籠城の城に、花と果実を
兵達がいなくなり、ガランとしたホールで、
シリは羊皮紙に書いた籠城計画書を出した。
羊皮紙の束を抱えたシリは、その場に集まった家臣、侍女、女中、馬丁、庭師、調理人たちに向き直った。
「籠城の準備にご協力をお願いします」
声は穏やかで、けれど芯のある響きだった。
ふと家臣達や侍女達の顔を見ると、皆が疲れているように感じた。
無理もない。
三ヶ月もの間、戦支度と緊張が続いていたのだ。
「今日は必要最低限の仕事をして休みましょうか」
シリが提案した。
一瞬、沈黙。
その提案に、戸惑いや驚きが交じった表情が広がり、やがて安堵と喜びがにじんだ。
「明日から、また頑張りましょう」
ジムの一言が場を和ませ、久しぶりにレーク城内に柔らかな空気が満ちていった。
◇
昼過ぎ。
気持ちの良い秋風が吹く庭で、シリはジムに声をかけた。
「ジム、一緒に馬に乗ってベリー摘みをしない?」
その唐突な誘いに、ジムは一瞬目を見開き、すぐに頷いた。
「お供します」
馬を駆り、シリが案内したのは、城外れの林の縁。
そこには、黒々とした大きなブラックベリーの実が、トゲのある枝にびっしりと垂れていた。
「こんなところに生えていたのですね」
ジムが驚く。
「生で食べても美味しいし、乾燥させれば保存食にもなるわ!」
シリが嬉しそうに話す。
シリは籠を片手に実を摘み始める。ジムもそれに続いた。
「城内の皆にお土産にしましょう」
トゲに気をつけながら、二人は黙々と摘み続けた。
やがて、シリが口を開いた。
「ジム、私、グユウさんにお願いをしたの。
争いのやり方を変えてほしいって」
ジムの手が止まる。
「なんと。グユウ様は受け入れたのですか」
「ええ。一応・・・約束はしましたが・・・守るかどうかは・・・」
その時、鳥が一羽、シリの顔すれすれをかすめて飛び、ベリーを啄んだ。
「もう、取らないでって怒られたみたいね」
苦笑しながら、手を振って鳥を追い払う。
「シリ様と約束されたのなら・・・グユウ様は守ると思いますよ」
ジムの言葉は、静かに、しかし確信に満ちていた。
「そう・・・だと、いいけれど」
「そういうお方です。グユウ様は」
その声に、シリの心がすっと落ち着いた。
再び始まった争いのなかで、グユウは、ゼンシを討つまで眠る間も惜しんで戦うだろう。
けれど――
「グユウさん 私も頑張ります」
ブラックベリーの汁で黒ずんだ指と爪先を見つめながら、シリはつぶやいた。
不安な気持ちを押し込めてつぶやいた。
次回ーー
シリは家臣達を巻き込み、武器の製造をするようになった。
そしてその様子は、ジムの筆によって、戦地にいるグユウの元へと届けられるのだった。
だが、その手紙に綴られる「平穏な日常」が、戦場で血に濡れた現実とどう交わるのか――まだ誰にもわからなかった。




