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第1話 宿屋のおばちゃんは最強です

初めまして、日野萬田リンと申します。最強の宿屋のおばちゃんを中心にしたテンポ重視のコメディ小説を目指します。ただ、第1話は導入のためコメディ色薄めの少し長めになっています。


 とある宿屋の食堂。今日もそこで、多くの冒険者たちは酒を飲み大騒ぎをしている。上京してきたばかり、まだ冒険者になりたてのハルはそんな雰囲気にまだなじむことができず、一人でおいしい食事を堪能していた。


(おいしい……。村にはこんなにお肉を使った料理なんてなかったし。ギルドの職員さん、良いところ教えてくれたな。)


 冒険者の客が多いため騒がしいのが玉に瑕だが、料理は非常においしい。それに先程自分の部屋をのぞいてみたところ、とてもきれいにされていて居心地のよさそうな部屋だった。それなのに、料金がそこまで高くないのには理由がある。それはこの宿が冒険者割引を行っていることだ。最初から客層を冒険者に絞ることで、採算をとっているのだろう。

 しかし、荒くれものに近い冒険者が多いということは……。

 

「あん!?てめえ、俺のことをチキンって言ったか!」

「は?イノシシの群れなんぞに尻尾を巻いて逃げる奴なんか、チキン以下だぜ!」

「この野郎!」


 怒った冒険者が強く机をたたく。「ばんっ!」という大きな音が食堂に鳴り響いた。


「おいおい、喧嘩か?」

「おもしれえ。おい!どっちが勝つか賭けしようぜ!」

「飯がまずくなんだよ!表でやりやがれ!」

 

 どうやら冒険者たちにとっては日常茶飯事であるようだ。慣れたように周囲はヤジを飛ばし、わざわざ机を動かしてスペースを作ろうとする者すらいる。騒ぎの中心の二人は強面の顔を突き合わせてにらみ合っている。酒を飲んでいないハルは一人冷静にその様子を観察していた。

 そしてついに、しびれを切らした冒険者がとびかかる。もう一人も負けじと首元をつかみ、押し返そうとしている。

 

「いいぞ!やれ!」

「おい、押されてんじゃねえか!」

(このままだと、宿に迷惑がかかっちゃうんじゃ……。)


 心配してハルは周囲を見渡す。宿屋の従業員では喧嘩を止めることはできないだろうが、それでも一応言っておくべきだろうか。こんな時に、止めることが出来るだけの力がないことが嘆かれる。そう、まだ冒険者になりたてのハルは実力でいえば最低クラス。この場にいるどの冒険者よりも弱いのだから。


「のわっ!」


 大きな声といっしょに、冒険者が吹き飛ばされる。吹き飛ばされた先は不運にも、避難させた机が置いてある場所だった。冒険者の体が勢いよくぶつかり、「バキッ」という何かが折れた音が周囲に響く。

 その瞬間、先ほどまであれだけ騒いでいた冒険者たちが静まり返った。急に酔いがさめたかのように、みんながみんな「あっ」と言うように大きな口を開けている。特に当事者である喧嘩をしていた二人の冒険者の顔は完全に青ざめてしまっていた。

 何が起こったかわからず、ハルは困惑する。誰もが動かない静かな食堂の中で、きょろきょろと周囲を見るハルは異質な存在だった。周囲を見渡していたはずなのに、ハルは気づかなかった。いつの間にか、喧嘩していた二人の冒険者の背後に立つふくよかな"おばちゃん"の存在に。

 

「別に喧嘩したりするのは構わないよ。冒険者だし、血気盛んなのは理解してる。けど、うちの備品を壊しちまうなら話は別だ。」


 "おばちゃん"と形容するのが一番ふさわしい彼女は笑顔ではある。けれども、その体から放たれる威圧感はあまりに圧倒的でハルにとっては初めての経験だった。

 

「「すみませんでした!」」

 

 先程まで喧嘩していた二人の冒険者が、そろっておばちゃんに向かって土下座する。しかし、おばちゃんは黙ったまま何も言わず、ただ異常な威圧感を放つのみ。その顔をじっくり見て、ようやくハルは思い出した。このおばちゃんは確か、宿の受付もしてくれた人だ。その時は「優しそう」くらいしか印象がなかったが、今となっては「冒険者を黙らせるほど恐ろしい」にその評価を変えていた。宿の従業員にも関わらず、お酒が入って暴れている冒険者を黙らせるほどの人物。一体彼女は何者なのだろうか。

