3 卒業式のあとで
迎えた卒業式……の後。ガイオスはアリア・アキドレアに呼び出され、訓練所に向かった。
「あっ、ガイオス副教官!良かった来てくれた!」
そこには卒業式典用の煌びやかな騎士服……ではなく、いつもの使い古した訓練着姿のアリア・アキドレアが居た。
「あー……着替えちゃったのか」
「そりゃそうですよ、一世一代の大勝負をするのにあんなジャラジャラした硬っ苦しくて動きにくい服なんか来てられっかっての」
「一世一代の大勝負って?」
「ふっ。決まってるでしょう、ガイオス副教官。今日こそあなたに勝ってみせる……そして!」
「私と結婚してもらいます!」……いつかのセリフをビシッと決めて、剣先を向けられた。
ガイオスは溜め息を吐く。
「そんなことしなくても……」
「私は……!……私は今日でこの騎士学校を卒業しました。ガイオス副教官に会えるのはもう今日しか……今日しか残ってないんです」
「お願いします」と泣きそうに潤んだ瞳で見つめられてしまったら断るわけにはいかない。
「分かった。じゃあ手加減無しでお相手させていただくよ」
「……お願いします」
ベンチに荷物を置いてジャケットを脱ぐ。シャツのボタンを外し、腕を捲って模造刀を手に握ると。ゴクリと何やら唾を飲む音が聞こえた。
振り向く。ぽーっとした顔で彼女がこちらを見つめている。
「かっこい〜……」
「……うん、ありがとね」
「うわ口から出てた恥ずかしい集中集中!よーっしばっちこーい!」
最後まで賑やかな子だ。ガイオスは苦笑しながら位置に着いた。
「……いくよ」
「はい!」
向かい合い、お互いに剣を振り上げる。今までガイオスが指摘してきた問題点をしっかり克服している。
「うらぁっ!」
「おっと」
回転大立ち回りだ。あの時の新技が出て来て思わず笑ってしまう。なるほど、これはかっこいい。
一度見たことがあるので受け流すと悔しそうな顔をされた。頬に汗が伝っている。
攻めて、受けて、攻め返して、受けられて。息を切らして、汗だくになりながら尚もお互いから視線を外さない。
「もう!諦めて!私と!結婚!して下さい!よ!」
「……君は……!出会った時からずっと変わらないね……!」
「もーほんっとお願いします土下座でも三回回ってワンでも何でもするから!お願いお願いお願い!」
「分かりやすくなりふり構ってられなくなってるな……うっ!」
と、突然ガイオスの身体が吹き飛んだ。
彼女の下からの突き上げが入ったのだ。
「はは……やられたな」
ガイオスは脇腹を押さえ、笑った。そこに佇む彼女は汗だくで、肩で大きく息をしている。
「新技?」
「はい」
「……技名は?」
「ハリケーンアタック」
全部に名前を付けているところが彼女らしいというか。
ガイオスは立ち上がると、ふぅと息を吐いた。
「……強くなったね」
「……ガイオス副教官のおかげです」
「本当に僕と結婚したいの?僕は子爵家の三男坊で平民同然。辺境伯家の跡取りのお嬢さんにはもっといいお相手が居ると思うんだけど」
「……そんな事言わないでください。私のわがままにも付き合ってくれて、困ったなぁって笑いながらいつも私を優しく見守ってくれた。他の人じゃ嫌なんです。ガイオス副教官がいいんです。……好きなんです」
彼女の瞳からぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちた。
『ああ、泣かせるつもりはなかったのに』
荷物の中から大判のタオルを取り出し、頭からわしゃわしゃと汗と一緒に涙を拭ってやる。彼女はされるがままでじっと俯いている。
「最後まで一方的にこんな勝負仕掛けて、いつも困らせちゃってごめんなさい。でも私、私は……」
「副教官としてこの学校に勤める前はこんな困った生徒が居るなんて思ってなかったよ。初日で求婚されて、それからもずっと追い掛けられて。僕がどれだけ驚いたと思う?」
「いやもうほんとそれについては申し訳なく……でも後悔はしてないっていうか……」
「アリア・アキドレアさん」
「はいっ」
怒られると思ったのか、彼女の身体がびくりと硬くなった。ガイオスはタオルの上からそっと丸い頭を撫でた。
「あなたはいつも真っ直ぐに、自分の役割を理解しそれに向かって努力を続けてきました。自信を持って言えます。あなたは僕の自慢の教え子です。あなたの教師になれて、僕はとても幸せでした。ありがとう」
「……へへへ、ありがとうございます。……こちらこそ、色々ご指導頂き、ありがとうございました。あなたの生徒になれてよかった。……それじゃあどうか、お元気で……」
「ただこの問題児には困ったことにまだまだ教えたい事が沢山あるんだ。……だから、これからじっくり時間を掛けて教えていくことにするよ」
「……え?それって……」
ふわりとタオルを外し、薄い唇にそっと口付ける。
花嫁さんのベールとはいかないけれど、きっと自分達にはこれが一番似合っているんだろう。
顔を真っ赤にして金魚みたいに口をぱくぱくさせているアリアにガイオスは甘く微笑んでみせた。
「卒業おめでとう、アリアさん。こんな僕で良ければ、生涯あなたを支えていく役目を謹んでお受けいたします。……これからよろしくね、僕の奥さん」
キスされたのがよっぽど衝撃的だったのだろう、彼女は猫のように目をまん丸にしたまま固まっていた。
「……アリアさん?」
「……ちゅーは……」
「うん?」
「ちゅーは……反則でしょ……」
ぐらりとそのまま彼女の身体が後ろに傾いた。
うわ、倒れる。ガイオスは慌てて抱き留めた。そしてうーんと少し考えて、そのままひょいと横抱きにした。
所謂お姫様抱っこというやつだ。
「うわあぁあ何!?なになに甘い!超甘いんですけど!?うわ顔近っ!かっこい!やだやだ汗かいてるし恥ずかしいやめて!!!」
「あはは、賑やかでいいね」
「あははじゃない!下ろして〜っ!!!」
ほんとは、そんな事しなくても結婚するよと伝えようとしたのに、とか。
持って来た荷物の中にはちゃんとプロポーズの為の指輪と花束が入っていたのに、とか。
色々言いたい事はあったけど、彼女にはこれから長い時間を掛けてじっくり教えて、愛を伝えていけばいいのだとガイオスは笑った。
これにておしまい。クラリスの父と母の馴れ初め話でした。
この後まじで貧乏だった辺境伯家に婿入りして失敗だったかなと考えるガイオスが居ますが5歳歳下の奥さんは面白くて可愛くて美人で愉快なので幸せに暮らして行くので大丈夫です^^
面白かった!と思っていただければ★★★★★つけて頂ければ幸いです!