第2話
華の女子高生。なんていい響きだろう。日々の勉学に対し時には怠惰に、時には真剣に取り組み、そして学校が終われば楽しい自由時間。ある子は部活に情熱を捧げ、ある子は己の青春に身を捧げる。
つまり女子高生というのは自分に正直に、そして後先を考えず自分を燃やすべき時期であり、決して…決して今の私のように他人に時間を縛られていていいわけではないはず!
「はいおかえり。じゃあこれ今日の課題数分な」
学校から帰ってきてそうそう、玄関で私を出待ちするこの女。外見年齢は全盛期の20代止まりではあるが、実年齢は齢100を軽く超える枯れ木、いや訂正。神話に名高き元祖メデゥーサその人である。ちなみにメデゥーサというのはいわゆる豊穣の神を司るものの名称であって、本人の名前ではないみたい。このババアが天界から自主的に脱走したときにメデゥーサを名字として定め、本名であるフェリシアを名前としてを名乗ったとのこと。
神話の話と大分違う?まあアレはあくまで面白おかしく書いたノンフィクションをもとにしたフィクションなので。詳しく話すと時間がかかるからその話はまたの機会に。
「私さあ、もう魔眼の調整できるし課題やらなくていいでしょ」
「なあに言ってんの?」
手渡されたなぐり書きのメモを恨みがましく見ながら目の前の悪魔に言うが、ずいっと顔を近づけられて頭を鷲掴みにされた。
「あだだだだだだだ」
「一睨みで生命を絶てない以前に、思考すら石にできないような弱視になんの意味がるって?んんー?」
そう、これである。最近の悩みのタネ。メデゥーサの孫であるなら、その名に傷をつけないようにしろとひたすらに魔眼の強化、強化、強化。そもそも一睨みで命絶つって孫に何をさせようというのか!部活とか入っているわけじゃないけど、私だって女子高生らしいことがしたい!!こんなことで私の青春を潰したくない。
「周りからなんて言われてるか知ってる?メデゥーサ邸には近づくなって言われてるんだよ。あそこの真祖がやばいって。それにポセイドン系列の奴らなんかあからさまに目を逸らすしさあ」
「何だいあいつら。そろいもそろって根性なしだね。だいたいなんであんなクソほどどうでもいい坊やの話題なんて出す?そんなことより、てきぱきと行く」
首根っこを掴まれたと思ったら、気がつけば玄関外。抵抗する暇すら与えさせてくれないなんて、きっとこいつには心がないんだろうな。
「さっさと済ませてきな。アリシア」
「このくそババア!!!」
私の叫びを無視して無情にも扉は閉まる。今に見てろ、いつかギャフンと言わせてやるからな。100年後くらいに。
手のひらの中でくしゃくしゃになったメモを見ればデカデカと数字が書いてあった。20。本日分の可愛そうな被害者数、もとい魔眼強化に必要な達成ノルマ数である。
メデゥーサの性を持つものには、ある特有の能力が生まれつき付随されている。天界の創世記、あるいは人界でいうところの神話の中に、一般的な知識として記されているくらいには有名な石化の魔眼。
そもそも何故、課題と称してまで能力の強化が必要かというと、私達の孫世代は多用種の交じり愛で生まれた世代だから、特に神話系列に身を置くものは固有の能力を制御できるようにしなくてはならないらしい。あの件のポセイドン系列の孫なんて幼少期に癇癪で津波を起こしていたからな。まあ、私も小さい頃はよく先生のこと石化させちゃってたんだけど。じゃあなんで未だに強化訓練を行っているのかと言うと、私のことが心配だからだそうだ。「お母様も貴方のことが気がかりなの。わかってあげて」とは母親談。私としては全くわかってあげられない。能力を強化するのが目的なのはまだわかる。しかし指導内容が全く理解できない。どの家庭においても、自分の家の中で完結させているのがほとんどだ。その中には、私以上に厄介で危険な能力を持っているやつだって五万といる。だと言うのに私は一人で実践訓練、かたや温室でぬくぬくとまったり教育。この落差は何。
親の心子知らず?むしろ子の心親知らずだわ。
そんなことをもんもんと思っていたら、ふと何かが吹っ切れた。そうだ家出しよう。そもそも今までとてもお利口にしていたのだから、一日くらい許されるでしょう、いや許される。思い立ったが吉日。ついさっき締め出された扉を蹴破るようにしてくぐり抜け、自室へと駆け込む。使用人のユウセイがなんか言っていたけど、この際無視。
ごめんね。
手早くかばんに荷物を詰め込み、動きやすい服に着替える。身に纏うは修学旅行のときに変なテンションで買ったダサT。堂々と魔眼の二文字があしらわれている。さて、家出先はどこにしようか。魔界は基本的にあの悪魔の情報網にひっかかるから…目指すは人間界!
トンボ返りのようにして外へ駆け出すと、門番のキールが怪訝そうに行き先を聞いてきた。
「家出してくるね!!」
多分、過去最高にいい笑顔だったと思う。
アリシア・メデゥーサ。17歳。今日人生初の家出をします。だって華の女子高生とは自分自身に素直であるべきだからね。