく。


ゼンシは美しい顔に不釣り合いな野心を宿し、その異様な空気の中でも平然としていた。


「船で渡れたのは幸いだった。予定より早く攻められる」


満足げに馬のたてがみを撫でながら、ゼンシはつぶやく。


だが、行軍の途中――


ごうごうと唸る川が、彼らの行く手を阻んだ。


荒れ狂った川だった。


雪解け水と春の雨で水位が上がり、濁流が岸を噛んでいる。


兵たちは足を止め、顔を見合わせる。


「これでは・・・前に進めません」


「橋も流されています、ゼンシ様」


誰かが呟いた。


それでも、ゼンシは馬から降りようともしなかった。


「善は急げ、だ」


顎をほんの少し上げて、ゼンシは言い放つ。


「ワシが先陣を務める。ついてこい」


家臣たちは唖然とした表情でゼンシを見つめた。


ーーこの濁流を越えると、本気で言っているのか。


だが、ゼンシの瞳は曇らない。


空が再び光り、雷が響く。


その青い瞳には、敗北を拒む強さと、絶対に曲がらぬ意志が宿っていた。


いよいよ、国王との争いが始まる――



次回ーー



「善は急げだ。ワシが先陣を務める。ついてこい」

荒れ狂う川を前に、ゼンシは馬を進めた。


止めようとする声も届かない。

ただ、燃えるような青い瞳が勝利だけを見つめていた。


その頃、遠くレーク城では、シリが幼い娘を抱きしめていた。

初めて笑った小さな命――その笑い声をかき消すように、

遠くで雷鳴が響く。


それは、戦の始まりを告げる音だった。


明日の17時20分 勝利

ブックマークをしてくれた人がいました。

ありがとうございます。読んでくれる人がいると思うと頑張れます。

良い週末をお過ごしください。

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