記憶をたぐる
二次創作の玄が殺人をはじめたのは、いつ頃からだったかな。ふうが来てから、結構経っていた筈だ。玄視点で、ふうが自意識過剰な無礼な娘であると認識するだけの時間は、確実にある。
「ふう」
くどの掃除を終えてぼーっと考えていると、庭師がにこにこ顔で戻ってきた。「旦那さまが、飯も汁ももっとくいたいそうだ。まだあるか?」
こっくり頷いて、わたしは庭師が持って戻ったどんぶりに、飯と味噌汁の追加をよそった。本当によく食べる。原作の玄は、ほとんど食事するシーンがなかった。二次創作でもそうだったけれど、ここの玄はなにか違うのだろうか。
庭師がおかわりを運んでいった。わたしはもう一度、おかわりされる気がして、味噌汁を増やしにかかった。
案の定、旦那さまはまたおかわりした。それも二度。
味噌汁も飯もなくなり、ようやくおなかが満足した旦那さまが二度寝にはいって、わたしと庭師は昨日のあまりの飯を食べていた。余った飯を、塩をつけた手で握っておいただけのものだ。ししゃもくらい焼きたかったが、庭師がお握りだけでも文句をいわないし、わたしの記憶でも「白飯をくえるのはぜいたく」なので、お握りだけにとどめた。
「いやあ、ふうが来てくれてよかったよお」
庭師は尚更、訛りが酷くなっている。みっつ目のお握りをかみしめながら続ける。
「俺の炊いた飯と汁じゃあよ、旦那さまはかわりどころか、一膳だってまともにくってくれねえんだ。その上、汁はつくらんでいいから、納豆を買ってこいってなあ」
わたしは頷く。なにかいいたいのだが、ふうの体では喋ることはとても難しいようで、言葉がぱっと出てこない。
庭師は白湯をすすり、指に残った飯粒を舐めとった。「そんじゃあ、俺は草むしりと薪拾いだ。それがすんだら、納豆と干物を買いに行ってくる。戻るのは明日の午后だからよ、それまでひとりでなんとかするんだぞ」
え?
ふうの体の反応は顕著だった。心拍数が見る間に上がり、息が浅くなる。
だが、庭師になにかいうこともできず、わたしは出て行く彼の後ろ姿を膝立ちで見ていた。
旦那さまは、お午になるとおやつを食べる。
わたしはお勝手中をひっかきまわし、調理道具と食材をさがした。包丁に、鍋やかまはひととおり揃っている。すり鉢は大きいものと小ぶりなもののふたつ、すりこぎはいい香りのもの。匙や杓子も不必要なくらい沢山用意されているし、七輪もふたつあった。
食器も沢山だ。お勝手からすぐの間に、背の低い戸棚があって、そこに豪華な銀食器や金彩の陶器などが仕舞いこまれている。ただ、いつも玄がつかうのは、どんぶりふたつと、素っ気ない上に縁が欠けたまるい皿のようで、それらはお勝手のつくりつけの棚が定位置らしい。今も、朝つかわれたそれらを洗って、そこに置いてある。
食材は、ごぼう、里芋、さつま芋、人参、丸干しの大根、しおれた葉物野菜、塩、醤油、味噌、大量の砂糖と大量の米と大量のごま、煮干し、魚の干物が二枚、藁苞納豆がひとつ、山椒とこしょう、把手のついたざるに新聞紙を敷いた上に高野豆腐が沢山、菜種油が一升壜で三本、小麦粉と葛粉、コーンスターチらしきもの。粉類は大きな広口瓶にはいっていて、それは蓋もがらすだ。
それから、つぼが置いてあって、蓋を開けるといい香りがした。梅干しだ。それに、白菜の塩漬けもあった。
村には鶏を飼っている家庭が多かったが、ここには鶏が居ない。薪を持って一度戻った庭師に、なんとか、身振り手振りで鶏のことを訊くと、旦那さまが朝寝坊だからいやがるんで、こないだ絞めちまったという。その時は、旦那さまが鳥を焼いて、庭師もお相伴にあずかったそうだ。
庭師はあれはうまかったなアとにこにこして、納豆と干物を買いに隣の町まで出ていってしまった。
またしてもねったぼにするしかない、と判断した。といっても飯が余っていないので、さつま芋ご飯を炊く。砂糖が大量にあるのがさいわいだった。やっぱり、玄はお坊ちゃまなのだろう。食べてはごろごろしているとは、気が塞いで仕方ないだろうな。
さつま芋ご飯がそろそろ炊きあがるという頃、背後に気配がさした。庭師が忘れものでもしたのかと振り返ると、黒い頭巾をかぶった背の高い人物が居た。