第8話
「また管理局に連絡入れないといけないですね」
無情にも閉じている門を背にして家に戻ろうとした瞬間、今まで聞いたことのない轟音が、まるで爆発するかのように鳴り響いた。いや、鳴るというよりはもはやただの爆発だ。それと同時に物凄い衝撃波のようなものが私の体を吹き飛ばした。……え? 吹き飛ばした?
「え、ええええっ!?」
咄嗟にしろさんを抱きかかえるが、それ以外為す術もない。引きこもりの女が受け身なんて取れるわけがないのです。無力にも目を閉じて衝撃に備えるしかできなかったが、地面に衝突する寸前でレーが庇ってくれたようだ。モフりと、柔らかい感触がクッションになってくれる。
「ひいいい! レー大丈夫ですか!?」
伸びてしまっていた。ついでに言うと私が抱きしめすぎたせいでしろさんも気絶していた。なんという死屍累々……。
「おらあ、開けたぞーーー!」
「さっすが兄者だぜ!!」
「ちがう、そうじゃない」
「ばっ、ばかばかばかばかばかーーーー!!!!」
崩壊していく門の向こうからは聞いたことのある声が聞こえてくる。分かっていましたとも。トラブルを持ち込んでくるのは絶対あの二人しかいないってことを。どこからツッコめばいいのだろう。ガツンと一言言ってやろうと声の方に向き直ると、そこには家を優に超えるサイズの黒龍が二体。そしてその背に座る例の2人。これだけ見ると魔王のような気がしてくるのだが、かなり情けない絶叫をしている姿からはやはり威厳などは感じられない。
「と、とりあえず二人はしばらく空にいて!」
「ああ? なんでだよ」
「なんでもいいから!」
「お、下ろして……」
上空でのおしゃべりは終わったようで、暫くすると黒龍は二人を下ろして魔界の空へと消えていった。ぐったりと項垂れるトラブルメーカーたちに歩み寄り、状況説明を求める。
「これは一体どういうことですか?」
「あのぅ……、深いワケがございまして」
「一体、どういう、ことですか?」
「……門を開けてもらおうと思ったら壊れました」
「なるほど?」
暫くの沈黙。
「とりあえず色々と聞くこととやってもらうことがあるので、一旦うちに来てください」
気絶していた二匹は目を覚ましたようで、レーは静かに森の方へと姿を消していった。少しヨロヨロとしている。しろさんも腕から飛び出してレーに続いた。あとで必ず謝りに行こう。
終わった……と呟いている二人を引き連れて家に戻ると、扉の前には王都に勤める国家錬金術師の制服を着た人が一人立っていた。私たちの帰宅に気づくとこちらを向く。知っている人だ。
「やあヘンリー、おかえり」
「なんで貴方がここにいるんですか」
彼はヘクター・ファレル。私と同じ国家錬金術師で、歳も同じくらい。幼少期からよくお世話になった恩人でもあり、口には出さないが兄のような人だと思っている。
更に彼は国家錬金術師でありながら軍にも所属していて、職務に対しては真面目だ。しかし結構自由な身らしく、先程機関部に連絡を入れた時に出たのは彼だったりする。
「どういうことか説明してもらっていい?」
あの連絡の時点で既に怪しまれていたようだったので、一先ず家に上げてヘクターと話をする。自称魔王の少女と、恐らくメデゥーサの少女が突然家出のためにうちにやってきたこと。一旦魔界に帰らせたら、門を破壊して帰ってきたこと。門を破壊したのは一対の黒龍だということ。
「なるほどね。要するにヘンリーは被害者ってことだ」
「全くもってその通りです」
「積もり積もって家出したわけですので、大本の原因は私達をこんな行動に掻き立てた人物だと思うのですが」
「物は言いようだね。でも、だからといって契約を破ってまでここに来ていい理由にはならないよね?」
