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第32話 おっしょい!

 大坂城からの人質救出作戦((A)案)は、話としては単純なものだ。弘歌が入って来た長櫃(ながびつ)の中に、弘歌と一緒に姉妹を入れる。あくまで荷物改めをされない前提で立てた作戦だ。

 そして残念ながら、その前提条件は崩れたようだった。


 姪姉妹を抱えて荷物の中で息をひそめる弘歌に、長櫃の外から声がかかった。

(維新様! 大手門の当番が変わって荷物改めをしております!)

(なんと!)

 当直が入ってきた時の仕事ぶりがぬるい組から、厳しく検問する組に交替していた。

(どうします!? 戻りますか?)

(いや、ここから逆戻りしたら不審過ぎて調べられるかもしれんぞ⁉)

 外を囲む相楽たちも、やり直しか強行突破かで揺れている。だが通行人もまだいる中で、道端にいつまでも留まっているのも怪しまれそうだ。


 時間がない。

 

 島津の大将は弘歌。どんな結果になろうとも、弘歌の意思で弘歌が指示を出さねばならない。

 一瞬で腹を決め、弘歌は中から蓋をノックした。

(仕方ない、(B)案に変更じゃ! 直ちに準備するのじゃ!)

(っ! ……承知!)


 決めてからは早かった。

 相楽の命令で人足に化けていた島津兵たちは長櫃をすべておろし、中の弘歌たちを出すとすべて()()()()()()()()()()()。その間に男性陣は一斉に着ているものを脱ぎ、神輿(みこし)と化した元長櫃の中に押し込む。

 あっという間に大名家の小荷駄(輸送)隊から祭り行列に姿を変えた島津家の一行は、神輿の上に弘歌たちを載せると大手門めがけて全力疾走し始めた。


   ◆


「ん?」

「なんだ、あれは⁉」

 門を守る番兵たちは、何やら威勢のいい掛け声に振り向いて肝をつぶした。


「おっしょい! おっしょい!」


 大坂城の大手門内側という、諸大名も登城に使う格式ある通路を……なぜか神輿を担いだ一団が走ってくる。

 男は全員水法被に締め込みという裸同然の姿で、神輿の上ではなぜか同じ格好の幼女が三人、指揮棒を振って担ぎ手を鼓舞している。

「おい、なんだアレ?」

「祭なんかどこかでやってたか⁉」

 そんなことを同僚に尋ね合っていると、行列に先行して通行人を除ける“前捌き”が門まで走ってきた。 

「前きれ! 前きれ!」

「いや、待て! なんだこれは⁉」

「なんだも何もあるか!」

 慌てて止めたら、逆に怒鳴られた。

「さっさと道を空けろ! “ヤマ”を止めるなぞ、神を畏れぬ不敬な振る舞いだぞ!」

「え? いや、何の祭り……」

貴様(きさん)は祇園山笠も知らんのか、田舎者め!」

 押し問答をしているあいだにも神輿はどんどん近づいてきた。

「おっしょい! おっしょい!」

「待て、だから勝手に通るな!」

 進路を番兵がふさいだら、神輿の上から幼女が指揮棒を振り回して叫んだ。

「神事であるのじゃ! 人間ごときが止められると思うななのじゃ!」

 それを聞いて、担ぎ手たちも一斉に雄叫びを上げ始める。

「突っ切れ!」

「ウォオオオオオッ!」

「ギャーッ!?」

 門番たちは勢いを増して突っ込んできた神輿行列に跳ね飛ばされ、門外へと去っていく行列を呆然として見送った。


   ◆


「成功したようじゃの」

 混乱している門番が追って来ないのを確認し、弘歌はやれやれと息をついた。

「神輿の神威に恐れをなしたようじゃ」

「では、小早川家の屋敷()()()へ一旦向かってから、衣服を元に戻して帰りましょう」

「うむ! 謎の祇園山笠が大手門を突破したことが後々問題になっても、博多は小早川の領地だから島津が疑われることはないのじゃ! 金吾(小早川)を問い詰めたところでヤツもなんだか分からないのじゃ」


 誰が逃げたかを調べたら一発なのだが、どうせ大坂城はこれから徳川の進駐でそれどころではなくなる。徳川が大坂城の実権を握る頃には、石田方が取った人質のことなどどうでも良くなっているだろう。

