第15話 どたばた結婚騒動
宿屋にサキュバスが現れた。
「おはようございます、ヴァラさん。」
「うん?ああ、おはよう、ハル。」
食堂で配膳をしていたヴァラにハルは挨拶をした。ヴァラが宿屋にやってきて数日、特に問題が起きることもなかった。あくまで、ハルの知っている範囲では。
夜中に男冒険者と外に出ようとしていたのをおばちゃんに捕まってしまっているなんてことを、寝ていたハルは知らないのだ。
ハルもヴァラが運んできた朝食を口に運ぶ。いつも通りおいしい。
朝食を食べていると、急に宿屋の入り口の方が騒がしくなった。いつの間にやらおばちゃんが食堂の入り口から騒がしい方を覗いている。
「頼む、エアル!かくまってくれ!」
大きな男の声。どこか聞き覚えのある声にハルも視線を移した。すると入り口からかすかに見えたのは、大きな男と小柄で耳のとがった女性。
元勇者パーティのヤロとフリュールであった。
「とりあえず落ち着きな。一体何があったって言うんだい?」
「実は……シュクシュさんに追われてるんだ。」
「シュクシュ?それって確か。」
おばちゃんは"シュクシュ"という名前を聞いて、エルフのフリュールの方に視線を向けた。まるで他人事かのような表情でフリュールは首を縦に振る。
「私のお父さん。」
どうやらシュクシュはフリュールの父親であるらしい。彼らがそんな人に追われている理由がどうしても気になってハルは耳を傾けた。
しかし、おばちゃんはその理由に検討がついていたようだ。
「ということは、あんたたちもしかして……?」
「ああ。お前の想像している通りだ。」
「そうだったのかい。おめでとう。」
"おめでとう"?何かめでたいことでもあったのだろうか?いや、だとしても父親が追ってくる状況なんて。
そこまで考えてハルはハッと気づいた。
「俺はフリュールと結婚する!」
大きな声で宣言したヤロに、周りにいた冒険者たちは指笛を吹いて騒ぎ出した。それは多少のからかいの意味合いもあったのかもしれないが、誰もがそれを祝福しているようだ。
ハルもパチパチと拍手して祝福する。確かに前会った時も仲が良いとは感じていたが、結婚をするとは。
冒険者は命を懸ける職業。そんないつ死ぬとも分からない状況では結婚する人は少ないのだ。もちろん、結婚を機に引退するという人もいるのだが、全体で見ればそれは少数派だろう。
「で、シュクシュに追われてるってことは反対されてるのかい?」
「そうなんだ。『娘さんを俺に下さい!』って言ったら、特大の魔法をぶっ放されちまった。シュクシュさんの頭が冷めるまで隠れていようと思っていたんだが、なんと追いかけてきたんだ。それで逃げてここまで来たってわけだ。」
「かくまうのは別に構わないけど……。」
「一度ぶっ飛ばすのが良い。」
困ったように頭をかくエアルと対照的にフリュールは物騒な発言をした。
おそらくヤロも本気を出せばそのシュクシュという人もきっと倒すことができるのだろう。それをしないのはきっと、結婚相手の父親で将来的にお義父さんになる人だからだろう。
もしかしたらフリュールも魔法で対抗しようとしたのかもしれない。けれど、それをヤロが止めて逃げた。そんな光景がハルの頭には浮かんだ。
依頼を受けるために冒険者協会へとハルは向かうのだが、その道中、ハルは見てしまった。道行く人に何かを訪ねる一人のエルフの姿を。
「私の娘を知りませんか!?フリュールという名前のエルフなんですけど。」
「えっと、ごめんなさい。」
あまりの剣幕にその人から離れようと、ぽっかりと穴が開いているようだ。そのエルフはハルにも気づいて近づいてくる。
「娘を!娘を知りませんか?」
「ええと。知りません。ごめんなさい。」
