第5話 腕相撲大会
勇者の過去を聞いたが、ハルにとっては衝撃の事実が多かったようだ。
「うんうん、ちゃんと指定通りに採取できてるね。あれ?これは似てるけど違う薬草よ。」
「え、違うのが混じってましたか?」
「ほら、ここよく見て。こっちはとがってるけど、本物は丸くなってるでしょ?」
「本当だ、知りませんでした。ありがとうございます!」
今日もハルは簡単な薬草採取依頼を受けて、森にて採取を行っていた。ある程度採取したので、それを冒険者ギルドに提出していた。
どうやら受付のお姉さんによると、薬草の見間違いがあったらしい。けれど、それで別に減点になったりするわけではなく、正しく提出出来た分だけがカウントされる。ただし、間違えすぎていた場合はその限りではないらしいが。
ちなみにこの受付のお姉さんはハルが冒険者に登録するときからお世話になっている人でもある。どうやらこのお姉さんも受付になって日が浅いらしく、同じく新人であるハルのことを目にかけてくれている。
「これで依頼達成ね。……これが報酬よ、確認して。」
「1、2、3、……うん、確認しました。」
「はい、お疲れ様。今日はもう宿に戻るの?」
「そうですね、宿でご飯を食べてゆっくり休もうと思います。またよろしくお願いします。」
「それじゃ気を付けてね。」
お姉さんは笑顔でひらひらと手を振ってくれたので、ハルも笑顔でそれに応えた。そのまま冒険者ギルドを後にする。
残された受付のお姉さんはそのままバタンと机に突っ伏した。
「あー。ハル君かわいすぎでしょ。」
「本当にそうね。ねえねえ、私と担当代わってくれない?」
「先輩の担当は髭に筋肉にすごいですもんね。絶対に嫌です。」
のそりと顔だけ挙げて、受付のお姉さんは先輩の質問に答える。
冒険者になるような者は基本的に腕っぷしに自信があるような男が大半だ。もちろん魔法を使える女性だったり、ハルと同じくらいの年齢の子供だっているにはいるが少数。貴重な癒し枠として、ハルは実は冒険者ギルドの職員の中ではとても人気なのだった。
宿屋の扉を開けると、中から歓声が聞こえてきた。どうやら食堂の方で何かをしているようだ。ハルは気になってひょこっと食堂の方に顔を出してみる。
食堂ではまるでけんかをするかのように机が隅の方に片付けられている。しかし、一つだけ、食堂の中心におかれている机がある。そこでは屈強な男が二人向かい合っていて、その周りを囲むように観客の人間がいるようだ。
何が始まるのだろうかと見ていると、男二人が「ダンッ」と勢いよく肘を立てた。そのままがっしりと手をつかむ。
おそらく審判の人だろう。もう一人観客から出てきて、二人が握っている手の上に自らの手を置いた。審判の人が手を上げると同時に、二人の腕に力が込められたのが分かった。しばらく拮抗していたのだが、徐々に一方が押していき手の甲が机につく。その瞬間、周囲が今まで以上に沸き上がった。
「おら、勝者は見ての通りだ!これで決勝進出者は決定だ!どっちに掛けるんだお前ら!」
どうやら冒険者たちが集まって腕相撲大会を開いていたようだ。しかも決勝ではどうやら賭けも行うらしい。だが、冒険者が口々にかける方を叫ぶのだが、その名前は一種類しか聞こえてこない。
「おいおい、誰か大穴に賭ける奴はいねえのか?これじゃ賭けにならねえぞ。」
「じゃあお前が賭けろよ!」
「やだね!俺は勝てない勝負はしない主義なんでな!」
どうやら勝ち上がった冒険者だろう。ものすごく腕の太い、屈強な冒険者が机の前に立つ。
しかし、その風格のある姿を見ても、誰もその男の名前を呼ぶ人はいない。人々が口にしている名前「ウェール」。それは誰もが知る勇者の名前だったからだ。もう一人の決勝進出者は何と、元勇者だったらしい。いや、そもそもどうして参加しているのだろうか?
