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第13話 市街

 ハクトは刀を振り下ろした体勢のまま、大きく息を吐いた。

 身体が熱く、まるで口から蒸気を吐き出しているかのようだ。


「マントを脱げ、ハクト」

「わぶっ」

 リッカが後ろからハクトのマントを取り上げる。

 肌と長い耳が外気に触れ、少し楽になった。

「クリティカルヒットを使った時の体温の上昇はシャワーの比ではない。気を付けろ」

「わ……分かった……」


 荒い息で上下しているハクトの肩を、リッカが軽く叩く。

「まあ、初めてにしては上出来だ。あらかたの感覚は掴めただろう?」

「どうかな……もう一度やれと言われても、何をどうしたか自分でもよく分からないよ。それにこのタスク――だっけ。何もない所から生まれた武器。これは一体何なんだ」

 咄嗟に手に取ったものの、得体の知れない得物だ。


「簡単に言えば、武器の記憶が形を成したものだ」

 リッカは手にした武器を足元に投げ落とす。小太刀はそのまま地面の中へ吸い込まれて消えた。

「武器の記憶……?」

 ハクトも(なら)って刀を地面に突き立てる。刀はするりとテリトリーの中へ呑み込まれていく。

 周囲の赤い光も消え、後にはバニーの倒れた場所にエッグが残るばかりだ。


「彼岸とは、過去あるいは未来。記憶、命、魂の最果て、そう教えたな? 戦いに臨むわたし達の記憶と彼岸の記憶が共鳴し、戦いに必要な武器の記憶が形として生み出された――タスクとはそうしたものだ」

 

 ハクトは髪に手をやって低くうめいた。

「説明されても全く分からないんだけど……」


 リッカは落ちているエッグを拾って、ひと口かじった。

「それで構わない、頭で考えるようなものでもないゆえ。いざという時に使えるようになれば良いのだ。そういうものだと、単純に受け入れておけ」


「そういうもの――か」

 喋りながらハクトはがくりと膝を着いた。力が入らない。


「ああ、言い忘れていたが――」

 リッカはもうひとつエッグを拾って、ハクトの口元に近付けた。

「クリティカルヒットはかなりの体力を消耗する。いざという時に動けなくならないよう、回復には気を使うことだ。ほら、喰え。ワーバニーとして、お前が初めて狩ったエッグだぞ」


 ハクトは黙って差し出されたエッグにかぶりついた。果物のような酸味と甘みが口の中に広がる。

 そういえば、リッカがクリティカルヒットを使った後は、必ずエッグをかじっていたような気がする。


「……師匠が全然平気そうにしてるから、こんなにキツいものだとは思わなかったよ」

 エッグを頬張りながら平然としているリッカの方を見やる。

「愚か者。わたしは師匠だぞ、お前とは年季が違う。力の使い方にはずっと慣れているのだ」


 エッグをひとつ平らげる頃には、身体の熱は引き、疲労感も癒えていた。

 ハクト達は地面に落ちているエッグを拾い集め、改めて単車に跨った。


「……シャワー浴びたばかりなのにすっかり返り血を浴びちゃったな。どうする師匠、いったん戻る?」

 後ろの席に座って腰に腕を回してくるリッカを振り返る。

「問題ない、このまま街へ向かってくれ。バニーの血は彼岸ノ血と同じだ。わたし達の肌に付着した分は吸収してしまうゆえ」

 そう言うリッカの顔を見れば、確かに先ほど浴びた返り血の痕跡は残っていない。

「ホントだ。俺はマントにもかかったけど……色も黒だし、まあこのままでも目立たないか」

 彼岸ノ血と同じということは、瘴気と同じだ。防具に付着した瘴気は外気へ当てておけば消失していたし、このマントも放って置いてよさそうだ。


 ハクトはハンドルのアクセルを握り、単車を発進させた。


 街影へと向かう荒野を貫く真っ直ぐな道を、スピードを乗せてひた走る。

 街へ近づくにつれ、荒野の方にまで活気が伝わって来るかのようだ。


 ワーレン探索の拠点として最大の街、オリエンテムレプス。


 豊富にもたらされるエッグによる便利で快適な生活に、ハンターズギルドを中心とした豊かな経済圏。それらを目当てに、ハンターはもちろん様々な業種の人々が集い、街の規模は大きくなっていくばかりだった。


 街外れの駐車場に単車を止めたハクトとリッカ。

 二人はマントのフードを目深に被り、人々でごった返す街中の大通りを歩く。


 屋台で客を呼び込む声、店先で品物を物色する声、道端のカフェで談笑する声で大通りは賑やかな喧騒に満ちている。


「……何だか今日はいつもより街が騒がしいな」

「そうか? いつもこのようなものだと思うが……」

「それで師匠、エッグはどこで交換するんだ? ギルドには行かないんだろう」

 ハクトは尋ねた。


 二人が歩く先にはギルド本部が見えている。街のランドマークになるような大きな建物だ。


「うむ、ギルドの横にある酒場に向かう」

「酒場……ああ、ギルドホールか」

 ハンターズギルドにはホールが併設されている。

 主に探索に関わる様々な交渉や取引が行われている場所だが、食堂として充分な酒食が提供されてもいる。

 仕事に休息に、ハンター達には欠かせない場所なのだ。


「師匠はワーバニーだし、正式にギルドの受付を通せないって部分はやむを得ないのかも知れないけど……つまり非公式なブローカーか何かと交渉するってことだろ。それ、大丈夫な相手なのか?」


 エッグを報酬に変えるにはギルドの組織が欠かせない。

 一方でギルドへの所属を避けるハンターもいて、そうしたハンターを相手にブローカー業を担う者がいる。

 ブローカーを通した場合、過度に高価な仲介手数料や廉価(れんか)な買取価格など、不当な取引を強いられることが常と聞いている。


「まあ、黙ってついて来い」

 リッカは前に立って歩き始める。


 かと思ったら足を止めた。

「……ん? 見ろハクト。そこの屋台で冷やした白ワインを振る舞っているぞ。今日は天気もいいしな」

「おいこら師匠。寄り道するな」

 いきなり道を外れそうになる彼女のマントを掴む。

「わ、分かったからマントを引っ張るな! フードが脱げるだろう、まったく」

 リッカはフードを手で押さえて唇を尖らせた。


 ギルドの建物は目に見える距離だったが、リッカがすぐにふらふらと道を逸れそうになるので辿り着くのに妙に時間がかかった。


「……フードを被っているとはいえ、正面からギルドに入るのはどうなんだろう」

 大きく開け放たれたギルドの入り口は、ハンターを中心とする多くの人々が出入りしている。

 遠巻きに眺めてためらっているハクトをよそに、リッカはその入り口の前を素通りして路地の方へ曲がっていく。


「え、ちょ……ちょっと。どこ行くんだ、師匠。また寄り道か?」

 慌ててリッカの後を追う。

「寄り道ではない。ここが目的地だ」

 路地に入り口を構えている店舗の前で彼女は立ち止まっていた。


「って……ギルドホールに行くんだろ?」

「誰がそんなことを言った? ギルドの横にある酒場に向かう、と言ったはずだ」

「え?」

 ハクトは大通り沿いのギルドの建物を見やり、また目の前の店舗を見返した。

「……ギルドの横にある……酒場?」


 〈カルバノグ〉。

 看板に店の名前が書かれていた。


「いや酒呑みに来ただけかッ!」

 愕然と叫ぶハクトだった。



つづく

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