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小さな手で掘り出す幸せ


六月、レーク城の敷地に広がる畑では、今年最初のジャガイモの収穫が始まった。


「私も、手伝いたいのです」

シリは、穏やかながら決意のこもった声で言った。


その言葉に、グユウをはじめとする重臣たちは顔を見合わせた。


妃が土にまみれるなど、あってはならぬこと。


慣習としても、体裁としても、慎むべきだと誰もが考えていた。


「作業を見守るだけです」

シリは口調を緩めず、引き下がろうとはしない。


「・・・見守るだけ、というのなら」

ジムがそっと言葉を添え、グユウは渋々ながらも頷いた。


しかしその日のうちに、シリは袖をたくし上げ、女中たちと並んで畑に立っていた。


「やはりな」

城の窓からその様子を見ていたオーエンが、肩をすくめて笑った。


「見守るわけがない。絶対に手伝うと思っていた」

オーエンが呆れたように話す。


「オレもそうだと思っていた」

グユウは視線を動かさず、ペンを走らせながら少しだけ目を細めた。


「・・・言い出したら引かないですものね」

サムが口を添えた。



「けれど、シリ様の姿勢は人々に良い刺激を与えています。信頼を集めていますよ」

ジムの声には、確かな誇らしさがこもっていた。


土を掘る庭師の傍らで、女中たちがカゴにジャガイモを入れていく。


シリもまた、地面にひざをつき、小さな手で土を払いながら、次々と芋を拾っていた。


そして――母が畑にいれば、子どもたちも集まってくるのは自然なことだった。


小さな足音。あどけない声。


シンが葉を集め、ユウは金色の髪を揺らして無言で作業に没頭していた。


一歳になったウイは、いつのまにか歩けるようになっており、

ぴょこぴょこと不安定な足取りでシリの背を追っていた。


金褐色の髪に群青の瞳、よく笑うウイは、太陽のように明るい子だ。


「つい最近、生まれような気がするのよ」

シリはエマに話す。


「2人目のお子は成長が早いと聞きますね」

エマが微笑みながら笑う。


シンと乳母の子供シュリは、じゃがいもの枯れた茎と葉を集めていた。


庭師が枯れた葉に火をつけると、

小さな炎が枯れた葉に燃え移り、パチパチ音をたてて焚き火が燃え上がる。


熱い灰の中にジャガイモを埋め、その上から熱い灰をたっぷりかけ、

焚き火には枯葉や茎を足していく。


10時と15時になると、休憩の時間になる。

その時に、焼きジャガイモを食べる事がシンの楽しみだった。


「もうすぐ、休憩?」

待ちきれずにシンは、何度も乳母に時間を確認をしていた。


「休憩の時間だよ」

10時になるとシンが教えてくれる。


灰に埋まったジャガイモを掘り出すと、

外側は真っ黒に焦げていたけれど、

中は白くてホクホクしており、香ばしい香りがたちのぼる。


ちょっと冷ましてから、焦げた皮の中側を歯ですくうようにして食べる。


「美味しい!!」

黒い瞳をキラキラして話すシンを、皆が優しい顔で見つめる。


香りに釣られて、領務で忙しいグユウが畑に立ち寄ることがあった。


「シンは食いしん坊だな」

目を細めて、美味しそうにジャガイモを頬張るシンの頭を撫でる。


シリにとって、グユウ、子供達、城内の皆と

楽しいひと時を過ごす幸せは何よりだった。


気温が高くなると、薬草の葉が硬くなるので、シリは最後の薬草摘みに励んでいた。


収集した薬草は乾燥させ、アルコールに漬けておく。


これが今のワスト領の収入の1つになっている。


グユウは領務で忙しく、シリも籠城の準備と戦費のために奔走していた。


多忙な日々だったけれど、2人は夕方に馬場を散歩する時間を大事にしていた。


夕日にきらめくロク湖を眺めながら、話すことは籠城の準備についてだった。



「ジャガイモの収穫が終わったら、豆とトマトの作付けを開始するわ」

「そうか」


「南の領ではトマトをオイル漬けにして保存するようです。今度、調べてみます」

「そうか」


「養蜂も順調です。秋には・・・自家製蜂蜜が期待できます」

「・・・シンが喜びそうだな」


「ええ。蜜蝋で軟膏の原料費が浮きます」

「・・・シリはすごい」


グユウがシリの顔を見つめる。


その眼差しに・・・毎回心を乱される。


グユウに褒めてくれると嬉しい。


ーーもっと、もっと力になりたいと思う。


家族の笑顔。

領民の中にある自分。

皆と過ごす、ひとときの穏やかさ。

グユウと過ごす夕方。


それは、戦や陰謀を忘れさせるほどの、かけがえのない時間だった。


だが、穏やかな日々ほど、いつか終わりが来ることを思い出させる――


穏やかな夕焼けを見ながら、シリは束の間の幸せを感じていた。


けれど、穏やかな夕焼けの光の向こうには、

すでに新たな戦の影が忍び寄っていた。


束の間の幸福が、試されるときが近づいている――。


次回ーー


シリとグユウの夜のやすらぎ――互いの手を包む静かな愛情。

しかしその裏で、ゼンシの怒りと狂気が蠢き始める。

火攻めの策が練られ、ワスト領に新たな嵐が迫る。


ブックマークをつけてくれた読者様がいます。

ありがとうございます。嬉しいです 涙



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