ハルも一言謝って去ろうとする。わざわざその所在を言う必要はないと判断したからだ。いずれ知ることになったとしても、それはハルのせいではない。
しかし、去ろうとするハルの肩をそのエルフはガッとつかんだ。
「君、何か知っているね。嘘をついている気配がする。」
「い、いや。そんなことないですよ。」
一体どうして気づいたのだろうか。ハルはさらに動揺してしまう。その動揺をつくかのように、エルフはハルに詰め寄った。
「私の名前はシュクシュ。フリュールの父だ。フリュールを知っているのだろう。」
「いや、それは、えっと。」
「教えたくないというのであれば、相応の手段に出るまで。」
そういうと右手に炎の球を作り出し、ハルの目の前に持ってくる。どうやらフリュールと同様に父親のシュクシュも魔法が得意らしい。
ハルはなすすべなく、その脅迫に屈してしまったのだった。
「フリュール!やっと見つけたぞ。」
「お父さん。」
「シュクシュさん!どうしてここが?」
シュクシュの姿を見たヤロとフリュールは驚いたように目を見開いた。後ろで隠れるようにしているハルの姿を見て、二人はシュクシュに冷たい視線を送る。
「もしかして。脅した?」
「そ、そんなことはしていない。それよりフリュール。早く二人でエルフの里に帰るぞ。」
やたらと"二人"を強調してシュクシュは言った。そして、フリュールの腕をつかもうとしたところ、ヤロがフリュールを守るように前に出た。
「お義父さん、俺に娘さんをください。」
「君に"お義父さん"と呼ばれる筋合いはない。私は絶対に結婚なんて許さない。そこをどくんだ。さもないと……。」
ハルに対してしたのと同じように、魔法を掌の上に浮かべる。ここは宿屋の中、さすがにまずいと思ったのか、ヤロさんは身構えた。
「宿屋を壊す気かい?たとえフリュールの父親でもそれは見過ごせないね。」
宿屋のおばちゃんは、たとえ戦友の父親でも容赦はない。頭上に落とされたげんこつに対して全く反応できなかったシュクシュは痛そうに頭を抱えた。
「まったく。フリュール、ちゃんと言わないからこうなるんだよ。ほれ、言ってやんな。」
「分かった。」
エアルの言葉に、フリュールは一歩前に出て、父親のシュクシュの正面に立った。
「私はヤロが好き。だから結婚する。」
「ぐっ、ぐはあああああ!」
シュクシュはフリュールの言葉に衝撃を受けたように膝から崩れ落ちた。さらに追い打ちをかけるように、フリュールは言葉を紡いだ。
「それと、お父さん、嫌い。」
「な、なん……だと……。」
ついには倒れこんでしまった。どうやらフリュールのKO勝ちのようだ。こうして、ヤロとフリュールの結婚騒動はいったん終わりを迎えた。目を覚ました後、再びひと騒動あったのだが、それもすぐにエアルによって鎮圧されてしまった。
翌日、ショックを受けとぼとぼと帰ろうとするシュクシュにエアルは声をかけた。
「あんたもしばらくここに滞在したらどうだい?ヤロとフリュールももうしばらくここに泊まるみたいだし。エルフの里もなんだかんだ言って遠いんだから。」
「フリュールと一緒に入れるのか。ありがとう!」
フリュールは嫌そうな顔をしているが、ヤロは逆にシュクシュに納得してもらえるように頑張ろうと張り切っている。
宿屋がまた騒がしくなる瞬間であった。
第15話いかがだったでしょうか。勇者ウェールは聖女プリマヴェーラと、大盾使いヤロはエルフの魔導士フリュールと。つまり宿屋のおばちゃんエアルは……。感想・評価・誤字訂正など全部お待ちしております。
今までは月・金曜日に更新していましたが、4月から忙しくなるため定期的な更新が難しくなりそうです。申し訳ありません。来週は特に忙しいため、次回更新は4/10(月)になります。読んでいただけたら嬉しいです。