プラプラと軽く手首の準備運動をしながら、ウェールさんは机の前に立って肘をついた。
すると相手の男が不敵に笑う。
「元勇者が何だってんだ。いいか、お前ら!俺様はここでこいつに勝って、A級冒険者になってやるからな!」
相手の男も肘をついてがっしりとウェールさんの手をつかんだ。先ほど審判をしていた男が、二人の手の上に手を置いた。その瞬間、男はにやりと笑った。
まだ始まっていない。しかし、男が思いっきり力を込めたのが傍目にも分かった。
しかし、ウェールさんは微動だにしていない。それに男は驚いたような顔をする。審判の人が始まりを告げて、手を離した瞬間。
すでに勝負は終わっていた。大きな音とともに男の手の甲をウェールさんは机に押さえつけていた。なすすべもなく敗れた男は信じられないというような眼をしている。
「まだまだ鍛練が足りていないな。勝てない相手に策を要するのは悪くないが、せめてルールの範囲内にしておくべきだ。そうでないと、負けた時によりみじめになるぞ。」
「優勝は"元勇者"ウェール!」
宿屋の食堂に歓声が響き渡った。それに応えるようにウェールさんは右手を大きく天に突き出した。そのパフォーマンスに周囲はより一層沸き立つ。
ハルもパチパチと拍手をする。"元勇者"と言ってもウェールさんは引退してすでに数十年経っているはず。それなのに、あんなに強そうな冒険者を圧倒するなんて、ハルには「すごい」以外の感想が出てこなかった。
「そんじゃ、エキシビションマッチといこうかね。」
冒険者たちの熱はいまだに収まっていなかったというのに、どうしてかその声だけはその場にいた全員の耳にきちんと入った。
腕相撲をしていた机に肘をついて、ウェールさんの方に視線をやる女性が一人。
宿屋のおばちゃんにして、元勇者パーティのエアルさんが、視線でウェールさんを挑発していた。
それに応えるように、再びウェールさんは机に肘をつく。そして、ガシッとエアルさんの手をつかんだ。
「突如始まったエキシビションマッチ!お前らはどっちに賭ける!?」
「俺は姐さんだな。」「いや、さすがに元勇者だろ。」
先ほどとは異なり、賭けも五分五分。どちらが勝つのか誰にも分かっていないようだ。ハルもどちらが勝つのか全く分からない。
入り口付近に立って成り行きを見守っていたハルの隣に近づく影が一つ。そちらの方を見ると、元聖女にしてウェールさんの奥さんのプリマヴェーラさんだった。
「もう、本当に血の気が多いんだから。」
「と、止めなくて良いんですか?」
「どうせ止めてもやめないわ。」
すでにプリマヴェーラさんは諦めてしまっているようだ。すでに観客モードに移行してしまっている。なので、ハルもプリマヴェールさんに一番聞きたかったことを聞いてみる。
「どっちが勝つと思いますか?」
「どっちだと思う?」
逆に質問で返されてしまう。だが、その表情と口ぶりから、この腕相撲がどうなるのかすでに分かっているように見える。
どちらが勝つかをうんうんと悩んでいるハルに対してプリマヴェーラさんは微笑みかける。
「すぐに終わるから、目を離さない方が良いわよ。」
プリマヴェーラさんの助言を受けてハルは目を凝らす。そして、先ほどまでと同様に審判の人が開始の合図を告げた。
二人とも歯を食いしばり、思い切り力を込めたように見える。次の瞬間、非常に大きな音が鳴り響いた。
二人の手の位置は動いていない。ただ先ほどまでと異なるのは、腕が"宙に浮かんでいる"ことだけ。
その場にいた全員の視線が壊れた机に注がれた。そんな中プリマヴェーラさんは不敵に笑う。
「ほらね。」
本当に決着は一瞬だった。いや、決着はつかずに引き分けだったのだが。
第5話いかがだったでしょうか。実際に腕相撲で机が壊れることってあるんですかね?感想・評価・誤字訂正など全部お待ちしております。
次回更新は2/13(月)になります。読んでいただけたら嬉しいです。