1 私と結婚してください!
「ガイオス副教官!今日こそあなたに勝ってみせる……そして!」
「私と結婚してもらいます!」……そう言ってビシッと指差すように、勢いよく練習用の模造刀をこちらに向けてくるのは。シャンパンゴールドの瞳を闘志で燃え上がらせた少年……否、少女である。
ああ、懲りないなぁ。
ガイオスは少し困ったように眉を下げてみせた。
「ええと、アリア・アキドレアさん」
「はい!」
「この間僕が言ったこと、覚えてる?」
「授業中にまで求婚しないでって?」
「うんまあそれも言ったけど」
「だからこうして来てるんじゃないですか」
「行間休みに」と堂々と言ってのけるのは何なのか。
恥ずかしげもなく結婚結婚というわりに目が合うとちょっと照れて顔が赤くなっちゃうところなんかは可愛いなと思ってしまうが、そうではなくて。
「僕達、教師と生徒なんだけどなぁ……」
困ったな、と笑いつつガイオスはぽりぽりと頬をかいたのだった。
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騎士学校を卒業し、五年が過ぎた頃だろうか。
王都の騎士として勤めていたある日、騎士学校の恩師から副教官として指導の手伝いをしてくれないかという手紙が届いた。
思えば、至極平凡な学生時代だった。大きな揉め事も起こさず、それなりに授業にも真面目に取り組んで成績は常に上位をキープ。有難いことに教官方からの評判もまあまあ良かったから自分の名前が挙げられたのだろう。
騎士学校は国が運営しているので教官は公務員という扱いになる。今の騎士の給料も悪くないが、夜勤ありのシフト制だ。騎士学校は完全週休二日制。しかも今より給料も上がって安定した生活が送れる。
それならばと上司に退職の伺いを立てたところ、おまえが育てた教え子なら真面目でよく国を護る良い騎士になるだろう、しっかりやってこいと快く送り出された。そしてガイオスは五年ぶりに副教官として母校の土を踏み。
その初日、アリア・アキドレアと出会った。
まずは学校案内がてら生徒に顔を覚えてもらいましょうと事務員の人に案内された先の訓練所にて。卒業を控えた剣術科の三年生が男女混合の練習試合を行っていた。
その中で、何やら一際目立つ人物が居た。
『凄いな』
その生徒は華奢な身体で力自慢らしきムキムキマッチョの男の子さえもばっさばっさと斬り捨てている。しなやかな身体を活かした動きに自然と目が奪われてしまい、つい魅入ってしまった。
「おりゃっ!」
「んがっ!あ……アキドレア!ちょっとは手加減してくれよ!」
「やーだね!そっちこそか弱い乙女に手加減されて悔しくならないんでちゅかー?」
「お前の何処がか弱い乙女だ!このゴリラ女!」
「ムキーッ!なんだとー!?普通に素手でぶん殴ってやろうかこんにゃろこんにゃろっ」
「わーっ!普通に痛いっ」
そこで気付く。声が高い。髪が短いので男性かと思ったが、胸や臀部に肉付きが多くくびれている。
『女性騎士だったのか』
負かしたムキムキマッチョくんを更にボコボコに叩きのめして、彼女は気が済んだのかスキップしながら次の対戦相手の元へ。そうして彼女は男性割合が多い剣術科で連戦を勝ち抜き、あっという間に優勝してしまった。
「将来有望だ。あんな子も居るんですね」
「凄いですよねぇ。あの子、アキドレア辺境伯家の跡取り娘さんなんですよ」
「えっ。じゃあ、あのアキドレア騎士団の」
「ええ」
アキドレア辺境伯家。国内最大級の規模を誇るアキドレア騎士団を運営する名家であり、建国当時からずっとこの国の国境を守っている。
そんなアキドレア家には変わった風習があり、代々女性しか跡取りになれないそうである。なんでも初代当主は戦場で大層な成果を上げた男装の麗人だそうで、アキドレア家に生まれる跡取りの娘は皆髪を短く切り男装しているという。
『なるほど、どうりで』
事務員の話を聞きながら納得する。
いずれアキドレア騎士団の総司令官となる女性だ。おそらく幼い頃からかなりの英才教育を受けているはず。並の男性騎士でも歯が立たなくて当然である。
「あれは確かに誰よりも強いが、調子に乗りやすいのがダメなんだ」
「キートン教官」
振り向くとちんまりとしたおじさんが立っていた。キートン教官だ。ガイオスに副教官にならないかと誘ってくれた人物である。