 

 

 

 

 翌日、屈強な男たちが跋扈する冒険者ギルドにて、ハルは自分でも受けることが出来そうな簡単な依頼を探していた。

 

(薬草採取の依頼か……。この薬草なら村の近くにも生えてたやつだし、僕にも出来そう。よし、この依頼を受けよう。)

 

 ハルは依頼票をびりっと破る。そして受付へ持っていこうとした瞬間、ギルドの入口の扉が勢いよく開かれた。その大きな音に驚いた冒険者たちは全員音の方向を見る。そこには息を切らした男が一人。

 

「た、大変だ!東の森にボスイノシシが出やがった。この町に向かって来てやがる!」

「あん?イノシシくらいてめえで何とかしやがれ!」

「でかすぎんだよ!このギルドの建物くらいの大きさだ!あんな奴の突進を受けたらひとたまりもねえ!」

 

 男の言葉にギルド内で衝撃が走った。ギルドの建物は二階建てになっていて、この町の中でも大きい方の建物だ。それに近いサイズのイノシシなんてハルにはイメージすることすらできなかった。ギルドの奥の方も何だか騒がしそうにしている。どうやら、そのボスイノシシの対処を話し合っているようだ。冒険者たちが騒ぎ始めたころ、ギルドの奥から一人の受付嬢がやってきた。

 

「緊急依頼です!討伐対象はボスイノシシ。」

「報酬は?」

「参加者全員に銀貨10枚!活躍具合によっては金貨1枚まで増やす!」

 

 受付嬢のその言葉に冒険者たちは色めき立った。討伐系の依頼は危険度が高いため報酬が高くなりがちだが、それにしても破格の報酬だ。銀貨10枚あれば、1週間分の宿代を確保できる。

 

 だが、まだ冒険者としての経験の浅いハルだけが気付いていなかった。これだけの報酬を出すということは緊急性が高い上に、危険度が高い依頼だということ。そして、この場にいる全員に依頼を出すということは、速やかに依頼をこなせるだけの実力者が今この場にいないということを意味するのだ、と。

 

 もちろん、ベテランの冒険者たちは気づいている。しかし、たとえ危険であったとしても、ここで日和るようでは冒険者としての名折れ。その場にいるほとんど全員が参加を表明したのだった。

 

 

 

 

「な、なんじゃありゃ!?」

「おいおい、でかすぎんだろ……。」

 

 まだ町を出てすぐのところ。東の森まではまだ距離があるというのに、森の木々の上からのぞくイノシシの顔。冒険者たちはあまりの大きさに、呆然としてしまっていた。ハルも見たことのないサイズのイノシシを信じられないという顔で眺めていた。

 

 運の悪いことに、ボスイノシシはこちらの方、すなわち町の方へ向かってきているようだ。徐々に近づいてきているからか、ドスドスという重たい足音が大きくなってきた。それと同時に、地面が振動で揺れていて、まるで地震が起きたかと間違えてしまいそうだ。

 

「まずい!万が一町に突進されたりしたら、被害は甚大なことになる。まずは誘導して町から離さねえと!」


 経験豊富な冒険者の一人が声を上げる。その声を受けて、素早くその場にいた冒険者たちは動き始めた。

 ハルはというと、どうすればいいか分からず、おろおろとしてしまう。そんなハルを見かねたのか、一人の冒険者が声をかけた。

 

「おい、そこの!やること分かんねえならこっちに手を貸してくれ。」

「は、はい。どうしたら良いですか?」

「ボスイノシシの周りに小さいイノシシがいやがるんだ。誘導班の邪魔にならないように討伐、もしくは誘導するんだ。武器は持ってるな?」


 確認するような先輩冒険者の言葉に、ハルは腰から短剣を取り出した。頼りなさそうなその短剣に先輩冒険者は眉をひそめた。

 

「……まあ良い。小さいイノシシ相手なら命を落とすことはないだろうからな。デカブツの足元にだけは行かないように気をつけろよ。」

「分かりました!」


 ハルは元気に返事をして動き始める。手ごろな石を拾い、小さなイノシシにぶつける。気を引き付けて冷静にイノシシの突進をよける。そして、短剣をイノシシに向けて切りつけた。田舎の村で成長してきたハルはイノシシの対処に関しては手際が良い。

