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第2話 おばちゃんの正体

宿屋のおばちゃんはあっという間に巨大な魔物を倒してしまう。その強さの秘密を探るため、ハルはおばちゃんの手伝いを申し出る。


(今日はフリーだ。何しようかな。)


 先日のボスイノシシ討伐によって報酬を得たハルは冒険者になってから初めての休養日を迎えていた。いつもより遅い時間の朝食をとり、少し部屋でゆっくりしてから宿を出る。特に予定を決めずに外に出たので、気ままに町をぶらぶらしようかと考えていたところ、宿屋のおばちゃんが裏で洗濯をしているのが見えた。

 

「おはようございます。今日の朝食もとてもおいしかったです。」

「ん?ああ、あんたは確か新人の……名前は何だったっけ?」

「ハルと言います。」

「そうそう。ごめんね、客が多いから覚えるのに時間がかかるんだよね。ハル……、よし、覚えた。」


 確かにこの宿屋は利用者が多い。屈強な冒険者の中で細身のハルは大分目立つ存在ではあるので、おそらくおばちゃんもすぐに覚えることができるだろう。

 

 予定も決まっておらず、手持無沙汰だったハルはちょうどよいとばかりにある提案をした。

 

「あの、手伝いをしても良いですか?」

「なんだい、今日は休みなのかい?休みを有意義に過ごすのも冒険者の資質の一つだよ。」


 ハルが手伝いを申し出たのには理由がある。それはこのおばちゃんの強さの秘密(・・・・・)を探るためだ。

 ボスイノシシを一撃で倒したあの攻撃。ただの宿屋のおばちゃんがあんな強さを持っているなんて非常識。きっと何か秘密があるに違いない。

 そう思ったハルは手伝いをしながらその秘密を探ろうとしたのだ。

 

「分かった。じゃあ手伝ってもらおうかな。まずは洗濯。宿屋の部屋からベッドのシーツをはいで持ってきてもらえるかい?」

「分かりました!じゃあ行ってきます。」


 元気な返事を返してハルは宿屋に向かって走りだした。空いている宿屋の部屋からベッドのシーツを一枚ずつはいでいく。数枚はいだところで、持ちきれなくなったので一度おばちゃんの所に戻ることにする。

 

 戻ったハルは驚愕して顎が外れそうなほど口を大きく開けることになった。

 

 そこにはすでに洗い終わった(・・・・・・・・・)シーツが十数枚と干されてあったのだ。もちろん、先ほどまではシーツなんて一枚もなかったはずだしシーツを洗うための大きな桶なんかも出されてなかった。

 

 もしかしたら今のハルが持っているシーツを足すとすべての部屋の分になるのではと思うほど。

 

「ありがとうね、それも洗っておくから。」


 いつの間にか隣にいたおばちゃんがハルが持っているシーツを軽々と抱える。そして、目にもとまらぬ速さで水の入った桶に突っ込まれた。そして、手早くシーツが洗われていき、水を吸って重くなっているはずの大量のシーツを抱えてあっという間に干されていく。

 

 これが"無駄に洗練された無駄のない無駄な動き"というやつだろうか。いや、洗濯は無駄ではないから、単純に無駄に洗練されているだけだろう。そんなことを考えながらボーっとしているハルの肩をおばちゃんはたたいた。

 

「ほら、ボーっとしてる時間はないよ。次は掃除だ。端から順に掃除していってくれるかい?」

「はい!」


 まだおばちゃんの秘密を探れてはいない。それに体力的にもまだまだ余裕がある。掃除では良いところを見せてやるとハルは意気込んだ。

 

 端の部屋をハルは掃除していく。まずはほうきで掃き掃除をする、それから濡れた雑巾を使って床に机に丁寧に拭いていく。ようやく終わって次の部屋に移ろうと部屋の扉を開けると、部屋の前におばちゃんが立っていた。

 

「随分丁寧に掃除してくれたんだね。こんなに時間がかかるなんて。他の部屋はもう済んじまったよ。」

「え?」


 再三言うように、この宿屋は割と繁盛している。それはつまり、そこそこの部屋数があることを意味している。この部屋以外にもたくさんの部屋があったはずだが。ハルは疑問に思って隣の部屋の扉を開けて、中を見る。

 

 次の瞬間、ハルは膝から崩れ落ちた。

 

「ど、どうやったらあの短時間でこんなにきれいにできるんだ……?」


 その部屋はハルが丁寧に掃除したあの部屋よりはるかにきれいに掃除、いや磨かれていた(・・・・・・)。窓の外からの太陽光を受けて、部屋の中が光り輝いている。あまりの衝撃から立ち直り、おばちゃんの方を見る。おばちゃんは先ほど俺が掃除した部屋から出てきた。その手にはいつの間にやら掃除道具が握られていた。

 

「ちょっと細かいところができてないね。まあ、経験もないんじゃしょうがないよ。ガサツなやつが多い冒険者の中ではよくできてたよ。」


 どうやらほかの部屋と同じレベルの掃除をこの短時間で行ったらしい。あまりの衝撃にハルは再び膝から崩れ落ちた。

 

 

 

 

 これは手伝ってもおばちゃんの邪魔になるだけだと判断したハルは、もう率直に質問してみることにした。

 

「あの、あなたは一体何者なんですか?」

「どういうことだい?」

「いえ、ボスイノシシを一発で倒す実力といい、宿屋の業務を目にもとまらぬ速さで終わらせるなんて、絶対にただものじゃないじゃないですか。」


 ハルの言葉におばちゃんはようやく得心したという顔をした。

 

「そっか。あんたはこの町に来たばかりだから知らなかったんだね。あたしの名前はエアル。そこそこ有名なんだけど、知らないかい?」


 エアル。その名前にハルはもちろん聞き覚えがあった。

 

 それは子供のころ読んだ絵本の話。暴虐の限りを尽くす魔王を討伐するために集まった最強の"勇者パーティ"。そのパーティには全員二つ名があるのだが、エアルとは"戦乙女"の二つ名を持つ女性。身の丈ほどの大きさの斧を両手に持ち、最前線で敵を破壊していく圧倒的な力を持った女性。

 

 ハルも絵本で勇者パーティのことを知ってから、このような女性に憧れを持っていた。まさか、その憧れの女性が目の前にいるなんて。

 

 ハルは尊敬の念をもって、おばちゃんの方を見る。ふっくらとした体形に、割烹着。手には掃除用具、顔にはいくつかしわが入っていて年を感じさせる。おばちゃんは得意げな顔をしているが、絵本に書いてあった姿とは変わり果ててしまっているその姿に、ハルはどう反応すればよいのか分からなくなってしまった。

 

「あんた……、お仕置きを受けたいのかい……?」

「はっ!す、すみませんでしたーーーー!」


 

 

 

 

「あいつと会うのも久しぶりだな。」

「そうね。エアルちゃん、元気にしてるかしら?」

「大丈夫だろ。あいつが病に臥せっている姿なんて全然想像できないだろう?」

「ふふふ、そんなことになってたらきっと魔王の仕業ね。」


 一組の男女が仲よさそうに笑いあう。おばちゃんの営む宿屋に、また新たな客が訪れる。


第2話いかがだったでしょうか。実は宿屋のおばちゃんは元勇者パーティの一員だったようです。でも、どんなに強くても人間って年には勝てないものなんですよね。感想・評価・誤字訂正など全部お待ちしております。


次回更新は1/23(月)になります。読んでいただけたら嬉しいです。

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