静かに怒りながら話すヘクターと、正論でビンタされている二人。変わらず微笑みながら私へ顔を向ける。あれ、なんだか私に対しても怒っているような、そんな気がしてならない。
「でもヘンリー、君も彼女らのことを隠したよね?」
先程ゲート管理局に入れた連絡のことを言っているのだろう。確かに詳細は話さなかったけれど、だからといって隠蔽したというわけではない。正体がわからないから突き返したのだから、きちんと仕事はしているはずだ。
「隠蔽なんてしてませんよ」
「仕事の内容、忘れちゃった?」
「え……」
この職に就いてからというもの研究三昧の日々を過ごし、どうせ何も起こらないだろうと思っていた。仕事の内容、詳細は多分あまり覚えていなかったかもしれない。背に嫌な汗が伝う。
「もし万が一、契約の基準を超えるような魔族が門を通った場合は必ず、然るべき部署に連絡を入れること。担当者が来るまで、その場に待機してもらうこと」
「…………」
絶句。カチンコチンに固まった私を見たまっさんとアリーの顔に笑みが宿る。
「あらあらあらぁ? ヘンリーちゃん、やってしまいましたねぇ」
「なんだ、ヘンリーも私たちと同じじゃん」
「一緒にしないでください!」
ミスを犯した私をあちら側に引き込もうと腕を引っ張ってくる。どちらかと言うと引っ張られているのは足だろうか。二人とワーキャー騒ぎながら、必死にヘクターに弁明する。しかしそんな弁明も虚しく、彼は相変わらずの笑顔で無慈悲にも後始末を命じるのだった。
「とりあえず王都には伝えないでおいてあげるよ」
「ありがたや〜」
拝むアリー。
「でも、そんなに猶予はないからね。全壊してるからじきに管理局にはバレるだろうし」
「どうしたらいいんでしょうか……」
項垂れる私。
「だから今すぐ門を直してきてください。貴女ならできますよね、魔王様」
心底嫌そうな表情をするまっさん。ほら、ここにきて自分で吐いた嘘に首を絞められることになるんですよ。
「ええ……」
「自分の蒔いた種は自分でなんとかしてもらわないと。門を直したらすぐ魔界にお帰りくださいね」
「でも私、ルシファーに魔王の座を譲る予定だし……」
凍りつく場。この人、この期に及んで往生際が悪すぎる。ヘクターは呆れたようにため息をつき、アリーの方を向いた。
「魔王様はともかく、そちらのメデゥーサの君」
「あ、私? アリシアでーす」
アリーは相変わらずの気の抜けた反応をする。呑気に自己紹介なんてしてる場合ですか。
「アリシアさんね。多分君このままだと魔界のお偉いさんから指名手配的な扱いを受けるだろうね」
「……ヤバい、それは流石に洒落にならないわ。本当にババアに殺される……」
つい先程まで呑気に笑っていたアリーの顔が一瞬で青ざめる。アリーのお婆さん、そんなに怖い人なのだろうか。
「魔王様もですよ。そのうちあちら側から通行許可申請が来て、貴女を連れ戻しに誰かがやってくるでしょうね」
「うげ……。アスとラスク……」
「強制的に連れ戻されるよりかは自分で帰った方が、後々のことも考えるといいかもしれませんよ。あの時逃げましたよね、なんて言われて仕事が増えるかも」
まっさんの表情も曇る。今名前を上げた二人のことが相当苦手なようだ。
「譲位に関してはこちら側を巻き込まない時にまたやって頂いて。こんな大事件を起こしたんですから、少しは聞く耳持ってもらえるかもしれませんよ」
まっさんは30秒ほど呻く。何をそんなに葛藤しているのだろうか。
「分かったよ……、今回はもう帰る。レヴィとベルを横に置けばあいつらの毒気も少しは抜けるだろうし、なんとかしよう……」
妙に頑固なまっさんの説得に無事成功したヘクターは、少し表情が和らぐ。よかった、と胸をなでおろした直後、1枚の紙を渡された。
「ヘンリーにはこれを持って行ってもらおうかな」
「……これは、一体」
