第3話
人界の端、魔界とのゲートがある境界の森。そんな辺鄙で穏やか、しかし危険性の高い場所で日々錬金術の研究をしながら過ごしている。最年少で国家錬金術師になった途端、自ら人気のないゲート管理の仕事に就き、以降全く王都へ顔を出していない。地位や名声、富などに全く興味を示さず、ひたすら研究を続ける変人。
とまあ、錬金術師の中では私はこんな評判だ。しかし評判がどうであれ、言っていることは全て事実だ。それを踏まえた上でこう言おう。
「興味ないので」
家にやってきた男性をバッサリと切り捨て、扉を閉めて拒絶の態度を示す。久しぶりに来たなぁ、ああいう人。
「何だ? あの人」
椅子の背もたれの上に立っている鴉に尋ねられる。彼はダイキ。鴉の妖怪で、よく私の世話を焼いてくれる。といっても、鴉なのであまり多くのことはできない。もっぱら研究に没頭しすぎた時に起こしてくれるのだ。私は彼のことをアニキと呼んでいる。理由は、他にもそう呼んでいた子たちがいたからだ。
「共同研究しないかってお誘いですよ。面倒くさいですし、発表会とかなんとかで王都に行かなきゃいけないから嫌なんですよね」
それにこの誘いの大半──いや、ほぼ全員が下心を持っているのを知っている。私が日々一人で研究している内容をネコババをしようとしてくるのだ。以前被害に遭いそうになって知人に助けてもらったことがあるから分かる。
そして断られた人々があらぬ噂を立てていくまでがセットだ。でも、既に国家錬金術師という地位にいて、なんのゴシップもない。枯れ葉すらない所に火を立てようとしても無駄である。
「さて、今日こそあの錬成陣を完成させますよ」
「昨日みたいに作業しながら寝るなよ……」
アニキに釘を刺されるが、善処しますと答えるしかなかった。どうにも私は研究の虫らしく、一度没頭すると中々戻ってこられないのだ。
そもそも国家錬金術師とはなんなのか。簡単に説明するならば錬金術を使える役人、としか言いようがない。錬金術を使えない人とは少し違った仕事をしているが、つまりは国民のために働いているだけだ。
そして錬金術とは、元は違う物質から金を生み出す術のことだった。今ではそれは禁じられ、錬成陣というものを用いた物質変形のことを指すようになった。つまりは物質や質量を変えずに、形だけを変える術だ。
スラム街で泥臭く生き延びた末に自力で勝ち取った席だ。プライドはないけど私の努力を踏みにじる奴だけは許さない。
野心はないけれど他にやることもないので、昨日の研究の続きを再開する。
あと少しでいつもの没頭タイムに入る寸前、ドアをノックする音が聞こえてきた。ハッと顔を上げて少し気の抜けた返事をする。
「魔界から来てたぞ」
慌てて階段を降りながら、アニキの言葉を耳に入れておく。魔界から来たのであれば許可証を出さなければいけないのだけど、そんなお客さんは滅多にこない。どこに仕舞っただろうかと考えながら扉を開ける。
そこには眠そうな顔をした金髪の少女が立っていた。
「許可証ですか? 一旦うちに……」
「んーん。寝かせてもらえればそれでいいの。お邪魔しまーす」
「え?」
困惑していると、少女は横を通り抜けて家の中に入り、一直線にソファへと向かった。そして即座に横になる。
「ちょっと、え、どういうことです?」
「街の方には行かないから許可証はいらないの。ここで休ませてくれるだけでいいから」
そう言うと、わずか数秒で寝息を立て始めた。
寝息を立てる奇妙な少女と、呆然と立ち尽くす家主の私。開きっぱなしになっていた扉から、アニキの仲間である動物の妖怪たちが入ってきた。
「どうしたの?」
「不審者……って感じでもないな」
双子の狐の妖怪、レンとレイカちゃんは眠っている少女の顔をまじまじと覗き込んでいる。
「害意はなさそうだな。でも一応警戒しておいた方がいいぞ」
と、兎の妖怪であるシロエ──しろさんはこう話す。
「大丈夫じゃない? それよりお客さん久しぶりだね!」
「何かおもてなししたほうがいいのかなぁ」
元気に跳ねる鼬の妖怪、ヒロキ。その横ではもふ太……いや、フウタがキョロキョロしている。扉の向こうではじっとこちらを見ている熊の妖怪、レー。そしてその頭の上にはアニキがいた。さながら我が家は小さな動物園だ。みんな私のことを心配してくれているようで、混乱していた頭が冷静になっていく。
「寝たいだけって言ってましたけど、この感じだと本当っぽいですね」
「たしかに」
「じゃあ、起きるまで待ちましょうか」
「そうだね!」
一瞬で解決。あれこれ考えたって仕方ないのでまずはこの少女が起きるのを待つしかない。その間に許可証を探しておかないと……。
行動する前に、チラリとソファへ目を向ける。少女が身につけているTシャツには、でかでかと魔王の二文字がプリントされている。まさかまさか、そんなそんな。こんなダサTを着た少女が本当な魔王なわけがない。もし本当にそうだとしたら、わりと大問題なのだが。
「……まさか、ね」