第4話
気持ちの良い目覚めだ。いつぶりだろうか、こんなにのびのびと睡眠を取れたのは。あの女の子には感謝しないとな。と、そんなことを思いながら目を開けて起き上がる。ご丁寧にタオルケットが掛けられていた。
「あ、起きましたね」
手に持っていた本をテーブルに置いてこちらを向く少女。なんだか呆れたような表情をしているように見えるけど、きっと気のせいだろう。
「ふわぁ……。ありがとね、久しぶりにぐっすり寝れたよ」
「それは良かったですけど、このあとはどうするつもりで?」
そういえばそのことをすっかり忘れていた。ただゆっくり寝られたらそれで満足だけど、その前にラスクへの言い訳を考えておかないと。
「もう少しだけいてもいい? 言い訳考えないといけないからさ」
「まあ、別にいいですけど。それより、あの、あなた本当にサタン……様? なんですか」
「えぇ〜疑ってるの?」
「だってその、あまりにも、服が、その……」
魔王だからっていつもフォーマルな服を着てるわけじゃないのに。これも仕事着なんだよ。動きやすいし、ひと目見ただけで自己紹介せずに済むし、便利なんだよ。
そのことを説明しようとした瞬間、扉がノックされる。少女は待ってて下さいねと言い、扉の方へ。どうぞと言って扉を開けると、赤い瞳に白い髪の少女が立っていた。容姿は整っているが、身につけている服にかなりの親近感を抱く。
「魔眼……?」
人間の少女はまたも困惑した様子でTシャツにデカデカと書かれた文字を読み上げる。一文字違いとは、謎のシンパシーを感じるな。
「えっと、お名前とご用件を」
「アリシアって言います。用件は……用件」
魔眼Tシャツの少女はしばらく考え込む。うんうんと唸っていると、ようやく言葉が思いついたかのように顔を上げた。
「家出しにきました!」
アリシアと名乗った少女を呆れながらも家に上げると、人間の少女はしかめっ面のままお茶を出してくれた。怪しいけど危険人物ではないと思ってくれたのだろう。
「改めて自己紹介してください」
面接官のようにそう告げる人間の少女。
「アリシアでーす」
「サタンでーす」
「サタン!?」
座っていた椅子を倒す勢いで立ち上がるアリシア。そんなに驚くことなのかなぁ。
「え、そんな人ここに来てもいいわけ……?」
「なので自称魔王ってことにしてます」
「失礼だなー」
ラスクの前でそんなこと言ったら……って、あいつはそんなに私のこと敬ってなかったな。
「私はいいとして」
「良くはないんですけどね」
「まあまあ。そっちの君もメデゥーサでしょ?あんま人のこと言えないと思うけど」
「……はい?」
メデゥーサといえば魔界の中でも異質で、それでいて脅威的な力を持つ種族だ。そんな子が人間界に来てもいいのかなと。人のこと言えたもんじゃないけどね。
「あ、頭が痛くなってきた……」
「まあまあ、そこはちょっと情状酌量の余地ありってことで。色々とワケがあるんだよ。ところで家主の君は?」
そう言ってまた椅子に座る。メデゥーサ家は閉鎖的で何やってるか分からないんだよなぁ。そういえば最近、石化被害の報告がたくさん上がってたような気がしなくもない。
「ヘンリエッタ・ファルコナーです」
「じゃあヘンリーだね。あ、私のことはアリーって呼んでよ」
「呑気ですね……。ところで自称魔王様はなんとお呼びすれば?」
「もー。自称じゃないのに」
そういえば、城にいたときはいつも魔王様としか呼ばれてなかったな。と、そんなことを思い出しながら呼び名を考える。考えている途中で面倒くさくなり、適当な名前を上げた。
「まっさんとかでいいよ」
「そういうことを言うから信じられないんですよ」
「まあまあ、私が何だろうとあんま気にしなくていいよ。とりあえずもう一眠り……」
「ストーップ!」
ベッドに移動しようとしたらヘンリーに止められる。折角ゆっくり休める所に来られたのに、これじゃ前とあんまり変わらないよ。
「もー、今度はなぁに?」
「あなた達いつまでここにいるつもりなんですか?」
その問いに、寝起きの頭でボーッと考える。偶然にもアリーも同じ状況らしく、無言のまま考え込んでいる。そんな様子を見たヘンリーは小さくため息をついた。
「向こう見ずなんですね……」
「とにかく勢いで出てきちゃったからね」
「ドヤ顔で言わないでくださいよもう……。とりあえず、滞在するなら一旦ちゃんとした手続きをしてから来てください!」
ぷりぷりと怒っているヘンリーは、グイグイと私達を外へ押し出してくる。折角見つけた安息の……いや、安眠の地が。なんということだ。
「手土産持って、また来てください」
そう言うと締め出される。怒られて家から出される子供ってこういう感じなのかぁと、呑気に考えながらアリーの方を見る。アリーはまた何か考えていた。
「どうしたの」
「いや、魔界に帰った瞬間ババアに感知されそうで……。どうやったらくぐり抜けられるか考えてる」
「ジャミングしよっか? 私もそのうちバレるし、ついでにさ」
「マジ? 助かる〜」
メデゥーサの感知から長時間は逃げられないとは思うけどね、と付け足す。さすがに天界出身の人のことはよく分からないからね。