 先ほどの先輩冒険者はそれを見て、称賛するように口笛を鳴らした。そして、自分の方に近づいてきたイノシシを一刀両断した。

 

「やべえ!ミスった!」

 

 うまくいっていたと思っていた矢先、大きな声が鳴り響いた。声の方を見ると、ボスイノシシが今にも突進するような姿勢をとっている。しかも、不幸なことにイノシシは町の方を向いている。当然のことだが、イノシシは走り出してしまえば、向きを変えることはない。

 

「あの方角は……。宿屋だ!」

「まじかよ、それはまじでまずいぞ!」


 そういえばこの辺りは昨日泊まった宿屋が近い。このままボスイノシシが突進しようものなら、町の中心部へ向かって走り出し、宿は踏みつぶされてしまうに違いない。

 

 ボスイノシシが走り始めた。ハルは手を伸ばすもののもちろんそんなのはボスイノシシを止めるには何の役にも立たない。

 屈強な戦士たちでさえ、もう何もできない。万が一あの突進に巻き込まれようものなら、きっと町の反対側まで吹き飛ばされてしまうだろう。

 

「うるさいねえ。こちとら掃除に洗濯、夕食の準備に忙しいんだよ。」


 一人の女性の声が響き渡った。別に大きい声ではなかったはずだが、妙に耳に入ってくる。ボスイノシシの突進の経路上に女性の姿。それは昨日お世話になった宿屋のおばちゃんだとなぜだかすぐに分かった。

 

「危ない!」


 ハルは大きな声で警告する。もうボスイノシシはおばちゃんの目と鼻の先。最悪の未来を想像してハルは目を閉じる。その瞬間、何かが吹き飛ばされるようなすさまじい音が響く。しかし、やたらとその音が重かった(・・・・)のが気になって、ハルは目を開いた。

 

 ハルの目に映ったのは勝ちあげられたボスイノシシの姿。そして、その前で左腕を天に突き上げたおばちゃんの姿。訳もわからずハルは混乱した。

 

 おばちゃんはゆっくりと腕をおろしてから、踏ん張るような姿勢をとる。その姿が一瞬ぶれたかと思うと、おばちゃんは宙に打ちあがっているボスイノシシの頭あたりまで跳び上がった。

 

「よいっっしょ!」


 力強い掛け声とともに、勢いよく右こぶしをボスイノシシの脳天に振り下ろした。ものすごい打撃音とともに、ボスイノシシが地面にたたきつけられて砂埃が巻き上がった。

 

 想定外の出来事にハルはぽかんと口を開けた。他の冒険者たちは何を思っているのだろうか、そろって目をつむり天を仰ぐ。おばちゃんはパンパンと手をたたいて汚れを払った。そして、おばちゃんは冒険者たちの方を向いて指をさした。

 

「あんたら、この程度止められなくてどうするの!ちゃんと鍛えとき!」

「「すみません!」」

 

 宿屋のおばちゃんの言葉に冒険者たちが即座に謝る。それはあたかもきっちりとした上下関係のある先輩後輩かのようだ。おばちゃんはピクリとも動かなくなってしまったボスイノシシに近づいてポンポンとたたく。

 

「こいつの肉は討伐者のあたしがもらうからね。今夜はこいつで鍋を作るから、さっさと帰ってくるんだよ!」


 おばちゃんの声に冒険者たちの歓声が上がった。きっとこの場にいる冒険者たちはあの宿を利用するから、宿の売り上げは非常に高いことになるだろう。いつまでも鳴りやまない冒険者たちの歓声におばちゃんはしびれを切らした。

 

「ほら!あんたらはさっさと解体するんだよ!それまであたしにやらせるつもりかい!?」


 そして冒険者はあまりに大きいサイズのボスイノシシの解体を始めた。ボスイノシシをあっという間に倒したおばちゃんの姿がやけに目に焼き付いている。

 

 宿の方へ帰っていくおばちゃんの姿が妙にハルの記憶に残ったのだった。


第1話いかがだったでしょうか。今話は少し長めですが、次話からはもう少し短くなります。テンポの良い四コマ漫画的なノリを目指しますのでよろしくお願いします。感想・いいね・誤字訂正など全部お待ちしております。


次回更新は1/16(月)になります。読んでいただけたら嬉しいです。

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