第14話 弘歌、ふてくされる
天下分け目の大いくさに、夢と期待を膨らませてやって来たチビッ子武将島津弘歌。
世紀の一戦に参陣し、華々しい戦果を打ち立て名を上げんと意気軒昂だったロリータは……今はふて腐れて敷物の上をゴロゴロ転がっていた。
「どいつもこいつもバカにしおって、なのじゃ!」
軍議での石田治部の“島津は不要”も。
到着時の島左近の“指揮下に入れ”も。
「姉ちゃんやじいじの子供扱いと違って、あいつら自分の都合を押し付けてるだけなのに『大人のいうことを聞け』だの言ってる浅ましさがイヤらしいのじゃ!」
弘歌ちゃん、洞察力は一人前。
「まあ中央のやり手だなどと言っても、実態はあんなものですね」
端っこに座って弘歌を見守る新納旅庵は、石田たちに大して腹を立てていないようだった。
「旅庵、おまえはあのいけ好かない連中が頭に来ぬのじゃ?」
「そろそろ五十に手が届きそうなぐらいまで生きていますとね、あんなのはいくらでも見てきましたからね」
「そんなに多いのじゃ?」
「多いと言いますか、大人なんて子供の図体が大きくなっただけですよ。知恵がついたぶん口先は達者になって、理屈だけはうまくこねるんです」
「ほえー……」
新納の分析に弘歌が感心していると、後ろからも声がかかった。
「ご当主様や本家の山田殿がそう見えないということは、それだけ言うことにごまかしが無いということでございましょう」
「お、盛淳」
「部隊の配置が大体済みました。豊歌様の五百が北国街道を抑え、山田殿の四百が我が隊の脇を守ります」
「脇?」
弘歌は首をひねった。
「なんで脇なのじゃ? 我らが陣営はアホの石田の計画で、芸も無く横一線に並んでいるのじゃ。両隣に味方がいるから、敵は前からしか来ぬぞ?」
「ええ、まあ。そうなんですけど」
主に聞かれた長寿院は何かを警戒するように、彼方の空に向かってチラッと鋭い視線を流した。弘歌も釣られてそちらを見てみるけれど、そこに広がっているのはただの夕焼け空。別に鳥一匹飛んじゃいない。
「向こうが何か気になるのじゃ?」
「えーと、アレですよ。第六感というヤツです」
「第六感……」
弘歌は聞いた言葉を反芻した。そしてコックリ頷いた。
「それなら仕方ないのじゃ」
別にそれで理解できたわけじゃないけれど、何か意味深なヤツに憧れるお年頃。元々そんなに気になったわけじゃないので、弘歌はそれ以上聞かないことにした。
「俺の右目が光って疼いて万里万里仏恥義理で応援夜露死苦な感じなのじゃ?」
「姫。第六感というのは、そういう愉快な感じではなくてですね……」
筆頭家老は草鞋を脱いで敷物に上がってきた。
「ご当主様や山田殿のお小言が耳に痛いのは、本気で弘姫様におっしゃっているからですよ。そしてそれがおかしく聞こえないのなら、弘姫様にもお二人が真心で言っていると分かるからです」
「むう……石田やザコは嘘ついてるのじゃ?」
「嘘はついていないでしょうが、本心が別にあるのにきれいごとを言うから底が浅く感じるのじゃないですかね」
「そういうものなのじゃ?」
二人の家老が頷く。
「人の生きざまというのは、こういう時に態度に透けて見えてくるものです」
「言葉の上っ面など、いくらでも飾り立てられます。相手を見るなら、その歩んできた生き方をご覧ください」
「ふむ」
長寿院と新納のいうことは難解でまだまだ弘歌にはよく分からない。だけど確かに二人の言葉に、アイツらに感じたような不快な響きはなかった。
ただ、それはともかく。
「二人とも、なんだか言うことが坊主の説法みたいで辛気くさいのじゃ」
「あれ? 弘姫様、ご存じありませんでしたか?」
「てっきり知っているものとばかり」
「何をじゃ?」
「新納殿も私も、坊主あがりですが」
「……なんじゃと?」
「長寿院殿の苗字は本来、畠山ですよ。長寿院は真言僧としての名乗りです」
「盛淳、それ名字じゃなかったのじゃ!?」
「新納殿も、旅庵は住職をしていた時の僧としての名です」
「旅庵も!? 石田も安国寺君も元は坊主なのじゃ! 本願寺といい、根来衆といい、最近の坊主は武士にジョブチェンジするのが流行っておるのじゃ!?」
「いえ、それぞれ事情があるんですけどね」
「寺社仏閣もよっぽど不景気なんじゃの……あちこちでこんなに転職が盛んじゃとは」
「食えなくなって辞めたわけでもないですから」
弘歌の家老が、まさかの二人とも元坊主だった。
「ほえー……二人揃ってとは、珍しいこともあるものじゃの」
「あ、それは理由があるんですよ」
「なんでじゃ?」
「ご当主様がですね」
弘歌を両側から挟む長寿院と新納。
「落ち着きのない弘姫様の守り役には、躾や作法にうるさい人間が良いと」
「いらない大人の事情があったのじゃ!?」
「むしろ子供に合わせた事情ですね」
◆
散々両側からあれこれ言われた弘歌が、疲れてぐっすり寝込んだ夜半の頃。
かがり火があちこちで揺れている味方の陣はすでに大半の兵も休み、時折見張りが巡回する以外は物音もしない。
そんな静けさの中を島津豊歌が見回っていると、弘歌本隊の陣のはずれで長寿院が一人夜風に当たって涼んでいた。
「寝られませんか?」
「いや、なんとなく横になる気になれなくて」
二人は何とはなしに揃って東を眺めた。ほぼ暗闇の中に、月明かりでかろうじて山々の稜線が見える。
「すでに桃配山の辺りで徳川方の物見が見受けられるそうです。内府の本隊はまだのようですが、明日のうちにはあちらの陣営も中山道から押し寄せて来るでしょう」
「石田殿はやはり、敵が揃って陣を張るまで待つつもりでしょうかね」
「夕刻の軍議の様子から言うと、間違いないでしょうね」
連合する諸将の設営が終わった夕刻、いよいよ最後になるであろう軍議が行われたが……。
「どうも徳川方の人数が、当初の想定より少ないようです。それで石田殿たちは正面からぶつかり合って、”美しく”勝つことに自信を持ったようで」
「早くから陣を張り、有利な高台を全部押さえましたからね。その待ち構えている真ん中へ、ノコノコ内府たちが集まってくるんだから……そう思ってしまうのも無理はない」
「ええ。ですから」
豊歌と長寿院は苦笑いを浮かべた。
「この戦い、負けましたね」
物語の豆知識:
弘歌は計算に入れていましたが、安国寺恵瓊は坊主を辞めたんじゃなくて現役のままです。