追い出されてしまったので、渋々手土産を取りに戻ろうと思う。魔王だから滞在の手続きとか別にしなくてもいいんじゃなかろうか。
「──あ」
「ん?」
実はヘンリーの態度を見て漠然と変だなと思っていたことがある。頑なに私のことを魔王とは認めなかったこと。威厳がないことは自覚してるけど、さすがにあんなに信じないことなんてあるか、と少し思っていた。
その理由が分かった。
「やばいわ」
「なになに、どうしたの」
「私達レベルの魔族って人界に来ちゃいけないんだったわ」
「これはいよいよ……、殺されるかも」
アリーの顔が急激に青ざめていった。
────一方その頃、魔界では
「サタン亡き今、新たなる魔王はこの俺だ!」
黒いマントを翻す所謂中二病のような振る舞いをする男、ルシファー。
「魔王様は死んでなんかいませんわよ! 不敬罪! 不敬罪!」
ゴスロリ服を身に纏ったお嬢様口調のアスモデウス。可愛いが男である。
「だからってなんで俺を殴るんだよ!?」
着流しを着たグレーの髪の幸薄そうな男、ベルフェゴール。
「あらあら、なんだかいつにも増して賑やかねぇ」
ウェーブのかかった金髪ロングヘアーの優しそうな女、レヴィアタン。
「きっとみんな糖分足りてないんだよ。チョコ食べなよ〜」
三編みおさげの黒髪の少女、ベルゼブブ。マイペースにもチョコを食べている。
「どうしてあの人はいつもこうなんだ……。前は真面目に仕事をしていたのに、ここ数年どうして……。ああ、胃が痛い……」
眼鏡をかけたサタンの秘書、ラスク。珍しく弱りきっていて部屋の隅で体育座りをしている。そんなラスクの頭をポンポンと撫でているベル。
ひと目で分かるように、魔王城の玉座の間は文字通り混沌と化していた。
魔王であるサタンが姿をくらましてから、ラスクは鬼の形相で魔界全体を探していたようだった。しかしどこを探しても全く気配が感じ取れないらしく、良心的ポジションのレヴィに協力を求めた。
それでも見つからず、状況を知ったルシファーがここぞとばかりに大暴れ。更にサタンのことが大好きなアスも暴れ、ゴールが巻き込まれた。ラスクはすっかり元気をなくして胃痛と頭痛に悩まされている、といったところだ。ベルは相変わらずマイペースに菓子を頬張っている。
「あのダラダラ魔王はどこに行ってんだよ」
「マモン! 今や魔王はこの俺、ルシファーになった! ダラダラ魔王などとは呼ばないでくれ!」
「あーはいはい、うっせぇなぁ……」
身振り手振りも声もデカくて、もう存在がうるさいわ。生き生きとしているルシファーを見ているラスクの目は死んでいた。
「ベルフェゴールよ」
アスに髪を引っ張られているゴールにルシファーが声をかける。どう見たってアスの相手で手一杯なのに不憫すぎる。
「お前この状況見えてんだろ!」
「門に細工をしてくるのだ。そうすれば彼奴は帰ってこれないだろう」
「は? 門ってあの、天界に繋がるゲートのことか? いででっ!」
アスによって床に叩きつけられるゴール。掛けていた眼鏡がカシャンと悲しく床に落ちる。アスはというと、ゴールを踏み潰しながらルシファーに詰め寄る。
「魔王様は天界に行っているんですの!? なら早く行きますわよ!」
「行くならお前一人で行けよーッ!」
足を掴まれ、廊下を引きずられながら去っていくゴールとアス。ゴールはさながらアスのサンドバッグといったところだ。可哀相だが、あの怪力にはあんまり近づきたくないから助け舟は出してやれない。
「まったく、話は最後まで聞くものであろう!」
「天界じゃないのか?」
そう問いかけると、俺の方へ視線を向ける。一挙一動がやかましいな。そのままドヤ顔で答えた。
「人界に行っているだろう! 天界に行けばさすがにあちら側から連絡が来るはずだしな!」
「人界って……。魔王様もしかしてあの決まり事を忘れて……、ああ…………もう……」
更に弱々しくなっていくラスク。初めて見るそんな様子に、さすがにベルも心配になったようだ。珍しく菓子を差し出していた。
「ということで門を閉じてあちら側に閉じ込めておこうと思うのだが」
「何言ってるんですか!? そんなことしたらあちら側の人達になんと言われるか……!」
閉じ込め作戦を口に出した瞬間、ラスクが顔を上げて立ち上がる。そしていつもの剣幕でルシファーに詰め寄りだした。こいつ、俺らの方が立場が上なのにいつも肝座ってるよな。
普段あまりラスクに詰め寄られたことのないルシファーは、珍しく気圧されている。
「よかったぁ、ラスク元気になったね」
あれを元気になったと言っていいのか。ベルはいつも通り菓子を食べ始めた。
「それにしても、どうしましょうかね」
唯一の良心であるレヴィがつぶやく。レヴィのことだからきっと本気でサタンのことを心配しているのだろう。
「レヴィ、今回はお前とベルは手を出さないでもらっていいか?」
「あら、どうしてかしら」
レヴィが甘やかすと絶対またすぐ同じようなことを繰り返すに違いない。というか実例がある。なので今回はサタンに甘くない俺達だけで色々とやってみようと思う。
「おいラスク、ルシファー」
擦った揉んだとしている2人に声をかける。おい何だルシファー、その助かったぞ、みたいな顔は。
「作戦会議だ」