みたび
二週間くらい、平穏な日々が続いた。玄は午前中に、薪拾いか魚釣りに出て、わたしと庭師は家の掃除と片付けをする。日暮れくらいに帰ってきた玄が、持ってきた小説の話をしたり、庭師が隣町で手にいれてきた鶏をかまったりする。玄がたまごを好むので、雌鶏を三羽飼うことにしたのだ。
一応、小屋らしきものは、庭師がこしらえてくれた。ちゃんと止まり木もあって、鶏はそこに止まって眠る。
それから、警部がもう一度来て、斧を返していった。庭師の話によると、あのひとは村の出身だそうだ。ぱりっと決めててもいなかもんはいなかもんだアと庭師は訛り丸出しでいい、ふかし芋を咽に詰まらせて玄にせなかを叩いてもらっていた。
庭師がまちで、お肉を手にいれてくることもあった。骨付きのものだ。焼いたものを出すと、ステーキだと玄はおおはしゃぎしていた。
予定よりもはやくに、くみとりにも来てもらった。堆肥にするので、農家の人間が来る。庭師が対応していたが、くみとりに来たひと達は一刻もはやく帰りたい様子だった。玄は、やっぱり村の人間に疑われている。
作次はかくれて、度々来るようになった。たまに、友達もつれてくる。村から直接来るのではなくて、川のほうにまわりこんでから、滝つぼ近くを通ってやってくるのだ。
作次はしっかりしていて、お土産にざりがにや川えび、沢蟹を持ってくる。お礼だと、玄が作次やその友達に、ふかし芋や握り飯をあげる。そういうのが日常になった。持ってきてくれた獲物は、おいしく戴いた。
そして、殺人事件は、また起こった。
たまごをもらいに行くことは減ったのだが、味噌が足りなくなった。米とひきかえに、実家からもらおうと、村へ行く。米は紙袋にいれてある。
実家は久々だ。作次が情報をくれるので、お父さんもお母さんも元気にしているのは知っている。ふうにはふたつ下の、と久という妹も居るのだが、と久は春先に隣町へ奉公へ出てしまい、おかげで飯の時に淋しいと作次はこぼしていた。
ふと、魚釣りにいっている玄のことが気にかかった。玄にはおやつに、握り飯を持たせるのだが、いつも十個以上持っていくのだ。一昨日、もっと増やしてくれと頼まれたのだ。朝もしっかり食べるのに、あんなに食べて、体に悪くないだろうか。
「おふうちゃん」
二軒隣の子だ。薪拾いに行くのか、かごをしょっている。斧の柄がかごから突き出していた。
走ってきて、彼女はわたしの手を掴んだ。「旦那さん、大丈夫?」
首を傾げた。彼女は顔色をかえる。
「まだ聴いてないの?」
なにを聴いていないのか、わかった。向こうのほうに、馬車が見えたからだ。ひげの警部と、制服警官達がおりてくる。
わたしは二軒隣の子の手を振りほどいて、走った。お邸へ戻る為だ。
息を切らしてお勝手にとびこむと、何故か、すぐの間に、子ども達と、作次が座っていた。玄と庭師が、朝のおつゆをあたためている。昨夜の残りの、高野豆腐と干ししいたけの煮付けは、つめたいまま作次達の傍に置いてある。
その時、玄が握り飯を増やしてほしいといっていた意味がわかった。
「ねえちゃん?」
わたしはひげをねじるような仕種をする。それで、庭師と玄には通じた。「また、なにかあったのか」
頷く。
作次や子ども達は、しっかり持った握り飯をぱくつき、行儀悪く手掴みで高野豆腐を口へ運ぶ。そういえば作次は、このところ体重が増えた。
紙袋の米をあがり框に置いて、玄を軽く叩いた。玄は目を白黒させ、作次と子ども達が笑う。「ふうふげんかだ」
どこでそんな言葉覚えたのだろう。
ごほんと咳払いの音がして、振り向くとひげの警部が居た。その後ろには、制服警官だけでなく、村人も数人居る。大人も、子どもも、年寄りも、男も、女も。
作次と子ども達が、わっといってかくれようとした。が、手に手に握り飯だの高野豆腐だのを持っているので、まず立ち上がるのに失敗している。「なにしてんだ、さく坊」
「ごろ」
「しろじろう」
どうやら、子ども達の父親が居たみたいだ。子ども達はばつが悪そうな顔をする。
玄が咳払いすると、村人の目がそちらへ集まった。玄の火傷に、はっと息をのんだり、ひえっと怯えたような声を出したりする。
「なにかな、警部さん」
玄はなるたけ、声がひび割れないようにだろう、ゆっくりと発声した。ひげの警部は、逃げ虫を噛みつぶしたみたいな顔になっている。
村人のひとりが、警部を小突いた。「わっちゃん」
成程、村出身というのは事実らしい。おさななじみなのだろう、気易い感じだ。
「これを持ってきました」
警部がそういって懐から出したのは、令状だった。この時代にそんなものがあるのかどうか知らないが、玄を逮捕するということらしい。
玄は案外、冷静だ。
「そうか」そういって、ちらっと作次達を見る。「きがえの時間は?」
「ご自由に。ひとり、つけますが」
「かまわない」
作次がぴょこんと立ち上がった。手からは食糧が消えている。
「にいちゃん、どっかいくの」
作次は玄のことを、にいちゃん、と呼ぶようになっていた。ふうの旦那さんだから、兄ちゃんでいいんだ、と。玄はそれを否定しなかったから、定着している。
「町まで行くんだ」
玄は淡々といった。「そこのひげのおじさんに、捕まるらしい」
「つかまる? どうして?」
作次の目が瞠られた。




