第01話 戦国美人姉妹(自称)
時は戦国、世は乱世。
百数十年も続いたそんな時代も、豊国大公の天下一統でついに終わりを迎えた……ほんの一瞬、人々はそう考えた。
だが、しかし。
一代でのし上がった智謀の巨人には、残念ながらその後の時間が残されていなかった。彼は天下を取って間もなく、己の権力基盤を固めきれぬうちに没してしまう。
後に遺された二代目はまだ幼く、二派に分かれて相争う家臣たちを抑える事もできない。世間を覆う雲行きは今、再び荒れ模様を見せている。
平穏の世はこのまま破局し、混迷の世に戻るのか。
それとも新たな主のもとで、新たな秩序に収まるのか。
誰もが火の粉をかぶらぬように首をすくめ、固唾を飲んで見守る中。
最南端の地薩摩に、その業火の渦中に飛び込もうという酔狂な者が……一人いた。
◆
執務室で脇息にもたれかかって報告を聞いていた鋭い目つきの美女は、部屋の外から響いてくるけたたましい足音に秀麗な顔をしかめた。
「まったく、あやつは」
怒鳴りつけようと顔を上げたところへ、その足音の主が許可も取らずに飛び込んで来る。
「姉ちゃん! 姉ちゃん! 姉ちゃ……!」
「やかましい!」
「うごふぅっ!?」
投げつけた脇息を顔面に受けて庭に吹っ飛んだ末の妹に、薩摩の国主島津“竜伯”義歌は不機嫌な顔で一喝した。
「ただでさえ問題山積で頭が痛いというのに、キンキン声で怒鳴るんじゃない!」
「ワシより姉ちゃんの声の方がデカかったのじゃ」
「誰のせいだ、弘歌」
当主でもある姉の前に、島津弘歌はきっちり膝を揃えて正座させられた。ちなみにこの時代は女性でもあぐらをかくか片膝立てて座るので、別にかしこまって座っているわけではない。つらい座り方はお仕置きだ。
「で、何の用だ」
まったく聞く気がなさそうな姉の問いに、弘歌は畳をバンバン叩いて訴える。
「上方出兵の件なのじゃ! 今、中央の政争はもう武力でぶつかり合うところまで盛り上がって」
「燃え上がって。盛り上がってどうする」
「すまぬ。ついうっかり、期待が漏れたのじゃ」
豊国大公が亡くなってそろそろ丸二年が経つ。
その間に政権の内部では、重鎮であり政敵でもあった徳川内府が実権を掌握していた。遺言も無視してやりたい放題の徳川の動きに、政権を支えていた官僚派の反感は高まるばかり。都では遺臣同士の襲撃事件も発生している。その後もきな臭い動きは続き、今すぐにでも新たな事件が起こりそう……という情勢が、遠く離れた薩摩の地にまで伝わってきていた。
「上方の事件で浮足立っているのは畿内だけではないのじゃ! 西海道からも続々と、大名たちが一枚嚙もうと上洛しているのじゃぞ!?」
野心を見せる徳川と、体制絶対維持の官僚派。これは間違いなく戦争になると、日ノ本中の誰もが思っていた。そしてどちらが次の実権を握るにしても、態度を決めずにふらふら日和見していた中立派は両派から恨まれるのは確実。
「だからわが島津も畿内に兵を派遣するのじゃ!」
「簡単に言うがな。おまえはどちらに付こうというのだ」
「それはもちろん」
年端も行かぬ幼女武将は薄い胸を逸らして、自信たっぷりに言い切った。
「勝つ方じゃ」
得意げな弘歌の顔面に、もう一度姉の投げた脇息がめり込んだ。
「我が島津には、そんなことにかまけている余裕は無い」
すでに何度も弘歌の上申を聞かされている義歌は今回も、全く検討のそぶりを見せずに却下した。
「そのサル野郎に生前ちょっかいかけられていたおかげで、領国内の統率はガタガタだ。中央の権力争いに首を突っ込むどころじゃない」
「姉ちゃんが普段からちゃんと引き締めておかないから」
「昨年の反乱騒ぎもまだ完全には収まっていないし」
「姉ちゃんに人望が無いからじゃろ」
弘歌の頭に姉のかかと落としがキマった。
「じゃあ姉ちゃんはどうすると言うのじゃ……何もしないでは、我が島津は勝負が決まった後は村八分になるのじゃ」
痛む頭をさすりながら涙目で見上げる末妹に、島津家当主は構わぬと言わんばかりにひらひら手を振った。
「天下の取り合いなど、やりたいヤツが勝手にやっていればいい。これで次の天下が決まったところで、どうせ主役になるのは我らではない。勝ち馬に乗っても旨味はないし、割りを食ったところでこの薩摩まで、誰が嫌がらせに来るというんだ。頼まれてもいないのに、謀議の末席に並ぶためにわざわざ兵を出すなどバカらしい」
「全くですな」
義歌の考えに、対面に座る気の良さそうな老人も頷いた。報告に来ていた家老の山田有信だ。
「なんだ、じいじもいたのか」
「ご当主が今、誰と話していたと思っておるのですか」
「そもそも畿内まで兵を出すのに、どれだけ費用が掛かると思っておられるのですか」
完全に老人のお小言モードに入っている筆頭家老の質問に、一門衆の武将かつ反抗期の幼女である弘歌はプイッと横を向いた。
「そんな難しい計算を子供に聞くな」
「言い方が悪かったですな。そんな無駄なお金はありません」
「それをやりくりするのがじいじの仕事じゃろ?」
「やりくりを考えますと、無駄な出兵にお金は出せません」
「かわいいワシがこうして頼んでおるのじゃぞ?」
「それで首を縦に振ってもらえると思っているのなら、ご当主に試してみてはいかがですか」
「姉ちゃんはワシの若さに嫉妬しているから無理なのじゃ」
「とにかくダメだ」
「そこをなんとか」
「二度とこの話を持ち出すな」
「どうせ姉ちゃんは鶏頭だから、明日来る頃には忘れているのじゃ」
「張り倒すぞ」
いつまでも納得せずにつべこべ言う弘歌を、いいかげん忍耐力が切れて来た義歌は部屋からつまみ出した。
「いくらごちゃごちゃ言ってもダメだ!」
「でも、姉ちゃん……」
「何度言わせる気だ。島津は現状維持で十分、それが結論だ」
後ろの家老を見ても、そちらもうんうん頷いている。
お家の未来を憂う弘歌の訴えは、全く聞いてもらえなかった。
物語の豆知識:
どうせ根底から史実をひっくり返してる設定なので、用語もちょこちょこ変えてます。