きょうだいぶん
わたしがかまを洗い終え、米をはかって底の深いざるへいれていると、玄が木桶に水をすくって戻ってきた。みずがめに水を注ぎ、また出ていく。
わたしが米をとぎ、かまにいれ、水加減をすますまでに、玄はみずがめの水を三分の二くらいまで増やしてくれた。
玄は、米と水がはいったかまのなかを覗き、不思議そうにする。「また飯を炊くのか?」
頭を振った。これは、夕飯用だ。
玄はそれがわかったみたいで、感心したように頷いた。「今から水にひたしておくのだな」
頷く。
かまに蓋をした。玄はお勝手のものがめずらしいみたいで、うろうろしてあれやこれやと見ている。だが、おなかがくちくなったからか、欠伸をした。
奥の間のある方向を指さした。玄はもごもごと、寝たほうがいいようだ、とかなんとかいい、そちらへ戻っていった。
わたしはそれを見送って、さて夕飯はどうしよう、と考える。
庭師から、玄が夕飯にもなにかおかずをほしがっていると聴いた。それに、玄は大食漢だ。なにか、おなかにたまるものがいいだろう。
黄昏時、わたしは飯を炊きながら、里芋と人参、ごぼうをゆがいていた。外には七輪を出して、それで干物を焼いている。
すっと箸の通る里芋を何個かひきあげて、大きめの鉢にいれる。すりこぎで軽く潰した。焼けた干物をざるにとって、七輪の火を始末し、土間へ戻す。
干物をほぐし、身だけにして、里芋とまぜた。山椒を包丁で粗く刻んだものを加える。これで、おかずになるだろう。
汁は味噌仕立てにした。炊きたての飯をおひつへ移していると、玄がのっそりとやってくる。「飯はできたか」
頷くと、彼はあがり框に腰掛けた。ここで食べるつもりのようだ。
玄は味噌汁でご飯を二杯、里芋と干物のおかずでご飯を三杯食べた。それもどんぶりでだ。
「うまい」
玄は鉢に残った干物の身を、箸でしつこく拾っている。「ここはくいものがまずいのだと思っていた。あいつの腕がよくなかったのだな」
あいつ、とは、庭師のことだろう。
わたしは否定も肯定もできず、にやっとして、番茶を湯飲みに注いだ。みずやの下の段のおくに、上品な紙包みのお茶の葉がおしこめられていたのだ。おそらく、庭師はお茶の淹れかたがわからず、放置していたのだろう。
片手落ちなことに、お茶の葉はあるが急須はない。なので、小さめのお鍋にお湯をわかしてそこにお茶の葉を淹れ、上澄みをすくって湯飲みにいれている。
湯飲みを渡すと、玄は満足そうに息を吐いて、番茶をすすった。
「久し振りに茶を飲んだ」
ということは、ここに来てからだいぶ日がたっているのだろうか。しかし、玄はまだ十六歳だから、時間の感覚は大人よりも長い。ほんの数日お茶を飲まなくても、久し振りだというかもしれない。
玄がとんと、自分の隣の床を叩いた。「娘、座れ」
玄はこの邸の主である。使用人のふうに拒否権はない。わたしはぺこっとお辞儀して、玄の隣に座った。
玄へ体を向ける。玄はどうやら、目があまりよくないのか、それともあの頭巾が邪魔でよく見えないのか、わたしに顔を近付けたり、はなれたりして、観察している。わたしは落ち着いているのだが、ふうの体がまた反応した。心臓がどきどきしている。
「ふうん」
ふうんてなに、ふうんて。
玄はわたしから顔を背け、お茶をすすった。「僕よりも歳が下みたいだな」
え、年齢の確認? 顔じゃなくて?
玄はうんうんと数回頷いた。
「僕のことは兄と思っていいぞ」
そういって、味噌汁の鍋を示す。「妹分だから、僕と同じものを食べなさい。ああ、あいつもそうしていいから、そう伝えておくように」
玄は、今日は風呂はいい、と、奥へひっこんだ。わたしは余った味噌汁と飯を食べ、あいつ結構いいやつじゃん、と思っている。里芋干物サラダを残さなかったのはちょっと恨むけど、食べ盛りの男の子だから仕方ない。
そんなこんなで、「月下の菫」ヒロイン生活一日目は幕を閉じた。いや、「月下の菫」二次創作最初の死者生活、か。