第5話
コンコン、とドアをノックする音が聞こえる。今日は来客が多いなあ。
「はぁい。どちらさ、ま……」
ドアを開けると、つい先程追い返したはずのダサTコンビが立っていた。忘れ物なんてしてないだろうし、嫌な予感しかしない。
「一応聞きますけど、ご用件は?」
一度互いの顔を見合ってから、再度こちらに顔を向ける。
「ヘンリーちゃん、門あーけーて!」
悪夢だ……。
とりあえずもう一度家に上げ、状況を聞く。彼女らが言うには、どうにもこうにも門が開かないので帰るに帰れないとのこと。門の開閉は各世界の機関部でしか操作することができないので、途方に暮れているらしい。
それにしても、魔界側から閉じるなんて何があったのだろう。この人達を締め出すために……? まさかまさか、そんなそんな。
「分かりました。私としても2人にずっと居座られるのは困りますしね……」
「ありがとヘンリー、恩に着るよ」
表情筋が死にかけている2人に、きっと微笑まれたのだと思う。重い腰を上げて人界の中枢、王都の機関部へ連絡を入れる。王都の人達はどうしても苦手だ。マニュアル人間だったり、野心ギラギラな人だったり。とにかく馬が合う人が全然いない。
「あのー、ゲート管理のファルコナーなんですけどー」
「おや、ヘンリーじゃないか。久しぶりだね」
電話に出たのはよく知った人物だった。この人機関部の人間じゃないのになんで出てるんだ。
「ちょっとトラブルでして、そちらから門を開けてもらってもいいですか?」
「それはお安いご用だけど、事情を聞いても?」
魔王とメデゥーサが家出しに来たと思ったら魔界から締め出されています、なんて馬鹿正直に伝えていいものだろうか。ちらりと2人の方を見るが、相変わらず表情がよく分からない。自称魔王様が眠そうにしているのは分かるのだが。
「魔界側の手違いですかね。とにかく門が開かなくて困ってる人がいるんです」
色々と起こりすぎて、ちゃんとした言い訳を考えるのが面倒になってしまった。こんな内容で了承してくれるのだろうか。
「うーん、まあいいよ。その感じだと大事ではなさそうだしね」
すぐ開けるよ、とだけ言って通話を切る。わりと大事かもしれないけど、まあ、なんとななるだろう。門が開きさえすれば問題は解決する、はず。
「開けてもらいましたよ」
「ありがとね〜」
「生きてたらまた来るよ」
自称魔王様は目を擦りながら、アリーは親指を立ててもう一度我が家を後にする。嵐のような人達だ……。
「なんか、ドッと疲れた……」
今日はもう研究に割ける力が残っていない。ソファで軽く寝ようかな。
それにしても、あのTシャツは何だったのだろうか。2人して同じようものを着ていたし、まさかあれが今の魔界の流行……?
「ダサかったな」
「うわっ!」
家の影からヌッと現れたのは、熊の妖怪のレーだった。頭にはしろさんが乗っかっている。先程の発言はしろさんだ。
「まあ、その、そうですね」
「ああいうの流行ってるのか?」
「そういうわけではない……と思いたいですけどね。魔王を自称するくらいですから、ちょっと変な人なのかもしれませんし」
アリーの方は本当のメデゥーサかどうか分からないけど、そうではないと信じたい。もしあの2人が本当に魔王とメデゥーサだとしたら……。考えただけで頭も胃も痛くなってくる。
「念の為にちゃんと帰ったか確認しに行ったらどうだ?」
「そ、うですね」
レーの背中に乗せてもらって、門の方へ向かう。どうか更に問題が起きていませんように。というか、機関部の方で門を開けた時点で問題が起きているんですけどね。平穏が音を立てて崩れていく……。
「──さっき開けてもらったはずなのに」
無情にも、門は閉まっていた。
「門っていつも開けてないといけないのか?」
呆然としている私を見たしろさんが問いかける。そうなのだ。門は原則開けていなければいけない。魔界側で良くないことが起きて、人界に影響を与えないために閉じる……。というのが門を閉める大半の理由だ。しかしそういう場合は必ず人界にも連絡が来るはず。
その連絡がきていないということは、完全なるイレギュラーだ。ああ、もう、嫌だ……。
「絶対良からぬことしか起きない予感がする……」
「さてと」
本当は戻りたくないけど、いい感じの手土産を探しに行こう。ああ、面倒だなぁ。心の中でずっとぶつくさと文句を言い続ける。
感知系の魔法を妨害する魔法を使い、門を通る。魔界側の門番はいなくなっていた。
「アリーが通った時は門番くんいた?」
「いたよ。呑気におねんねしてたから堂々と通ったし」
いないということは、きっと誰かに説教でもされているのかもしれない。可哀相に。
「そういえば着の身着のままで来たから無一文だわ……。一旦家に侵入するしかないか」
自分の家に侵入するのは大分おかしな話だが、アリーはそのまま家に戻るようだ。ここで一旦別れることに。
私はどうしようかな。そこらへんのお店に付けてもらって、今度支払いに行けばいいかな。こんな時ベルがいてくれたらポケットからビスケットでも出してくれるんだろうけど。
とりあえずそこら辺のお店でも入ってみよう。真っ先に目に入ったお店へ。ここは乾物屋だった。
「ねーねー。これ買ってくからさ、城にいるラスクってやつに請求書渡しておいてもらっていい?」
スルメの袋を店主に見せる。すると店主は妙に驚いた顔をしていた。
「いーい?」
「ああ、はい。どうぞ……?」
変なの、と思いつつもスルメを頂戴する。人間の女の子ってこういうの食べるのかな。そんなことをぼんやりと考えていると、聞き慣れた声が後ろの方から聞こえてきた。……聞きたくもなかった。後ろを振り返らず、何年かぶりに全力で走る。声の主なんて、見なくても分かる。あいつだ。なんでこんな早くバレたんだ……。
「まおーう、さまあああーーッ!!」
アスだ。