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Aufheben!!  作者: sochanko
第1章
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第7話

 転移魔法でたどり着いた先は、つい十数分前にくぐったばかりの門。あいも変わらず門番はおらず、これ幸いにと押し開けた。……はずなのだが。

「なんで開かないの」

 門はピクリともせず鎮座しているのみ。もしやまた故障か?

ここに来てまさかの詰み。アスと会った街からここまでそう距離は離れていないからあまりグズグズしてもいられない。

「ヘンリーちゃーーん!!!あーーけーーてーー!!!!!!」

 どんっどんどんどんっっ

 もしかして巡回とかしてないかなー!なんて淡い期待を胸に扉を叩き続けるが、現実は無情かな。当たり前だが反応は一切返って来なかった。しかしこうなると本当にまずいぞ。だって行くところがない。人界に行けない以上は魔界のどこかに逃げるしかないわけで。つまりはそれって24時間アスモデウスから逃げ続けるってことだ。そんなの絶対無理、体力持たない。

 他に行くところ、他に行くところ…。

 ぶつぶつと呟きながら門の前を行ったり来たり。天界ってまともなやついないけど、ああ、可能であれば知恵の神よ。どうか今だけ力を貸してください。

「――――――ぁ―」

 風にのってかすかに聞こえた聞き覚えのある声。その声に対し顔面蒼白になりながらちらりと遥か先の道を見ると、あまりにも目を逸らしたくなる現実が迫っていた。豆粒のようなその人物は間違えようもない。アスモデウスの降臨だった。

「あいつ追いつくの早くない本当に勘弁して打開策もまだ立ててないのに」

 開かないものは仕方なし、とりあえず逃亡続行!

 周りを見渡してみると、鬱蒼と茂る森の入り口を見つけた。ひとまずはここでやり過ごして逃亡ルートを確保しよう。




 魔王サタンがアスモデウスと刺激的な再会を果たしている頃、アリシアといえば性懲りもなく呑気に家出を続行していた。彼女が向かった先は実家から少し離れた、魔族ですら入ることを躊躇う迷いの森の最深部。

 なんでここが迷いの森って名前がついたかと言うと、それはまさに彼女が今対面している存在に原因がある。

「これからどうしよかなーーーー。あーあーーあーーーー」

だらりと全身の力を抜き、寝そべっている姿はまさに猫そのもの。ここが迷いの森の最深部でなく、また彼女がベッド代わりにと体を横たえているそれが“黒龍”でなければ少しは微笑ましく見られたのかもしれない。

「バカだな、ちびシア。あのババアから逃亡するなんてよー」

「そうだぜ、ちびシア。おまえおれたちよりバカだぜー」

 しっぽを含め二十五メートルは超えるであろう巨体。全身を覆い尽くす黒い鱗はやや光沢を帯び、光の反射加減によって鈍色に光っているようにも見える。ともすれば神秘的にも見える姿とは裏腹に、どっしりとした四肢から伸びる鋭い爪は赤黒く、異質な禍々しさを放っていた。

 森に入った友人が帰ってこない、森に入ったら二度と出ては来られない、もし仮に生還できたとしても無事では済まない。それこそ迷いの森たる所以。この双龍の存在である。つまるところ、この森の中をさまよう生命体はコイツらにして見れば皆等しく餌ってコト。

 まあ、それも気が遠くなるほど昔の話。今ではこの森自体がメデゥーサ邸の女主人の所有物だし、この双龍もいろいろあって納まるところに納まっている。アリシアと双龍の関係についてはそれこそ長くなるのでまたの機会に。

「思い立ったが吉日。そういう気分だったんだよ」

「でもここ、おまえんちの私有地だろー」

「それって家出じゃないんだぜー」

 まさにド正論。ぐうの音も出ないとはこのこと。

 だって仕方ない。行くところがなかったんだもの。友人宅の家に行っても女神系譜の家系では変に仲を取り持たれるに決まっているし、かといって他の友人宅では件の女主人を敵に回したくないからと人身御供よろしく突き出されかねない。結局アリシアは他のだーれもこない、ここに来るしかなかったのだ。

「それならよ、もうババアのところ殴り込むか」

「え」

「家がなくなれば私有地もなくなるし、それってつまり家出だろ。ちびシアは家出がしたいんだから問題解決だな」

「さすが兄者!頭イイ!!」

「頭悪いよ!!家なき子になっちゃうよ!!!」

 誰が家をなくせと言ったこのバカどもめ。辺境育ちはこれだから困る。がばりと勢いよく体を起こしたアリシアだったが、その反動でするりと龍の背中から滑り落ちてしまう。

「ドジだなあ」

 兄の方がしっぽを器用に使い、落下寸前で彼女の体を受け止めた。そのままゆるりとしっぽを巻き付かせ、また己の背中まで戻してやる。

「どうせ暫くここにいるんだろ。ここなら寝床も食い物も困らないしな」

「ちびシアならおれも兄者も大歓迎だぜ」

「んーー、ありがとー」

 なんとも平和な空間…ともいってられないんだな、これが。だってあと数分でここが戦場になるのだから。

 今までゆったりとしていた雰囲気だったのにも関わらず、兄龍の耳に当たる器官がぴくりと何かに反応を示した。伏せていた体を急に起こすものだから森に若干の振動が走る。アリシアといえば依然として背中にひっついたまま不思議そうに、立ち上がった龍の顔を見やる。

