第8話 おばちゃんの料理の秘密
エルフの魔導士フリュール、大盾使いのヤロと出会った。
宿屋の食堂にて、エアルさんのかつての仲間であるヤロさんとフリュールさんは二人で食事をとっていた。
「ん、相変わらずおいしい。」
「ほんとだな。きっと良い料理人を雇ってるんだろう。」
そこをたまたま通りがかったハルはその発言に疑問を覚えた。そして、先日知り合ったわけだし挨拶がてら聞いてみようと思い二人に近づいた。
「こんにちは。ヤロさん、フリュールさん。」
「おお、えっと……、名前なんだっけ?」
「ハル。ヤロは覚えが悪い。ごめん。」
「いいえ、大丈夫です。」
二人にとってハルは単なる宿屋の客でしかない。印象に残っていなくても無理ないことだろう。むしろ、顔を覚えてもらえただけでもハルにとっては嬉しいことだった。
フリュールさんの言葉にヤロさんは苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。その後すぐにごまかすようにハルに挨拶を返した。
「すまなかった、ハル。それで、どうかしたのか?」
「いえ、お二人の話している声が聞こえてきて。それより、この宿屋の食事はエアルさんが用意しているんじゃないんですか?」
ハルの質問に二人は呆れたように肩をすくめた。そんなにおかしなことを聞いただろうか。
「いやいや、それはあり得ない。だってあいつは、なあ?」
「うん。エアルは料理が全くできない。冒険者のころからそうだった。」
どうやらエアルさんはいわゆる"メシマズ"というものだったらしい。二人に聞いてみたところ、日持ちのする干し肉などを大量に旅の前には買い込んでいたとのこと。どうしてもそれだけでは足りなくなったときは、獲った獲物を解体も血抜きもせずに丸焼きにしたそうだ。
「だから、エアルが作ってるなんてありえないんだよ。」
「でも、この宿でエアルさん以外の従業員って見たことないんですけど……。」
「確かに。私も見たことない。」
もしかしたら冒険者を辞めた後に料理の勉強をしたのかもしれない。ハルはそう思ったが、二人は料理のできないエアルさんの印象があまりに強いようで、それをどうしても認めようとしなかった。
「分かった、そんなに言うなら突き止めてみるとするか。」
「突き止めるってどうやって?」
ちなみにこの宿屋の厨房は鍵がかけられていてエアルさん以外入れないようになっている。おばちゃんが料理を持ってくる一瞬だけ扉は開けられるが、そんなに一瞬では中の状況は把握できない。
しばらく三人で悩んでいると、思いついたとばかりにフリュールさんがポンと手をたたいた。
「そういえば、エアルは今日買い出しで宿を空ける。」
「その隙に厨房に入るのか?いや、だとしても料理の証拠はつかめないな。だったら尾行でもしてみるか?」
「いや、変に探るのは良くないかと。」
先日、エアルさんの秘密を一つ知ってしまったハルは少し尻込みする。しかし、二人はまるで獲物を狩る狩人のような目をハルに向けた。そして、ヤロはがっしりとハルの肩をつかんだ。
「俺たちの計画を知ったからには、協力してもらうぞ。」
「逃がさない。」
半強制的にハルも尾行に参加することになってしまった。
「やっぱり止めましょうよ。すぐにばれちゃいますって。」
ハルも一応は冒険者。多少は気配を消すやり方を知ってはいるが、エアルさんに通用するとは到底思えない。たとえ人混みの中であったとしても、気づかれてしまいそうだ。
「大丈夫。私が魔法でみんなの気配を消す。」
「俺はそういうの苦手だからな。助かるぜ。」
そして、フリュールさんがぼそぼそと何かをつぶやいた。するとふっと目の前の二人の気配が希薄になったのが分かった。目の前にいるはずなのに、しっかりと見ていないと見失ってしまいそうになる。
魔法の確認が終わったころ、エアルさんが宿を出た。気配を消したまま三人は後を追う。
エアルさんは市場で食べ物を買っているようだ。安売りされている野菜を大量買いしたり、肉屋で塊肉を買ったりしている。店の人と何か話しているのは知り合いだからだろうか、それとも値切りしたりしているのだろうか。そこまでは聞こえてこない。
