2 胃袋ガッツリ大作戦
アリア・アキドレアの奇行の噂は一気に学内で広まった。
学内で1、2の実力を持つアキドレア辺境伯家の跡取り娘が赴任初日の副教官に突然の求婚。この特大ゴシップは多感で刺激に飢えた若い少年少女達の格好の娯楽へと変貌し、話に尾ひれや背びれや翼まで付いた噂が横行する事態へとなった。
そんなこんなで急遽執り行われた放課後面談である。
目の前でニコニコしている彼女にガイオスは溜め息を吐いた。
「アリア・アキドレアさん」
「へへへ、アリアでいいですよ」
「アリア・アキドレアさん」
「ちぇっ」
「あなたは自分が何をしたか理解出来ていますか?」
「はい!ガイオス副教官に求婚しました!」
「そうだね、どうして?」
「それはひとえにガイオス副教官がこれからアキドレア辺境伯家当主となる私の補佐となるに相応しい人物だと思ったからです。まず初めに剣の腕がいい。お手本通りの剣筋で指導が出来る人材に、我がアキドレア騎士団に来て欲しいんです!」
「なるほど。それだけ?」
「あとキートン教官に朝に投げられてた仕事の事務処理能力の高さと物腰の柔らかさ。穏やかで柔軟な対応のできるその人柄。私は事務がめっぽう苦手なので事務の出来る人手は本っ当に有難いんです!書類とか見てたらキーッてなっちゃうんで!」
「うん、それから?」
にこにこしながら聞いてみる。さすがにもう出ないかと思ったが彼女は頬を染め、ちょっと顔を逸らし。
「……あとは、深く落ち着いた声やがっしりした体付……体格の良さ、と、……笑顔が優しいところ……です……。あーもう言わせないでくださいよはっずかしいなもう!」
『普通に見た目も好かれてるみたいだな』
あと知らないうちにめちゃくちゃ見られていた。朝礼の後キートン教官に丸投げされた資料を教室の後ろで処理していたのだ。
たまに後ろを向いて来てチラチラと目が合う生徒に微笑み返していたのだがその中に彼女も居たらしい。
「気持ちは嬉しいのだけど……僕は教師で君は生徒だ。その立場がある限り君の想いに応えることは出来ないよ」
「あ、それは全然!私あと一年で卒業なんでその後の話で!」
「軽いなぁ」
「学生結婚なんてしないですよぉ」とヘラヘラと笑うアリア・アキドレア。「全然婚約だけして貰えれば大丈夫なんで!」いやそれも出来ないんだけども。
「残念ながら婚約も出来ない。ごめんね」
「えぇ〜」
「結婚して下さいよぅ」と抗議されるが、首を振る。守れない約束はしないことだ。
残念だなぁと思う。素直で良い子だけど、教師と生徒というしがらみを抜きにすることは……
「……分かりました。じゃあ、私が勝手にアピールすること自体は特に禁止されてないわけですよね?」
「え。……まあ、そうだね」
「じゃあ、卒業してから結婚に応じて頂けるよう全力でアピールします!」
「…………」
どうしてこうなった。
アリア・アキドレアはどうだ!と言わんばかりにふんふんと鼻息を荒くして目を輝かせた。
「じゃあ明日からお弁当作って来ますんで一緒に食べましょう!」
「受け取れないよ?」
「はっはっは、無理やり口にねじ込むので大丈夫です」
「力技だ」
「胃袋ガッツリ大作戦ですよ!手っ取り早く相手に意識させるには胃袋を掴むのがいいってうちの母さんが……うわうち料理本あったかな!?えーなんか母さんが前押し入れに仕舞い込んでたやつがあった気がするんだけどわっかんないな今からちょっと家の中ひっくり返して探してくるんで帰ります!」
「じゃっ!」と笑って扉が閉まる。バタバタと足音が遠のいて教育指導室にガイオス一人が残された。
「元気だなぁ……」
黙って普通にしていれば美人なのに勿体無いと思わなくはないがあの落ち着きのなさも彼女の魅力なのだろう。
いや確かにあの感じだと補佐役に落ち着いた男が居た方が良さそうだ。午後は机に突っ伏して寝てることが多いし座学もあまり得意そうではない。事務仕事なんか本人の言う通り確かにめちゃくちゃ苦手そうだ。
己に欠如しているものを補う為にガイオスを選んだというのならば。
『なるほど、案外よく見てるんだな』
さすが国内最大級の騎士を抱える騎士団の未来の総司令官。観察眼は確かなようだ。
「……あ。これどうしよう。キートン教官に怒られるなぁ」
ガイオスは渡しそびれた反省文の用紙を見つめ苦笑した。
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宣言通り、彼女は毎日手作りの弁当を持って来た。
「ガイオス副教官〜お昼です!」
にっこりと差し出された弁当箱を受け取る。代わりに自分の持っていた弁当を彼女の手に持たせた。アリア・アキドレアが目を輝かせる。
「やったった!弁当だ!今日は何が入ってるんですか?」
「今日はお魚だよ。骨が引っ掛からないようにちゃんと解してあるからね」
