第02話 弘歌、出奔す
何を言われても、薩摩は動かない。
そう宣告されて追い出されたチビッ子は、地団駄踏んで猛抗議した。
「姉ちゃんのバカー! アホー!」
「なんとでも言え」
「島津だけ流行に乗り遅れるのじゃ!」
「流行に乗りたくて戦争するな。いくさは自分の財布の為にするものだ」
「情報弱者の田舎者とバカにされるのじゃぞ!? 姉ちゃん、それでも良いのか!?」
「言いたいように言わせておけ。中央が混乱しているなら、我ら島津は足元を固める好機だ」
「そんなことじゃグローバリズムが席巻する世界情勢から置いて行かれるのじゃ!」
「小難しい言葉を並べればいいと思うな」
「うー……!」
もう自分を無視して書状を眺め始める姉を、弘歌は唸りながら恨めし気に睨みつけ……キレた。
「もういいのじゃ! 姉ちゃんには頼まないのじゃ!」
「はいはい」
「世の中の流れについて行けなくなった老害に期待したワシがバカだったのじゃ! 年甲斐もない若作りが痛々しい姉ちゃんに、お肌ピチピチのワシの深謀遠慮は理解できないのじゃ!」
「…………おい」
「姉ちゃんはバカだから『まだまだ二十歳で通ります』なんて見え透いたおだてを真に受けちゃうのじゃ! 陰でみんなに何を言われてるのか分かってないのじゃ!」
「弘歌きさま、どこで何を聞いてきた!? おい、こら!」
動揺して腰を上げる姉を後ろに残し、弘歌は捕まる前に屋敷を飛び出した。
◆
「このままではいかんのじゃ……」
自分の屋敷に戻り、弘歌はうなだれた。
捨て台詞を残して逃げてきてしまったが、当主である姉・義歌の号令が無ければ島津軍は動かない。
釜の前に座り茶を点てていた弘歌の家老、長寿院盛淳がしょげている主の前に茶碗を差し出した。
「仕方ありません。ご当主様も立場があるのでございます」
「それはそうじゃが、あまりに時流が見えておらぬのじゃ」
今にも泣きそうな顔で弘歌は渡された茶碗に口をつけかけ、ふと手を止めた。
「盛淳、ちゃんと砂糖は入れたのじゃ?」
「大匙で二杯」
たっぷり砂糖を溶かした薄茶をすすりながら、島津きっての早熟武将はぼやいた。
「何か、なんとかできないものかのう」
「そうですねえ」
道具を拭きながら家老も思案する、ふりをした。
「まだ弘姫様もお若い。出来ることからするしかないでしょう」
この時の長寿院の真意としては、「~だから今回は諦めて、早く一人前に扱われるように自分を磨きましょう」と続けるつもりだったと思われる。
だが、この後のやり取りは彼の思惑通りにはならなかった。
「うむ、そうじゃな」
「ええ。ですのでご当主様から一目置かれるよう……」
「分かった!」
すっくと弘歌は立ち上がった。
島津“維新”弘歌、この時十歳。
いまだ武将としては幼少なるも、かつて西海動乱のおりにはかの天下人豊国大公をも手玉に取った知略の将である。
たとえ姉から一人前に見られていなくても、豪胆な戦いぶりと緻密な策謀で知られる島津四姉妹の一員には違いない。腐っても鯛、ロリでも薩摩隼人であった。
「姉ちゃんが動かないんだったら、ワシ一人でも動けばいいのじゃ!」
「…………は?」
「長寿院! ワシの与力に招集をかけるのじゃ! あと、家中に志願兵求むの回状も回すのじゃ!」
「え? もしかして?」
「もしかしても何もないのじゃ」
自信だけは人一倍、子供だけに怖いもの知らずのチビッ子は、仁王立ちになって宣言した。
「後の事は後で考える! ワシだけでも畿内に向かうのじゃ!」
「首尾よく行っても、ご当主様に後で何を言われるか……」
「……だから、後の事は後で考えるのじゃ」
◆
「おーい、チューマーン!」
「ん?」
農作業に精を出していた中馬大蔵は、自分を呼ぶ声に顔を上げた。見知った戦友が道から手を振っている。彼はなぜか、鎧櫃を背負って肩に槍を担いでいた。
「どうした、その格好は。まるでいくさに出るみたいでごわすな」
屯田兵として国境線に配置されている下っ端の中馬に政局など分かるはずもないが、それにしても最近どこかが攻めてくるような噂は聞いていない。
「ああ、それが一大事でよ」
「何があった」
「いやな、上方で大きな戦争が起こりそうだっていうんだが」
「上方? そんなところの戦が、おいどんたちに何の関係が?」
目の前の事が全ての中馬たちにとって、行ったこともない畿内の情勢なんて月より遠い世界の話でしかない。
「それが天下分け目の大戦だっていうんで、我らが維新様が行くと言ってきかないという話なんじゃ」
「殿様が⁉」
中馬は驚いて鍬を取り落した。何を隠そう、中馬も友人も弘歌に忠誠を誓うファンクラブの熱烈な会員なのだ。
「ご当主様から出兵を却下され、維新様は希望者を募って自分だけで行かれるおつもりだ。それで俺も急いで駆けつけるところなんだが、おまえにも知らせておこうと思って」
「なんと、なんと!?」
慌てた中馬は自宅の方向と畿内(と思われる)方向をわたわたと見比べた。いきなりそんなことを言われても、旅支度なんかできていない。だが島津弘歌の一大事とあらば、何を置いても急いで駆けつけねば……。
「ああ、もう!」
「あっ、おい!?」
思い余った中馬は、戦友の担いでいた装備を奪い取ると駆けだした。
「なにするんだよ⁉」
「すまん、おいどんは先に行く! おいどんの鎧使っていいから、家の持ってけ!」
「使っていいって……おまえ、サイズを考えろよ⁉」
中馬、並の人間より一回りデカい大男であった。
当然友人の鎧ははまらないし、貸してやると言っても彼にも中馬の鎧は……。
だが、大事なのは武器を担いで駆けつける心意気だ。それ以外は後で考えればいい。
弘歌に負けず、その忠臣である中馬もまた、薩摩隼人であった。
……つまり、脳筋である。
◆
「そういえば、あれから弘歌のヤツが静かだな」
仕事の合間に手を止めた義歌は、ふと末の妹の事を思い出した。先日飛び込んできて爆弾発言をしてから、屋敷に立てこもって出て来ない。
「そうですな。まあ、布団にこもって拗ねておられるのでしょう」
次の書状を手に取った家老の山田有信が笑いかけたところへ、廊下を若い侍が急ぎ足でこちらへ向かって来るのが見えた。有信の長男、有栄だ。
「ご当主様、父上」
「どうした」
「はっ」
顔を上げた有栄の表情がこわばっている。
「弘姫様が」
「なんだ、今度はどこで暴れた」
「それが」
一回言いよどんだ有栄が、震える手で遠くを指さした。
「自分だけで畿内へ出かけると、供する志願者を募っておりまする」
「…………なにぃっ!?」
物語の豆知識:
島津家の家臣団、名前とやったことは分かるんですけど、ランクや編成が良く分からない。義久と義弘と忠恒の配下で異動もあったみたい。