買ったものは手に持っている鞄にドンドンと詰め込まれていく。明らかに見た目より多くのものが入っているのは、そのかばんが魔法の鞄だからだろう。高価だが、そういうものがあるというのは聞いたことがある。
「あれだけの材料を迷いなく買っているんです。絶対エアルさんが料理してるんですよ。」
「いや、違うね。おそらくだが、あの材料を今から持っていて料理してもらうんじゃないか?」
どうやらまだ尾行は続けるらしい。しばらく歩いていると、一軒の家の前でエアルさんが立ち止まった。そして、大きくため息をついた。
「あんたら、見てるのは分かってるんだよ。さっさと出てきな。」
エアルさんは明らかにこちらを見てそう言った。観念したのか、フリュールさんは魔法を解いた。
「やっぱりフリュール達かい。気配を感じないのに、妙に見られている気がして気味が悪かったよ。」
「魔法は完璧だった。」
「気配はなかったって言ったろう?多分ハルだと思うけど、こっちを見る視線までは隠しきれていなかったんだ。」
「相変わらず、勘が鋭い。」
野生の勘とでも言うのだろうか。エアルさんはハルの視線だけで尾行に気づいたという。自分のせいで気づかれてしまったと思い、ハルは少し気落ちしてしまった。
「さて、きっとハルは二人に唆されたんだろう?だから、ここまで連れてきたんだ。罰を受けてもらうためにね。」
「ほう。俺たちに何をするつもりだ?」
まるで悪役のような口ぶりだ。だが、確かにハルは強制的に連れてこられた側なので、何も言わずにじっとしておく。
そして、エアルさんは目の前の家を指さした。
「ここはあたしが料理の修行を行った場所さ。あたしの料理の先生がここにはいる。あんたらには料理の修行をここで受けてもらうよ。」
そう言った瞬間、フリュールさんとヤロさんはすっと目を逸らした。
「あんたら、未だに料理できないんだろう?覚えているよ、そこら辺の野草をぶち込んで煮たものを薬草スープって言って私に飲ませたことを。最高級の肉を用意したのに自分勝手に火の中に放り込んで黒焦げにしちまったことを。」
「あのスープは体に良い。」
「ちまちま焼くより一気に焼いた方が良いと思ったんだよ。」
どうやら人のことを言えないくらいにはフリュールさんとヤロさんも料理ができないらしい。というか、勇者パーティは旅の途中の料理はどうしていたのだろうか。もしかして、ウェールさんとプリマヴェーラさんの二人が担当していたのだろうか?
「先生はすごく厳しいからね。一度ビシバシ鍛えなおしてもらいな。なんせ、料理が全くできなかったあたしをここまで育て上げてくれたんだから。」
家の前で騒いでいたからだろう。中から一人のおばあさんが姿を見せた。温和そうに見えるが、エアルさんから聞いた感じだと料理に相当厳しいようだ。
逃げ出そうとしたフリュールさんとヤロさんの首根っこを目にもとまらぬ速さでエアルさんがつかんだ。そして、そのまま引きずっていく。
「先生、今日の授業はこいつらも一緒にお願いします。こいつらは昔のあたしと同じで料理が全くできないので、基礎中の基礎から教えてやってください。」
「あらあら、それは腕が鳴るわね。」
「ハ、ハル。助けて。」
助けを求めてハルに向かって手を伸ばした。どうやらハルは巻き込まれた側として、連れていくつもりは無いようだ。ハルは一歩前に出る。
「僕も一緒に教えてもらっても良いですか?冒険者として料理ができるに越したことはないと思うので。」
「やる気のある若者は歓迎だよ。でも、優しくはしてやらないからね。」
「う、裏切り者。」
すでに諦めたような目をしているヤロさんとは対照的に、最後までフリュールさんはあがく。しかし、エアルさんの手から抜け出すことは叶わず、みんなで料理の授業を受けることになった。
ちなみに、あまりの厳しさにフリュールさんとヤロさんは疲労でかなりやつれてしまっていた。多少の料理の心得があってよかった、とハルは心底思ったのだった。
第8話いかがだったでしょうか。料理が苦手でもネットで出てくるレシピ通り作ればそれなりにおいしくできるので、現代ではメシマズってかなり珍しいんじゃないかと思います。感想・評価・誤字訂正など全部お待ちしております。
次回更新は3/6(月)になります。読んでいただけたら嬉しいです。