鳥が鳴く
はい?
思わず目を瞠って彼女を見る。彼女はあおざめていた。あぶらっぽい唇が動く。
「あのう、こんなことおそろしくて申せませんでしたの。でもいいます。おふうちゃんが、昨日こっそり村を通りぬけて、町のほうへ行きました。わたし見ました」
昨日は、村へ近付いてもいない。いちにち、料理で忙しかった。何故って……。
二軒隣の子はまだ喋っている。そういえば、彼女の名前はなんだったっけ?
「かずえさんのとこの畑の裏です。あそこなら、村のまんなかを通らなくていいから、誰にも見られないと思ったんでしょう。わたしは洗濯に出るところで、おふうちゃんがなにか大きなものを抱えて歩いてるんで、手伝おうかと思ったんですけど、こわい顔してたから」
わたしが動くと、彼女はきゃっといって、警部に飛びついた。「ふう?」
玄が心配そうな声を出す。だが、わたしは彼女に用があるのではない。
くどにかけたままの、大きな鍋の蓋をとった。
きゃっと悲鳴が複数あがる。鍋のなかには、骨がはいっている。
「こりゃ……牛の骨か」
警部は食通なのか、見ただけでわかった。わたしは頷く。それから、鍋のなかを指さした。骨は、澄んだスープのなかに、たゆたっている。
警部が頷く。「成程、奥さんはずっとここに居たんですね」
「は?」
二軒隣の子の顔がゆがんだ。「あの? ど、どういうこと?」
「これは、ずっと傍についていて世話しないとできないものだ」警部は感心したみたいに、わたしを見た。「あなたは根気強いかたみたいだ。スープに濁りがひとつもない。こんな綺麗な牛骨スープは、帝都の料理店でもそう食べられるものではありませんよ」
頷く。自慢げに、だ。
一昨日、庭師が買ってきた牛肉は、ステーキになってみんなの胃袋に消えた。だが、骨は残っている。なので、骨から余分なものを削り落とし、綺麗に洗い、苦労して鍋で焼いて、煮込んでだしをとったのだ。これがあれば、しばらくは牛骨だしのスープを飲める。
二軒隣の子がいう。
「で。でも、これはずっと前からここにあるかも」
「隣町の肉屋に訊いてくれよ、警部さん」庭師がいった。「俺はさきおととい、そこで肉を買ったんだ。そんで一昨日、ここに戻った。骨を見たら、肉屋は自分が売った肉についてたものかどうか、わかるんじゃねえかな」
「そうしよう。奥さん、失礼ですが、骨をとりだしても?」
警部は、わたしが綺麗な牛骨だしをとれると知った途端、物腰が尋常ではなく丁寧にかわった。わたしは頷いて、菜箸を彼へ渡す。
庭師がいう。
「そうなると、おかしなこったな、ひばり。お前が見たふうは、生き霊かなにかかい?」
ひばり。
ひばり?
はっとした。二軒隣の子を見る。彼女はあおざめている。
ひばり。月下の菫二次創作騒動。
二次創作でヒロインだった子だ!
菜箸を持ったまま、警部が彼女を見る。わたしはやっと、意味がわかって、頷いた。そうか。
ひばりを指さした。彼女はびくつく。
「なによ?」
はんにん。
声はやっぱり出なかったが、わたしの口の形ははっきりしていて、みんなわかったらしい。
ひばりは下手を打った。否定するなり、泣き崩れるなりすればよかったのに、わたしに飛びかかってきたのだ。
「どうしてよ! あんた、喋れない筈でしょ!」
喋れない?
警部がひばりをとりおさえた。片腕でだ。
ああ、それで、どんなに頑張ってもまともには声が出なかったのか。両親がわたしを家にとじこめていたのも、それで?
でも、月下の菫二次創作では、ふうは死体を見て悲鳴をあげる。あ、でも、大声だとは書いていなかったっけ。掠れた声なら、頑張れば出せるかもしれない。
出そうとすると、乾いた和紙をこすりあわせるみたいな音がした。ひばりは警官に引き渡され、泣き喚いている。「TORAMAMEANNがブログに書いてたのに! ふうはまともに喋れないんだって!」
やっぱりね。この子も転生者だったんだ。
ひばりは警官にひきずられて出ていく。村人達がぞろぞろとそれについていき、庭師が渋い顔で警部になにかいう。警部はわたしに丁寧なお辞儀をくれて、歩いて出ていった。わたしは鍋の蓋を持ったまま、警官ふたりに抱えられたひばりが先頭の、行列を見ていた。