「うわ〜滅多に食べれないやつ!私は奮発して卵焼き入れたんですよ〜。安心して下さい、多分殻は入ってないはずなんで!恐らく!きっと!」
「過剰保険だなぁ」
弁当については最初は断っていたのだが、何やら剣だことは違う種類の傷が日に日に増える彼女の指を見ていたら断るのも忍びなくなってきたので有難く頂戴している。そして代わりに彼女にはガイオスが作った弁当を持たせる事にした。彼女は何故かガイオスの分の弁当しか作って来ておらず、午後に彼女の凄まじい腹の音が教室中に鳴り響いていてさすがに気の毒だったので。
鼻歌を歌いながら歩く彼女に付いて行き、中庭のベンチ。もう求婚事件は学内に知れ渡っているので誰も何も言わなくなってしまった。それでいいのか。
キートン教官曰く、「ガンナーくんはちゃんと自分の立場を弁えて卒業まで待てるだろうから」と言っていたが何故手を出す前提なのだろう。何か問題にならないのかとひやひやしているのは自分だけなのだろうか。皆生暖かい視線を向けないで欲しい。
「ふんふーん、ふんふふーん」
中庭のベンチに着くと、彼女は鼻歌を歌いながらお弁当を開けて、手を合わせた。
「ガイオス副教官の手作り弁当!いっただっきまーす!」
「うん、わざわざ口に出して言わなくていいからね」
彼女はおかずを一口食べると「んーふー!」と目を輝かせた。だめだ、面白い。彼女がこっちを向いた。凄い笑顔だ。
「美味しい?」
「んー!うまうまれふ!」
「よかったね。喋る時はちゃんとごっくんしてからにしようね」
「ごくっ。おかしいな胃袋ゲットしてやろうと思ってたはずなのに私の方が掴まれてる気がするんですけど」
「アキドレアさん料理あんまり上手じゃないもんね」
「うっ……これから上手くなる予定です!」
「辺境伯家のお嬢様がわざわざ自分で作らなくてもいいと思うけどな、趣味って言うなら別に否定しないけど」
「いやー、そういう訳にもいかないんですよ。うちめっちゃ貧乏なんでコック居なくって。でも皆料理なんかしたがらないから肉なんか適当に焼いて塩振って終わりですもん。わっはっは!」
彼女はたまに自分の家を貧乏だと言う。国内最大級の騎士団を運営している家がそんなに貧乏なはずはないので笑って軽く流した。
こちらも弁当を広げ一口食べる。薄味で健康的な優しい風味だ。
「うん、美味しい。上達したね」
「良かった!これは卵本来の味をねー、活かそうとねー、こうなるべく調味料を使わずに頑張ったんですよほんと決して調味料をケチったわけではなく」
面白い子だなぁと思う。
「どうですかこのほんのちょ〜っと料理も出来て強くて面白くて辺境伯家の跡取り娘なべっぴんさん!ほら結婚したくなったでしょう結婚して下さいほーらほら」
「自分で自分のことべっぴんさんって言っちゃうところがなぁ……」
「そりゃ事実なんだから自分で言いますよ。自信のない奴を誰が好きになるんですか?私はガンガン自分の長所をアピールしていくんで!アイムビューティホー」
「心の底から面白い子だなぁとは思ってるよ」
「なんでそこだけ???まあいいや結婚したら毎日笑わせてあげますよワハハ!」
ぺらぺらと軽い調子で捲し立てるように話すのを見ていると、黙っていれば普通に美人なのになぁと思う。喋ったらほんと、もうほんと台無しだ。
じっと見つめているのに気付いたのか、彼女の顔が段々と赤くなって来た。
「……あの、そんな見つめないで貰えます?」
「ふふ、ごめんね」
「んぐぅ……」
なんとも言えない唸り声を出して俯いてしまった。普段は押せ押せな癖に逆に攻められるとたじたじになってしまう。
そこは普通に可愛いなぁと思う。
休憩時間や放課後。
「ガイオス副教官!私と結婚しましょう!」
「うーん」
「うんって言った!今うんって言った!」
「言ってないね〜」
「言ったって!ほらもっかい!うとんの間を短くしてもっかい言ってみてください!」
「うーーーーーん」
「もおぉお!」
出会い頭に求婚して来るのにももう慣れてしまった。彼女との会話は楽しい。まるで太陽みたいな子だ。ただ熱が強過ぎて火傷しそうではあるけど。
放課後は彼女はいつも様々な教官に手合わせを願い、自主練をしてから帰る。
真面目で熱心な良い子だ。跡取りとしての責任をよく理解しているし、それに恥じない実力を備えようとしっかり努力している。
夏の暑い日、日の落ちた訓練所で一人で自主練をしている彼女の姿を見つけた。
息を切らせて打ち込むその姿につい立ち止まり。
汗を拭って、顔を上げたシャンパンゴールドと目が合った。
「ガイオス副教官!見てました?今のどう!?新技!回転大立ち回り!かっこよくない!?」
喋るとほんと残念な子なんだけど。
『参ったな』
自分は、どうやらもうとっくにこの何とも面白おかしな男装女子に心奪われていたようだ。
「そうだね、かっこいいね」と返しながら、ガイオスは困ったように眉を下げて笑った。