「契約違反に対する、所謂苦情の書面みたいなものだよ。そんなに強く咎めてないから撤回してもらってもいいんだけどね、一応」
「これをどこに」
「もちろん、魔界側の管理部に」
「私が」
「持って行く」
「ドウシテ……」
ガックリと肩を落とす。最悪だ……。ヘクターには人の心がないのだろうか。私はただ巻き込まれただけの被害者だということは理解しているはずなのに、どうして、あんなちっぽけなミスなんかでここまでやらなければならないのだ。
いや、案外ちっぽけではないのかもしれない。私があの時ちゃんと連絡を入れていれば、ゲート崩壊などという前代未聞の大事件は起きなかっただろう。ああ、胃が痛い。アニキ、ヒロキ、みんな、助けて……。
「本来であればここにいる時点でお縄なんだから、かなり優しいと思ってほしいな。ということで、はい行った行った」
家主なのに来訪者に背中を押されて追い出される。勿論まっさんとアリーの二人ももれなく、だ。
「留守番は任せてよ」
ニコニコと笑いながら手を振るヘクター。対する私たちはもはやお通夜状態だ。どんよりと沈んでいく気分。元はと言えば二人が、などと責める気にはもうなれなった。
「とりあえず、門をどうにかしましょう」
先導なんてしたくないが、私より二人の方が腰が重いようで踏み留まっていた。ここに居続けたって意味はないのだから、やらなければ。
「ほら行きますよ二人とも」
「……ババアになんて言い訳しよう。ていうか指名手配なんてされてるのかな。そうじゃなくたってあの龍たちが──」
「行きたくなーい」
「駄々こねないで下さい! 一緒に行ってあげますから!」
私は保護者か、と頭の中でセルフツッコミをしておく。そうでもしないとやってられない。アリーはどうにか生存するための策を考えているようだが、どう考えても八方塞がりだろう。悪いことをした子供が大人に怒られるのは魔界でも同じようだ。向けられる怒りのベクトルが異次元じみていると思うが。
渋りだしたまっさんの手を掴んで門へと向かう。そこには無惨に破壊された門の残骸が。
「で、本当にできるんですか?」
「何が?」
「門の修復ですよ」
「ああそれか。できるよ、ほーい」
まっさんが適当に手を振ると、瓦礫たちが勝手に動き出した。それらは元の形状に戻ろうとしているようで、それぞれの配置に収まっていく。ポカンとした様子で見ていると、まっさんが最後の一言を。
「くっつけー」
バチン、と電気が走ったような音が鳴った後、門は完全に元通りに。あれ、もしかしてこの人本当に本当の魔王……?
「──まじ?」
先に驚きの声を零したのはアリーの方だった。アリーも私と同じようにまっさんのことを本当の魔王だと思っていなかったのだろう。しかし目の前で起こした奇跡にも思える妙技は、彼女の正体を真実たらしめるのに十分だった。その事実に驚きを隠せない。同じ魔族であるアリーが驚いているのだから、この魔法は相当凄いものなのだろう。
「だから最初から言ってるじゃん」
「いやだって、さすがに魔王がこっちに来るとは思わないじゃん……。ていうか本格的にヤバいことになってきた気がする」
「と、とりあえず行きましょうか」
まっさんは苦虫を噛み潰したような顔をして抗議するが無駄だ。道連れにされたのだから道連れにしてあげなければ不公平だろう。私たちは門をくぐって魔界へと足を踏み入れた。
抜けた先には、仁王立ちしている黒髪の女性がいた。髪の色は違うが、顔のパーツなどがアリーに似ている。だが、纏っている雰囲気は途轍もなくピリピリとしていた。
「────」
ちらりとアリーの方を向くと、口を開けることすらできずに愕然としている。
「はあい、そこのカワイイお嬢ちゃん。息抜きは楽しかったかい?」
爛々とした赤い眼光がアリーの心臓を突き刺したように見えた。ひと目でわかった。彼女は正しくメデゥーサであると。