「そろそろいつもの悪癖が出てくる頃だろう。よし、じゃあさっそく初仕事だ」
きゅっ、と手に何か握らされた。やけに手に馴染む感覚。
見ると練習用の模造刀だった。
「あいつと試合してこい」
「えっ」
「腕は鈍っちゃないだろう、新任の腕の見せ所だな」
「あの」
「はい、注目」
ガイオスを無視してキートン教官が手を叩く。生徒達の視線が一気にこちらを向いた。
「さっき全校集会と教室で見たろ、ガイオス・ガンナー副教官だ。聞いてなかった奴の為に言うが本日から全学年の剣術科の実技指導に入って貰う。手始めに……アリア・アキドレア。指導して頂きなさい」
「はいっ!」
短く切り揃えられた赤い髪が揺れて、前に進み出た。近くで見るときりりと整った顔立ちの美人だ。好奇心と自信に満ちたシャンパンゴールドの瞳にじっと見つめられる。
『参ったな、この子に指導することなんて全然無いぞ』
この学校を卒業してからも毎日鍛錬は欠かしたことはないが、アキドレア騎士団の英才教育の前では所詮自分もちぎっては投げちぎっては投げされていたさっきの男子生徒と同じである。この状況で試合をさせるなんて全くもって人が悪い。
キートン教官の無茶ぶりに半ば呆れつつ、「よろしくね」と手を差し伸べた。試合前の握手だ。
「よろしくお願いします!」
アリアがニッと口角を上げて笑った。
指が細くて綺麗だが剣だこが目立つ。
訓練された騎士の手だった。
「それでは、始め」
ガンッ!と重い一撃に驚いた。初手から彼女が斬り掛かって来たのだ。続いて、何度も何度も衝撃を受け止める。攻めの連撃が止まらない。
「うわ、やばいなあいつ今日入ってきた副教官相手にも手加減無しじゃん」
「俺さっきやられた所超痛えんだけど」
「俺もたんこぶできてる。泣きそう」
「副教官、頑張れー!」
外野の声が彼女の強さを物語る。誰も彼女の応援をしない辺り今日入ってきた若い新任の副教官なんてあっという間に負けてしまうと思っているのだろう。
『情けないな』
彼女の剣技はアキドレア騎士団流と我流が合わさったものであろう、基本の形から少しズレている。
動きが読みにくい……が、
「ほっ」
「!?」
剣先の動きに集中すればなんてことはない。剣の型が決まっているのはさっきのを見て気付いていた。
「うっそ!こんなに受け止めてくれる人初めてですよ!」
「ああ、人よりちょっと目が良いもんでね」
「あはは!楽しい、こんなに攻撃が効かない人初めてだ!」
「そりゃどうも」
ガイオスはお手本のような基本の形で防御しつつ……あっと気付いた。
「ここだ」
「えっ!?」
突きを躱し、その腕を掴む。ずいっと急激に距離を詰め、彼女の喉元に剣先を突き付けた。
「あっ……!」
「君は突きの動きの後に腕を戻すのが少し遅いね。突き出す腕の勢いは良いけど、攻撃が当たらなかった時の事をあまり考えられていない。だから簡単に腕を掴まれて……このとおり。ね」
剣先でちょんと顎をつつくと彼女が顔を上げた。目が合った。微笑む。彼女はびっくりした顔をしている。
「………!あ、あの……」
「攻撃は最大の防御って言うもんね。攻めの姿勢は素晴らしいけれど、相手から急激に距離を詰められると対応が遅れてしまうところを直せばもっと良くなると思うよ」
「素早く腕を戻す動きを特訓していこうね」と微笑む。彼女は真っ赤になってぷるぷると震えていた。まさか自分がこんな新任に負けるとは思っていなかったのだろう。怒らせてしまっただろうか。
「副教官、すげぇ!」
「ガイオス副教官!」
わっと生徒が沸き立った。囲まれて何やら揉みくちゃにされる。
どうやら初授業は大成功だったようだ。
『それにしても危なかったな、ほんとにめちゃくちゃ強かったぞこの子』
人より少し目が良いので剣先の動きが読めただけだ。攻撃が重い上にすばしっこいのでかなりタチが悪かった。
彼女を振り返り、「お手合わせありがとうね」と礼を述べると。
「見つけた……」
「え?」
「見つけたぞ、私の……補佐候補!」
ビシッと指差すように眼前に剣先を向けられて、目を見開く。
「ガイオス副教官!私と結婚してください!」
「…………」
面食らって声も出ない事ってあるんだなぁ、と、こんな時まで冷静に。
ガイオスはただ、シャンパンゴールドの瞳を見つめ返すことしか出来なかったのであった。