「よし、堺や大坂屋敷も段取り通りに行ってるのじゃ?」

「堺組はすでに田辺屋殿が用意してくれた船で、合流地点に向かっております。大坂屋敷の者たちも、もう動いている頃です」

「うむ!」

 弘歌は神輿(ヤマ)の上にスクッと立ち上がると、指揮棒を振り回して叫んだ。

「これで心置きなく薩摩へ帰れるのじゃ! 行くのじゃ、薩摩へ!」

「おおぅっ!」


 サツマ、サツマと連呼しながら、博多の祭りに偽装した行列は大坂の街を疾走して

行く。

 島津維新弘歌、畿内に来てから実に三か月ぶりの帰郷であった。


   ◆


 波が穏やかな瀬戸内の海を、杏葉紋(ぎょうようもん)を帆に掲げた船団が滑っていく。その最後の一隻の船尾に立ち、遠くなっていく大坂湊の街並みを一人の武将が見つめていた。

「……無念だな」

 “西国無双”などとも呼ばれる西の猛将立花(たちばな)左近(さこん)は、悔いの残る戦いに想いを馳せていた。

 多数の兵を動員してわざわざ西海道から駆け付けたが、迷走する作戦計画のおかげで関ヶ原本戦に出ることができなかった。その敗退の原因が友軍のやる気のなさと聞いて、(自分が間に合っていれば……)という思いがどうしてもぬぐえない。

「今さら言っても、詮無(せんな)き事か……」

 終わったことをとやかく言っても結果が変わることはない。

 立花は最後にため息を一つつき、船内に戻ろうとした……ところで、何やらうしろからやって来る数隻の船が気になった。


 大名家の輸送船団とかでなければ、舟がまとめて移動することはほとんどない。三隻の船が帆だけではなく、(オール)まで使って先を急いでいる。沖合まで出てそこまで急ぐのは、戦闘中の軍船以外にない。

「なんだ、あの船は……海賊? まさかな」

 ぐんぐん近づいて来るが、こちらの艦隊ははるかに多い。海賊だろうが大名水軍だろうが、攻めかかって来るはずがないが……。

 他の者も気づいて船団の各船が警戒を強める中、追いついてきた船の舳先(へさき)から。

「おっ! 左近くーん! おひさなのじゃーっ!」

 どこかで見たような幼女が手を振ってきた。


   ◆


「そうだったか……維新殿も苦労されたな」

「なかなか大変だったのじゃ」

 並走する船の上から、まるで自宅の生垣越しに話しかけるみたいにしゃべって来る島津の末姫。今敗走している状況を分かっていないようにも見えるが、あの関ヶ原の乱戦から無事に帰還したのは彼女のほうだ。

 その肝の据わりぶりに、歴戦の名将はいたく感銘を受けた。

「でなー、今大坂城から博多山笠に偽装して逃げてきたところでー」

 そしてそれ以上に、本人が嬉々として語る頭のおかしい撤退戦の一部始終に寒気が止まらない。

(なんだろう、この理不尽な(いくさ)ぶり……これが新世代の戦か? 理解できないのは、(わし)が年を取ったということか?)

 マジメな立花は無理やり好意的に考えてしまうが、単純に弘歌がおかしいだけである。


(殿……殿!)

「ん?」

 幼女の武勇伝を半分聞き流しながらボンヤリ考え事をしていた立花に、後ろから家臣が声をかけた。

(どうした)

(相手は島津ですぞ。今が御父上の敵を討つチャンスでは)


 立花左近の実父は先年の西海動乱の際に、攻め上がって来た島津軍に城を包囲されて戦死している。

 軍勢をほとんど失いわずかな人数で逃げている弘歌は、その恨みを晴らすには、格好の的ではないか……家臣はそう言っているのだ。

 少し考えた立花は、静かに首を振って家臣の意見を退けた。

(止めておこう。つい先ほどまで共に馬を並べて戦っていた同志を討つのもどうかと思うし、見ての通り維新殿はまだ幼い。あの時の恨みをぶつけるべき相手ではないだろう。それに……)

 立花は楽しそうにしゃべる弘歌に目をやった。


「そんでなー、前夜には皆で集まってお楽しみ会をやったのじゃ! 肝練りをやった時の石田のうろたえぶりが面白くってなー。あいつ小心者なのじゃ! アレは左近君にも見せたかったのじゃ」


(島津にこれ以上関わりたくないな、正直……)

 主の意向を聞き、ロリ島津に一度目をやった家臣は静かに引き下がった。

物語の豆知識:

 博多祇園山笠の衣装で有名な水法被に締め込み、明治以降に風紀がうるさくなってからの服装で、その前は締め込みだけ(つまりTバックふんどし一枚)だったようです。

 というか、スピードを競う追い山自体が江戸期以降なのですが。

 あと、子供と言えど女人禁止らしいです。

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