雪の城で、未来を練る
あくる日、レーク城に3人の商人が呼ばれた。
「この軟膏をワスト領の特産品にしたいのですね」
商人代表のソウが陶器の蓋を開けて、ジッと軟膏を眺めた。
商人達はレーク城の城下町で暮らしている。
ワスト領が望むものを入手し、物資の調達や販売などを行なっていた。
争いの時も命がけで軍隊の後ろについて行く。
先の争いも荷馬車15台分の食料や日常品を詰め込み付いてきた。
戦地で商いをし、その土地でしか手に入らない物を仕入れては、利を得る。
それが彼らの生き方だった。
「止血や化膿止めにも良いです。
争いの最中に医薬品が足りない場合、この軟膏を代用品として使って助かった兵が何人もおります」
ジムが静かに説明する。
「シズル領とリャク領では、この軟膏を兵たちに使用しました。
まずはそれらの地の商人に向けて販売してほしい」
グユウの言葉に、ソウは恭しく頭を下げる。
「承知しました」
少し間を置いてから、ソウは顔を上げた。
「これは・・・私も個人的に欲しいです。
ワスト領の領民達にも販売しても良いのではないでしょうか」
ソウが提案する。
「領民に・・・?」
グユウが不思議そうな顔をする。
戦の兵むけに販売することを考えていたからだ。
「良いですね。領民も農業や漁業で怪我をすることがありますし・・・
グユウさん、ワスト領の領民向けには軟膏のサイズを小さめにして、価格を低く抑えたら良いのではないでしょうか」
シリが澄んだ声で意見を伝えた。
「シリ様、素晴らしい提案です」
ソウが再び頭を下げた。
「そうか・・・領民か」
グユウは、領民が軟膏を必要としているか疑問の口ぶりだった。
「グユウさん、兵の数より領民の方が人口は多いです。
戦がない時には軟膏は売れませんが、
領民向けに常時売れるものを作れば、安定した利益になります」
そのとき、ソウは思わず心の中で舌を巻いた。
──この妃は、本物だ。
美しく、気品に満ちたミンスタの妃は、苦労など知らず、ただの飾り物だと思っていた。
だが今、目前で語られる言葉は理にかなっており、商機の本質を突いている。
ーーまさか、ここまでとは。妃とは名ばかりではない。ゼンシ様譲りか、それとも——。
シリの兄、ゼンシは争いだけでなく、商才にも長けた領主だった。
その血を受け継いでいるのだろうか。
いや、それ以上の何かがこの若き后にはあるのかもしれない。
「さすがでございます。もう一つ提案してもよろしいでしょうか」
ソウは思わず身を乗り出すように尋ねた。
「言ってみろ」
グユウが静かに聞く。
「グユウ様とシリ様は領民に人気があります。
離婚協議の件で、シリ様の知名度は全国に届いております。
この軟膏が“シリ様の手によるもの”として知られれば、売れ行きも大きく伸びるでしょう」
この話はシリも動揺した。
意見を乞うようにグユウの顔をチラッと見ると、
グユウは優しい目をしてうなずいた。
「・・・それがワスト領のためになるのなら」
恥ずかしそうにシリはつぶやいた。
「それでは、シズル領むけに500個 リャク領むけに500個販売をお願いしたい。
領民むけのものは、これから作る」
グユウが命じた。
「無事に売れるかしら・・・」
ソウが帰った後にシリが不安そうにつぶやいた。
ーーあの軟膏にはワスト領の未来がかかっている。
冬の間に戦費を稼がないといけないのだ。
「グユウさん、今から侍女たちと領民向けの軟膏を作ります」
「危ないから走・・・」
グユウが言いかけた時にはシリの姿は消えていた。
シリの命により、城の冬が動き始めた。
冷えた炉に火が入り、軟膏作りのための薬草と器が次々に運ばれてくる。
静かだったレーク城が、ふたたび息を吹き返すようだった。
次回ーー
軟膏作りに沸き立つレーク城。
炉の炎と雪の静けさのなか、シリとグユウは子どもたちの寝顔を見守っていた。
「子どもたちには、平和な世界を――」
そう願う母の祈り。
けれど、その未来は容赦なく裏切られていく。
セン家の娘たちを待つのは、母以上に苛烈な運命だった。
束の間の幸福と、避けられぬ試練の影。
その狭間で、シリはなお守ろうと手を伸ばす――。
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