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この予感、気のせいだと思いたい

「トナカさん気をつけて」

レーク城の門の前でシリは声をかけた。


「世話になった」

トナカはグユウとシリの顔を見つめた。


今回は2日間しか滞在できなかった。

戦況が戦況なので、シズル領も長期間の外出はできなかった。


「これを奥様に・・・」

シリが渡した手紙をトナカは懐に入れた。


「今回もシリ様のご指導を頂いた」

トナカはニヤッと笑った後に、自分を見送る長身の若い夫婦を見つめた。


6月の眩い光を受けて並んで立っているグユウとシリ。


この2人は気がついてない時でさえ、お互いに向ける目付きに愛情が溢れていた。


ーーもう2度とグユウとシリに逢えない。


そんな不吉で、考えたくもない嫌な予感がトナカを襲った。


馬車に乗ろうとした足をとめ、2人の元に近寄った。


「グユウ、シリ」

名を呼びながら2人を抱きしめた。


「・・・俺たちは良い友人だ。出会えて良かった」

トナカはシリの肩に手を置いた。


「私も・・・そう思っています」

シリは泣き出しそうな声で答えた。


「シリと結婚する時に、シズル領のことを考えてくれて嬉しかった」

トナカはグユウの肩に力を込めて抱いた。


「あぁ」

グユウの返事は短かったけれど、

トナカの腕に応えるように力を込めて抱きしめ返した。


名残惜しそうにトナカは2人から離れた。


『元気で』と伝えようか迷ってやめた。


トナカはシリの顔を両手で挟んで、涙で震える青い瞳を優しく見つめた。


「シリ・・・幸せに」

戸惑うシリにトナカは微笑んで手を離した。


「グユウ、争いが終わったら妻と息子をレーク城に連れて行く」

トナカはグユウを見あげ手を差し出した。


「あぁ・・・楽しみにしている」

グユウは声を絞り出して、その手を握り返した。


「それでは・・・また逢おう」

トナカは勢いよく馬車に乗り込んだ。


馬車に乗り込んだ後に、トナカは表現し難い寂しさが襲った。


どんどん小さくなるレーク城を眺めながら、

トナカは独り言をつぶやいた。


「この予感・・・気のせいだと思いたい」


トナカは無意識に胸元を押さえた。


心臓の鼓動が、普段よりも少しだけ速い。


まるで、何かを置き忘れてきたような――あるいは、これから永遠に失うような。


そんな胸騒ぎが、身体の奥にしがみついて離れなかった。


◇◇


トナカが去った後、寂しさを抱えながらグユウは領務に励み、

シリは軟膏に使用する薬草を摘んでいた。


夜になり、グユウが寝室に行ってみると、シリは窓のそばに座っていた。

シリはおぼろ月に照らされながら両手を組み合わせて座っていた。

悲嘆に満ちた美しい姿に、グユウは思わず見惚れた。


「どうした」

グユウが声をかけると、我に返ったシリは慌てて微笑んだ。


いつもの調子を取り戻そうとしている。


「無理をしなくて良い」

グユウの言葉は短いものだったけれど優しさが滲んでいた。


「トナカさんに、もう逢えないような気がして・・・」

胸にしまっておくべき言葉が口に出てしまった。


グユウはシリの頬に唇を寄せた。


見上げたグユウの瞳をみると、

自分と同じことを考えていることがわかった。


おぼろ月に照らされた窓を背景に、グユウは無言のままシリを抱えた。


お互いが抱えている寂しさを補い、

自分では、どうすることができない時代の流れに抗えず、焦る気持ちは

肌を重ねることで一時的に楽になる。


グユウが何か呼びかけてきたが、シリには、ただの音としか受け取れなかった。


シリの頬に触れたグユウの指先が、かすかに震えていた。


その震えに、自分だけではないのだと気づいて、シリの胸が熱くなった。


彼もまた、言葉にできない寂しさを抱えている――そのことが、たまらなく愛しかった。


胸の音が激しく鳴り、グユウからもたらす激しい波にシリは飲み込まれた。


気がついた時は、時間がどれほど経ったのかはわからなかった。


ふと気がつけば、ベッドの上でグユウの腕の中に包まれていた。


ーー信じられないほど身体が重い。


グユウの暖かい胸に顔を擦り寄せると、優しく髪を撫でられる感触がした。


剣技をしていなければ細く滑らかな指だっただろう。


その少しごつごつとした指先が、乱れた金色の髪をそっと耳にかけた。


「シリ」

耳元で囁かれた言葉はそれだけだった。


シリは、ぼんやりしながら小さくうなずいた。


「ずっと・・・一緒ですよ」

シリの声は掠れていた。


グユウの唇がシリの髪に降ってきた。




あくる日の昼食後、カツイが血相を変えて2人に報告をしてきた。


「ロク湖に巨大な船が入ってきました」


シリとグユウは慌てて、ロク湖が見える馬場に駆け寄った。


丘の先のロク湖に見たこともない大きな船が見える。


シリは息を呑んだ。


「艪が100艇ほどある・・・」

サムが声を震わせた。


この時代、人力でしか船を進めることができない。

船を進める艪が100艇ある規模の船を造る財力があるところーー


「ミンスタ領の船だわ」

シリは静かに話した。


船にはミンスタ領の旗が湖風に気持ち良さそうに揺れていた。


「我々を攻撃しにきたのか?」

オーエンが眉をひそめて見つめた。


グユウは、じっと船を見つめた。


「争いを始めるような状況ではなさそうだ」

淡々とした声で話す。


「それならば・・・」

カツイは弱々しく質問をした。


なぜ、船を走らせているのか?


「試運転をしているのよ。不備がないか」

シリは言葉少なく説明をした。


ワスト領内にあるロク湖の辺りは、地形の関係で大きな船の停泊が不可能だった。


「船を停めるのならリャク領のほとりでしょう」

ジムが話す。


そこの領は、ミンスタ領の支配に置かれていた。


「兄は・・・国王との争いの準備を進めているのだわ」

シリは、湖風になびく髪をそのままに立ちすくんだ。


ミンスタ領と王都 ミヤビの距離は遠い。


いくつもの山を乗り越え、時間がかかる。

そこでゼンシは、大量の兵を素早くミヤビに送り込むのに船を作った。


「ロク湖を使えば、早くにミヤビに行くことができる」

チャーリーが話した。


馬を走らせば6日かかる道のりが、船を使えば一気に半分に短縮できる。


そのアイデアを、形にするミンスタ領の凄さを実感した。


国王が率いる軍隊とミンスタ領が争う日が近い。


ーーこの争いの勝敗でワスト領の未来が決まる。


国王が勝てば、シリとグユウに明るい未来が。


ミンスタ領が勝てば・・・


悠々と湖を走らせる船を見つめながら、シリは不安と恐れが胸によぎった。


ここにいる皆は気づいている。


季節は夏にむかっている。


蒸し暑くなりつつある今、穏やかな日々は長く続かないことを。


ミンスタ領が国王に勝ってしまったら?


その不安を払拭するように、シリは頭を振った。


この先に何が待ち構えているのか、誰がどうなるかなんて、誰にもわからない。


神様 どうか・・・。


そこから先の願い事を胸にシリは大きく息を吸いこんだ。


次回ーー

「神様……どうか」

祈りの声が震える中、シリは一通の手紙と、青い宝石を託す。


それは、未来へ残す“遺言”だった。


明日の17時20分 笑わない子供

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