「なに、どうしたの」

「なんか来た」

「そこそこの数だぜ兄者」

「うち一匹、あーーいや、二匹だな。でかい」

「?」

 兄弟にしかわからない会話をするものだから、アリシアは蚊帳の外。ただなんとなく二匹の会話からしてあまり良くないことが起きているようだ。生態系を生きるものとしての生存本能か、はたまたメデゥーサ邸以外の来客故か。妙にピリついた警戒心をむき出しにした彼らは、森の出入り口へと通ずる一本道を体制を低くして息を殺すようにして見つめている。

 暫くして聞こえてきたのは荒い息遣いと、複数の足音。ややあって茂みの中から転がるようにして出てきたのはアリシアにしてみればついさっき出会ったばかりの、双龍からしてみれば友人宅に不法侵入をかました少女だった。

「わーーーーっ!進行方向は龍!!後ろはアスモデウス!!詰み!!!もうやだーーーーー!!!!引きこもらせろーーーーー!!!!」

 ものの見事な投げやり感を全面に出している彼女こそ、魔王サタンである。アスモデウスから逃げた先がここだったってこと。

「あれ、まっさんだ」

「ん、んん?アリー?」

「なんだよ、ちびシアの知り合いか。ならいいか」

 この短い会話ひとつで双龍は警戒心をゼロまで引き落とした。単純な生き物である。

「そういえばなんでまっさんはこんな所にいるの?」

「いやー、無理矢理に城に連れ戻されそうになってて。もう一回人界に逃げようとしたんだけど開かなかったんだよね。転移魔法だとすぐに場所が割り出されるから今は徒歩で逃亡中」

 強制的に家に戻されようとしている。それってつまり家出かな?こうしてアリシアの中に芽生える奇妙な同族意識。同じ家出少女なら力を貸してあげるべきだ。

 ただ可愛そうなことに、ただの親切心が犯罪の片棒を担いでいるなんて露にも思っていないんだな。

「弟くん、まっさんのこと背中に乗せてあげてよ。空中なら少しは時間稼げるんじゃない?」

「ほんと?乗せてくれるの?」

「よし来た、乗りな嬢ちゃん。空中逃避行だぜ!」

 いうが早いか、弟龍は頭を使って魔王をぞんざいに空中に放り投げ、それを空中でキャッチ。後を追うようにして兄龍も地面から飛び立つ。周囲の木々は彼らの風圧に負け、ぽっかりとキレイな地面を晒していた。

「魔王様?!!!本当にお待ちください!!今戻って頂かないとアスモデウス様のお怒りが増幅する一方です!!」

「あ?なんだあの豆。小せえなあ。さっき言ってた追手かー?」

「耳障りだぜ兄者、掃除しとこう。ババアだっておれたちの食い方が汚えってよく怒ってたしよ。森は清潔にしなきゃな!」

「それは流石にやめて!」

「人的被害を出したほうがブチ切れるに決まってんじゃん!特に何もしないでいいからとりあえずもっと高く飛んで!」

「おう、任せろ!!」

 メデゥーサ邸よりはるか上空まで羽ばたく二対。下方に見えていた追手たちはすでにミクロサイズにまで小さくなっている。そこまで上昇すると、地上にあるさまざまなものが彼らの視界に入って来る。それは当然、件のゲートも含めて。きっと双龍がそれに気づかなかったらまだ少しは騒動を大きくせずに済んだかもしれないのに。

「なあちびシア。開かない門ってあれのことか?」

「そうそう、人界と魔界を繋ぐゲートのことだよ。なんでか知らないけど門番がいなくて閉じられちゃってるんだよね」

「開けたいのか?開けられるぞ」

「え、まじ?!」

 願ったり叶ったりとは正にこのこと。確かにいくら門が頑丈とはいえ、この龍の体格があれば腕でこつんと叩くだけできっと開けることができるだろう。しかしそれは強行突破をすると同義。アリシアはほんの少しだけ悩んで、弟龍に乗っているサタンに視線を投げた。瞬間、帰ってきたサインはGO。他でもない魔王が行けと言うのなら大丈夫でしょう。さっきまでの迷いはつぶさに消え、アリシアは兄龍に門を開けてもらうよう頼んでしまったのだ。

「弟、アリシア頼んだぞー」

「いいぜ!」

 ボールよろしく弟にアリシアを投げ渡した瞬間、一気にゲートに向かい全速力で滑空していく。またたく間に小さくなっていく姿。あれなんか思ってたのと違う…?嫌な予感が胸をよぎり、アリシアとサタンは思わず顔を見合わせた。

「弟くん!!お兄さん止めて!!!!」

 今回の敗因はお互いの認識の違い、それから確認を怠ったこと。

 一直線にゲートまで飛んだ兄龍は、しかして勢いを殺すことなくそのまま屈強な四肢を凶悪な爪とともに門に叩き込んだ。当然だが門はその巨体と重量に耐えられるはずもなく、ガラガラと音を立てて崩壊。砂と化し吹き飛んでしまう。

「おらあ、開けたぞーーー!」

「さっすが兄者だぜ!!」

「ちがう、そうじゃない」

「ばっ、ばかばかばかばかばかーーーー!!!!」 

 その罵倒は一体誰に向けてだろうか。きっと自分自身と龍たちにだろう。しかし崩れたものを直すすべなんてここにはないし、ましてや時間なんて戻せやしないわけだ。

 こうして地上と空中でシンクロする咆哮が鳴り響く。きっとこの一部始終を見てしまった魔族の方々はこう思ったに違いない。ああ、今日で世界が終わるのかな、なんて。

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