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第14話 宿屋に近づく不穏な影

町にドラゴンの季節が訪れた。


「うー、お腹減ったわね。」


 道もない草原。夜も更けてきて辺りも真っ暗だというのに、一人の女性が歩いている。その足取りがふらついているのは、単に彼女のお腹が空いているからだ。

 

 さまよっている彼女は何か(・・)を感じ取った。

 

「この感覚。あっちに美味しそうなものがある。……じゅるり。」

 

 思わずあふれ出たよだれを彼女は慌ててぬぐう。

 

 彼女はその何かにつられて、歩みを速めた。彼女の行く先には一つの町がある。かなり大きな町だ。そして、彼女が感じ取ったそれをより一層強く感じるのは、町の中にあるとある宿屋(・・・・・)であった。

 

 当然だがこんな夜中なので町の中も明りはほとんどない。しかし、彼女は吸い寄せられるようにまっすぐとその宿屋へ向かう。

 

「ここならいっぱい補給できそう。それじゃあ、いただきます。」

 

 

 

 

「ふゎーわ。」

 

 朝。ハルはあくびをしながら部屋を出て階段を下りる。食堂に行こうとすると、宿の受付の隣に見慣れないものが見えた。

 

 それは、星座をしている綺麗な女性。予想外の出来事に、ハルは一気に眠気が吹き飛び覚醒した。

 

 その女性がすがるようにハルの方を見る。その目には涙が浮かんでおり、「助けてあげなくては」とハルは思った。

 

「こら、魅了を使うんじゃないよ。」

「い、いたっ!」

 

 おばちゃんが軽くその女性を小突いた。しかし、その拳は見た目以上の威力があったようで、女性は思わず頭を抱えてしまう。

 

「エアルさん、おはようございます。えっと、その女性は?」

「こいつは夜中に宿に侵入してきたんだよ。そんで、宿の男どもの部屋に行こうとしてたのを私が捕まえたのさ。」

 

 夜中に侵入してきたということはもしかして強盗だろうか?こんな綺麗な女性がそんなことをするようには見えない。

 

「だって、おいしそうなものがたくさんあったから。」

 

 おいしそうなもの?何だか話がかみ合っていない気がする。強盗だとしたら金目の物を狙っているはずでは?そういえばさっき、"魅了"とか言ってた気が。

 

「こいつはサキュバスっていう魔族だよ。淫魔とかとも言われているね。男の精気を食い物にしてるのさ。」

「サキュバス、ですか?」

「そうさ。さっきハルもこいつを『助けなきゃ』とか思っただろ。それはこいつの魅了さ。魔法というよりはこの種族が持つ特性みたいなものだよ。」

 

 ハルはその事実に驚愕する。知らぬうちに、サキュバスの掌の上にいたというのだから当然だ。そうやって指摘された今でも、助けてあげたい気持ちがわいてきてしまう。

 

「まあ、単にハルが優しすぎるだけかもしれないけどね。」

「ふっふっふ、男なら誰も私の魅力には逆らえないのよ。」

「調子に乗らない。」

「ふぎゃ!」

 

 再びおばちゃんの拳が飛ぶ。どうやら侵入してきて男性の精気を食べようとしたところ、おばちゃんに捕らえられてこうやって正座させられているということなのだろう。しかし、この女性には反省の色が全く見られない。

 

「だって、こんなに精気が集まってるところ、私我慢できないわ。」

「確かに、ここは冒険者が集まる宿だから、精気には困らないだろうけどね。けど、だからと言ってうちの客に『はい、どうぞ』って言うわけにはいかないんだよ。」

「同意の上なら良いのよねぇ?」

 

 そして、その女性はハルの方を見る。

 

「ねぇ、君。この後時間あるかしら?お姉さんにちょこっとだけッ!」

 

 三度拳が振り下ろされる。今回の拳は先ほどまでより強かったようで、今までよりはるかに痛そうに頭を抱えた。

 

「いい加減にしな。痛い目に合わないと分かんないのかい?殴るよ?」

「もう殴ってる!もう殴ってるから!」

 

 必死に主張するも、おばちゃんが握りこぶしをちらりと見せると、彼女は黙ることしかできなくなってしまった。

 

「ハルもこいつの誘いに乗らないようにね。サキュバスにとっては捕食(・・)なんだから、命ごと座れるかもしれないよ。」

「そんな野蛮なサキュバスと一緒にしないでもらいたいわね。」

 

 サキュバスの彼女はおばちゃんの言葉を即座に否定した。

 

「確かに私にとって、食事(・・)であることは正しいわ。でも、愛をはぐくんでお互いに楽しむのも重要なのよ。人間にとって食事するシチュエーションが大事なのと似たようなもの。私は決して命を奪うような真似はしないわ。」

 

 何かプライドのようなものが彼女にはあるようだ。ハルはそういう会話に慣れていないので、顔を赤くしてうつむいてしまっている。

 

 ちなみに、こんな会話をしているが、まだ朝食前というあまりに早い時間であるということを忘れないでほしい。ハルは心底そう思った。

 

 

 

 

 依頼を終えたハルは宿屋への帰途につく。冒険者としては決して多い稼ぎではないが、宿代に加えてほんの少し貯蓄できるくらいの稼ぎだ。

 それでも、肉体労働であることに変わりはない。疲れた体をおいしいごはんとふかふかのベッドで癒したくて、足取りが早くなった。

 

 宿屋の扉を開ける。すると、そこには。

 

「あれ、君は今朝の。確かハルだっけ?」

 

 朝におばちゃんに反省させられていたサキュバスがそこに立っていた。ハルは思わず身構える。なぜなら、すでにおばちゃんの説教を受けて出て行ったものと思っていたからだ。

 

 食堂の方からおばちゃんがひょっこりと顔を出した。

 

「ああ、ハルかい。お帰り。」

「エアルさん、この人は?」

「ほれ、自己紹介しな。」

 

 おばちゃんはサキュバスに向かって指をくいっと曲げて、自己紹介を促した。それを受けて、サキュバスはハルの方に向き直る。

 

「サキュバスのヴァラって言うの。今日からこの宿で働くことになったから、よろしくね。」

「働くって、ヴァラさんって魔族なんですよね?危なくないんですか?」

「別にサキュバスだからといって精気を吸わないと生きていけないわけじゃないんだ。普通の食事で十分生きていられる。で、行く当てもなくさまよってるらしいから、あたしが引き取ろうと思ったわけさ。」

 

 おばちゃんからすると迷子を保護する感覚なのだろう。魔族の従業員なんて宿屋の評判を落とさないだろうか、とハルは少し思ったのだがその不安はすぐに払しょくされた。

 

「おーい、ヴァラちゃん!酒のおかわりを頼むよ!」

「分かったわ。すぐに持ってくわね。」

 

 どうやら従業員に魔族がいるというのは気にならない客ばかりのようだ。それはヴァラが美人であるのもきっと関係しているのだろう。

 

 また癖の強い人(?)が現れたものだ。これからもきっとこの宿屋にはそういう人たちが集まっていくのだろう。ハルはしみじみとそう感じた。


第14話いかがだったでしょうか。新しく従業員が現れました。感想・評価・誤字訂正など全部お待ちしております。


次回更新は3/31(金)になります。読んでいただけたら嬉しいです。

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